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【第一章】母が聖女で、悪役令嬢はわたし。

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(sideステラ)

「ステラ、また会えて嬉しいぜ。でも本当は二人きりが良かっ……んん。こほん。改めて、今日はリオと一緒に貴重な時間を頂けること、光栄に思う」
「ふふ、ステラ嬢、ご機嫌麗しゅう。本日も大変お美しいですね。兄上と同席させて頂けるなんて、恐悦至極に存じます」

 彼等の来訪は、もう何度目になるだろう。
 首都の別邸に滞在している間は出来るだけモルガナイト公爵家に、ミアに会いに行こうと思っていたのに。
 それにも関わらず、デビュタント以降招待状が山のように届き、訪問希望の手紙もひっきりなしだった。

 ある程度両親が手紙を精査して絞ってくれたものの、毎日誰かしらと会わなくてはならない。
 いくら若い身体でも、貴族の令嬢の身支度には時間が掛かるし、相手が目上のことが多いので気が抜けない。流石にくたくただ。

 それでもどうにか合間を縫って短時間でもミアの元へ通っていたけれど、それも束の間、何と皇太子と皇子からも手紙が届いたのだ。

 社交界デビュー前の二人とは言え、この訪問が何を意味するのかは理解出来た。所詮地方の伯爵家が、皇室からの打診を断れるはずもない。

「ええ、皇太子殿下、皇子殿下におかれましても、ご健勝で何よりですわ」
「そんな堅苦しい呼び方しなくていいって、俺達のことはレオとリオでいい」
「無理にとは言いません、けれど、名前を呼んでいただけると僕達も嬉しいです」
「では……恐れながらレオ様とリオ様とお呼びしても宜しいですか?」
「勿論!」

 そんな訳で今日も、たくさんの護衛を引き連れた二人のお客様は、応接室のソファーでにこにこと優雅に微笑む。

 双子の兄である皇太子『レオンハルト・アレキサンドライト』。
 皇族の血を引いている証の漆黒の髪に、吊り目がちの青緑の瞳。意思の強そうな少しやんちゃな顔立ちだけど、その様が名の通り獅子のようだと周囲からの期待も好感度も高い。
 けれど跡継ぎの皇太子として厳しく育てられている反動だろうか、皇帝陛下の目がない場所では幼さが抜けきらない。

 双子の弟である皇子『オリオン・アレキサンドライト』。
 兄と同じ漆黒の髪に、垂れ目がちの深紅の瞳が柔らかくどこか大人びた印象を与える。レオンハルトと比べると穏やかな空気を纏っていて、その年相応の幼い顔立ちからは想像もつかない、十四にして大人顔負けの手慣れたレディへの扱い。紳士的な立ち振舞いと優しげな言葉尻は、兄とは逆に落ち着いた雰囲気だ。

 彼等は社交界デビューしたての私より年下の十四歳。皇太子と皇子、当然幼い頃から婚約者も居るだろう。
 それでもまだ貴族としては幼く自己決定権のない二人が私を訪ねるのは、いずれ聖女となる私を血筋に加えたい皇帝陛下の思惑だろうか。

「……」

 私の中身が中身なだけに、こんな出会ったばかりの子供に恋愛感情を抱ける訳もなく、ましてや伯爵の娘ごときが皇族を無下にも出来ない。

 それなのに、邸宅の前に皇室の馬車とたくさんの護衛騎士達が居れば嫌でも噂となり、外堀から埋められていく。
 今日に至ってはまさかの二人同時の来訪である。勘弁して欲しい。

「ミアに会いたい……」

 思わずぽつりと呟いてしまうと、皇太子達は興味津々とばかりに食い付いてきた。

「ミアって? ペットか何かか?」
「ステラ嬢が懇意にしているモルガナイト公爵家の令嬢でしょう。僕達はお会いしたことはありませんが……どのような方なのでしょうか?」

 ミアの元に足繁く通っていた私の行動は、リオ様には筒抜けらしい。やはり彼の方がレオ様よりもしっかりしていると言うか、抜け目ないタイプだ。

 下手なことを言って言質を取ったと言われて丸め込まれても困る、が、警戒しなくてはと考える反面、ミアについて問われると思わず身を乗り出し力説してしまう。

「ミアはそれはもうとても可愛らしくて優しくてちょっと抜けていて、でも一生懸命で真面目で……少し失敗することも多いけれど、そこが見ていて微笑ましくもあり……とにかく、そこに居るだけで幸せになれる、まるで天使みたいな子ですわ!」
「「………」」

 ……いけない。二人が私の圧に押されたように目を見開き黙ってしまった。
 慌てて咳払いをして元の位置に座り直す。誤魔化すように使用人に紅茶のおかわりを要求しつつ横目に見ると、あまり雰囲気が似ていないと思っていた兄弟は、驚いた顔はそっくりだった。

「……ふふ。そんなに愛らしい方なら、僕も一度お会いしてみたいですね。勿論、どんな女性が現れようと、ステラ嬢が一番お美しいですが」

 リオ様は、年若い女の子なら惚れ惚れしてしまうような柔らかな笑みを以て完璧な回答をくれた。この年にして末恐ろしい。
 レオ様もすぐにハッとして、けれどこれ以上の回答がないことも理解したようで、少し悩んだ後勢いよく立ち上がる。

「よし、ステラと可愛い弟の願いだ、今からモルガナイト公爵家に行こう!」
「えっ!? いえ、あの……流石に今からは……」
「無理ですよ兄上。何の約束も無しに僕達が行っても、先方を困らせてしまいます」

 やっぱりリオ様の方が大人だ。私も同意して頷くと、レオ様は不貞腐れたように唇を尖らせる。

「それはそうかもしれないけど……お前だって気になるだろ?」
「ふふ、それはそうですね。ステラ嬢のお気に入りのご令嬢、きっと僕達も良いお友達になれます」
「じゃあ、後日改めて三人で行くってことでどうだ?」
「いいですね、どうせなら日取りも決めてしまいましょう」

 どうしよう。リオ様は今度は止めてくれなかった。
 私の軽率な一言でどんどん皇太子兄弟の関心がミアに向いて、具体的な日程まで決められていく。

 世界一可愛いあの子を自慢したい気持ちと、まだ幼いあの子を皇族と謁見するストレスに晒してしまう葛藤に板挟みになりながら、結局乗り気となった二人を止める手だては、私にはないのだった。


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