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【第一章】母が聖女で、悪役令嬢はわたし。

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 その日の夕食時、改めてテーブルの向こうの父親の顔を盗み見る。
 ジャック・モルガナイト公爵。この美少女ミアの父親だけあって顔も良いし、優しいし人当たりも良くて、おまけに強いしお金持ち。
 よくよく考えるとこの貴族社会で再婚していないのも不思議だった。 

「……ねえ、お父様」
「うん? なんだいミア」
「お父様は、再婚しないの?」
「んぐっ!?」
「……だ、旦那様!?」 

 咀嚼していたお肉を詰まらせたらしい。げほげほと噎せ込む彼に、慌てて側仕えの侍従が駆け寄り背を擦る。 

 次いでその父の侍従の青年に、そっと視線を向ける。
 ピンクやら水色やら派手な髪色の多いこの世界では珍しく、大人しめな暗めの焦げ茶の髪に鮮やかな緑の瞳。
 彼『ルイス・アンバー』もまた、侍従でありながら騎士でもある有能な人材だ。年もまだ二十代半ば頃だったはず。
 さらさらの髪に爽やかなお兄さん的ビジュアルもあってモテるだろうに、常に父に付き従っているため出会いもなさそうだ。
 この屋敷で、短時間の内に二人もの独身イケメンを発掘してしまった。 

 そんなイケメンチェックをされているとも知らないルイスは、困ったように眉尻を下げてわたしを見る。 

「お嬢様、旦那様は奥様を……お亡くなりになったミア様のお母様を今でも愛しておられるのですよ」
「……お母様は、もう会えないのに? 何処にも居ないのに?」 

 わたしの疑問に、答えたのはお父様だった。 

「げほげほ……ああ、そうだね。会えなくても、愛と言うのはこの胸に残るものなんだ。……ミアにはまだ難しいかな」
「愛は、胸に残る……」 

 しばらく咳き込み涙目になりつつ話す父に、その涙が生理的なものなのか、亡くした母を思ってなのかわからず戸惑う。絵画の中でしか見たことのない、今世のお母様。屋敷の皆が口を揃えて言うくらいには、お父様は彼女を溺愛していた。 

 そして、亡くした今も、愛し続けているのだろう。今なら、何となくわかる気はする。
 記憶が戻ったばかりの頃は、もう会えないと思っていても前世のお母さんが恋しかった。それはきっと、わたしの中に愛が残っていたからだ。 

「……それに、再婚なんかしなくても、僕には愛するミアが居るから寂しくはないよ」
「お父様……」 

 忘れ形見である娘のわたしが居るから、寂しくない。
 それなら、ステラは今、わたしと離れて寂しいのだろうか。それともヘリオドールの家族と幸せなのだろうか。 

 社交界デビューもまだで、基本的に屋敷の中という狭い世界で生きているわたしには、他所の家族のことはよくわからなかった。 

「それに、もし再婚するとしても、ミアを僕と同じくらい愛してくれるような人でないと!」
「お父様と同じくらい、わたしを愛してくれる人……?」 

 お父様の付け足した条件に、お母さん……ステラの顔が浮かんだけれど、昼にあんなことを言った手前名前を出すのは憚られた。
 そもそも自分の再婚なのに、必須条件がわたし関連というのは如何なものだろう。
 はからずとも父の人生の枷となる、これも悪役令嬢効果だろうか。 

「ああ、もし可愛いミアが継母からいじめられるなんてことになったら、僕は妻を手にかけなくてはいけなくなるだろう」
「え、そっち……?」 

 継母からのいじめルート。悪役令嬢ポジションを継母に受け渡せそうな気もしたけれど、その前に父が闇落ちしそうなのでその案は却下だ。 

 どうしてわたしの親はどちらもちょっと過激派というか、暴走しがちなのだろう。
 その後も熱弁し続けた父をルイスが宥めながら、その日の晩餐は終わりを迎えた。 

 それから一ヶ月。今までは長く空いても五日に一度くらいのペースで遊びに来ていたステラが、一度も顔を見せなかった。 

 本来社交界デビューのために首都で開かれるデビュタントを目的としてこちらに来ていたのだから、舞踏会シーズンを終えて、もしかしたら伯爵家の本邸がある西部に戻ってしまったのかもしれない。
 そう思い当たるけれど、さすがに一言もないのは寂しかった。 

「ねえアメリア、ステラ様、近頃遊びに来ないね……?」
「そうですね……まあ、ステラ様はデビュタント以降、良家のご子息からの面会が後を絶たないようですから……仕方ありませんね」
「えっ!?」
「今までこんなに遊びに来られていた方が、驚きなくらいでしたよ?」 

 それはそうだ、デビュタントと言えば社交界デビュー……つまりお見合い解禁のようなもの。あの美貌と聖女と噂される能力の高さだ、周りの男達が放っておく訳がない。 

「あ~、なんでも、皇太子様方もステラ様にお熱だとか? 兄弟間で恋のバトル勃発ですねぇ」 

 わたしの髪を整えながら話題に入ってきたのは、わたしのお使い等で市街に赴くことの多いメイド、シャーロット。ふわふわとした柔らかな声音ながら、言っている内容がスキャンダルの見出しにでもありそうだ。 

 基本的に周りのことに疎そうなのんびりした彼女が言うのだから、市民の間にも相当噂は広まっているのだろう。
 完全に盲点だった。父と結ばれる以前に、他の男にかっさらわれる可能性の方が高かったのだ。
 ステラは何せ聖女。何せヒロインなのだから。 

「まって、皇太子様……方?」
「皇帝の跡継ぎである皇太子……レオンハルト殿下も、双子の弟君のオリオン殿下も、どちらもステラ様をお妃様に迎えたいみたいですね」 

 皇太子に皇太子の双子の弟。
 いわゆる王子様なんて完全にヒロインの定番攻略キャラである。
 わたしは公爵家の娘ながら未だ謁見も叶わないほど高貴な存在だが、二人はステラの元に足繁く通っているらしい。 

「そりゃあそうですよ~、神聖な大魔法を扱える『聖女様』をお妃様にすれば、実質支配者というか……レオンハルト殿下は地位を確固たるものにできますし、双子なんですからぶっちゃけオリオン殿下でもきっと実権を握れますし?」 

 単純な恋愛話かと思えば、そうでもないらしい。そしてふと、未だ見たこともない皇太子達の情報を思い出す。 

「で、でも、皇太子達はまだデビュタント前じゃなかった……?」
「そうですね……お二人とも現在十四歳です」
「年下……つまりステラ様は、二人が子供の内から出世の道具にされそうってこと?」
「……貴族には、色々あるんですよ。……大丈夫ですよ、ミアお嬢様には、きっと旦那様が素敵な殿方を引き合わせて下さります」 

 正直あの娘溺愛の父がわたしに男を紹介するとは思えないが、するとしてもまだまだ先のことだろう。 

 今はステラのことだ。一人の女の子を道具にするなんて、そんなの酷すぎる。
 お妃様候補になれるなんて、きっと全世界の憧れなのだろう。絵本の世界のハッピーエンドともいえる。しかし、当の本人の気持ちはどうなるのか。 

「……あ」 

 そこまで考えたところで、あの日のステラの傷付いた顔が浮かんだ。彼女の気持ちを無視したのは、わたしも同じなのだ。 

 いい子になろうとしているのに、ほんの些細なことで誰かを傷付ける悪役令嬢らしくなってしまう。
 望まぬ結婚と、枷となる結婚。どちらに転んだとしても、せっかく今世でも再会できたお母さんが傷付く羽目になる聖女だなんてあんまりだ。 

 悪役令嬢の憂鬱は、聖女の居ない今日も続く。


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