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【第二章】悪役令嬢の先輩と、専属護衛騎士。
③
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それから一週間、リヒトはとても優秀な護衛だった。
夜お手洗いに起きるといつも部屋のドアの前に立って警護していたし、家庭教師中も部屋の隅で直立不動。ペリドット先生がガン見しようと無表情でスルー。勿論食事の際は傍に控えているし、庭園の散歩も同行してくれる。
皇太子達のプレゼント用の刺繍をしてる間は、わたしが集中できるように部屋の外で待機していた。
正直、いつ休んでいるのかわからない。まだ年若い彼が、そんな生活に体調を崩してしまうのではないかと気が気ではなかった。
「……ねえリヒト、あなたいつ休んでるの?」
「俺のことはお気になさらず」
「いやいや、ずっと傍に居るんだもの、気にするなって方が無理……」
「では、姿を見せないよう陰からお守り致しますか?」
「そういう問題じゃないの!」
彼は少しずれている、というか、独特な雰囲気だった。所謂天然なのかもしれない。けれどそれが睡眠不足から来る判断能力の低下だとしたら申し訳なさすぎる。
悪役令嬢の護衛は心身ともに苦労するのかもしれない。わたしは慌てて彼の手を引いて、ぐいぐいと強引にベッドまで彼を連れていく。
「リヒト、寝て」
「……は?」
「いいから! 寝て!」
「え、いや、あの、そういう訳には……」
「命令です」
「!?」
リヒトは葛藤したようにその瞳を揺らす。角度によっては青にも紫にも見えるそれが美しかった。じっと見詰めていると、しばらく悩んだ後おずおずと寝転ぶが、大層落ち着かない様子だった。
そんな彼を見て、前世で昔飼っていた猫を思い出す。餌をやると近付いて来るものの、警戒して中々触れさせてはくれない猫。それでも最後は、懐いてくれたように思う。
そっと手を伸ばし、リヒトのさらさらとした髪に触れた。
「お、お嬢様……?」
「ふふ、逃げないんだね」
「護衛騎士なので……お嬢様から離れたりはしません」
戸惑った様子ながら、彼は逃げない。わたしは嬉しくなって、寝かし付けるように繰り返し撫で続けた。
前世でお母さんがわたしを寝かしつけてくれたように、柔く優しく触れる。
しばらくして彼は抗うのを諦めたように、そのまま双眸を伏せた。
「おやすみなさい、リヒト。いつもありがとう」
「……ティア、様……」
彼は寝言で誰かの名前を呟いたけれど、彼の寝顔を見て一緒に眠たくなってしまったわたしの耳には届かなかった。
ルビー侯爵令嬢の謁見を明日に控え、皇太子達の謁見に比べると些か緊張に欠けつつ、その日の夜は更けていった。
*******
夜お手洗いに起きるといつも部屋のドアの前に立って警護していたし、家庭教師中も部屋の隅で直立不動。ペリドット先生がガン見しようと無表情でスルー。勿論食事の際は傍に控えているし、庭園の散歩も同行してくれる。
皇太子達のプレゼント用の刺繍をしてる間は、わたしが集中できるように部屋の外で待機していた。
正直、いつ休んでいるのかわからない。まだ年若い彼が、そんな生活に体調を崩してしまうのではないかと気が気ではなかった。
「……ねえリヒト、あなたいつ休んでるの?」
「俺のことはお気になさらず」
「いやいや、ずっと傍に居るんだもの、気にするなって方が無理……」
「では、姿を見せないよう陰からお守り致しますか?」
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彼は少しずれている、というか、独特な雰囲気だった。所謂天然なのかもしれない。けれどそれが睡眠不足から来る判断能力の低下だとしたら申し訳なさすぎる。
悪役令嬢の護衛は心身ともに苦労するのかもしれない。わたしは慌てて彼の手を引いて、ぐいぐいと強引にベッドまで彼を連れていく。
「リヒト、寝て」
「……は?」
「いいから! 寝て!」
「え、いや、あの、そういう訳には……」
「命令です」
「!?」
リヒトは葛藤したようにその瞳を揺らす。角度によっては青にも紫にも見えるそれが美しかった。じっと見詰めていると、しばらく悩んだ後おずおずと寝転ぶが、大層落ち着かない様子だった。
そんな彼を見て、前世で昔飼っていた猫を思い出す。餌をやると近付いて来るものの、警戒して中々触れさせてはくれない猫。それでも最後は、懐いてくれたように思う。
そっと手を伸ばし、リヒトのさらさらとした髪に触れた。
「お、お嬢様……?」
「ふふ、逃げないんだね」
「護衛騎士なので……お嬢様から離れたりはしません」
戸惑った様子ながら、彼は逃げない。わたしは嬉しくなって、寝かし付けるように繰り返し撫で続けた。
前世でお母さんがわたしを寝かしつけてくれたように、柔く優しく触れる。
しばらくして彼は抗うのを諦めたように、そのまま双眸を伏せた。
「おやすみなさい、リヒト。いつもありがとう」
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彼は寝言で誰かの名前を呟いたけれど、彼の寝顔を見て一緒に眠たくなってしまったわたしの耳には届かなかった。
ルビー侯爵令嬢の謁見を明日に控え、皇太子達の謁見に比べると些か緊張に欠けつつ、その日の夜は更けていった。
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