1 / 1
クチノナカ En la buŝo
しおりを挟む――もうゆるしてください――
わたしは叫ぶ。
せまくて暗い場所で、上からおりてくるものと、下からあがってくるものとにはさまれて、くりかえし苦痛を受けている。
逃げたくても、わずかにしか体を動かせない。逃げ場も見あたらない。
ああ、なにゆえに、なにものによって、わたしがこんな痛みを受けているのか……。
ふと、叱られた気がして目をさます。
あんた、なにしてるの? 寝てるのかね。まああきれた!
目をあけると、そこは机のならんだ教室。まわりは子どもばかりで、目の前には食べものが乗ったトレイ。小学校の、給食の時間らしい。
眼鏡をかけた、やせた女性教師が、あんた食べながら居眠りしてたの、のんきだねえ、ほんとに、と皮肉を言う。
それを受けて、おおきな声でははは! と笑うわんぱく男子君がいる。
教師は、あんたみたいなのんきな子は、一度痛い目にあったほうがいいんだよ、ほんとに、とまわりに聞こえる声で言った。
わたしは、家でも両親からよく叱られていた。生まれてこなければよかったのに、と言葉をたたきつけられたことさえあった。
だから、自分を痛い目にあえばいい、できのわるい子だと、子どもの頃はおもいこんでいたのだった。
さらにいくつか、とげのある言葉を放つと、もう教師はわたしを責めることに飽きたらしい。あんたらよく噛んで食べなさいよ、とほかの生徒たちにむけて、毎日の決まり文句をまた言った。
わたしは、うつむいている自分の口のなかに、ぶよぶよとしたものがあるのに気づく。
そう言えば、食べもののなかになんど噛んでも噛みきれないかたまりがあるので、口からそっと出そうとしたところ、ふいに眠くなったのだと思いだす。
いまさらながら、口のなかが急に気味わるくおもえた。
口に手をやり、かたまりを出そうとしたとき、こちらをにらんでいる、やせた女性教師と目があった。
出すに出せなくなり、逆にぐっと呑みこんでしまう。
すぐに、自分がなにかとても良くないものを呑んだという、いやな気もちになった。
トイレに行って吐き出してしまいたかったけれど、やせた女性教師がずっとこちらを見ているので、席を立てない。
お腹をさすりながら、牛乳を口にふくみ、すこし泣いた。
そう、そんなことが小学生のときたしかにあったと、急に記憶がよみがえり、目ざめた。
息苦しく、胸が焼けるようだ。とても気分がわるい。全身が汗で濡れている。
しだいに怖さが強く感じられてくる。
ここは自分の寝室ではない!
体を起こそうとしたが、ろくに動かせない。
ベッドではない、硬い台に寝ている。
その台が、とつぜん下からの力であがりはじめた。上からも、おおきな石のようなかたまりがおりてくる。
わたしは、たまらず悲鳴をあげる。
いや、そうだろうか。
ほんとうは、恐怖を感じる一方で、すこしほっとしていた。
――やっぱりわたしはわるい子だった――
両親と離れ、故郷もすてて、自分で決めた道を自分の能力によって進みながら、わたしはいつも罪悪感でいっぱいだったのだ。
わたしはこんな人生を生きてよい人間じゃないのに、と。
わたしはひそかなよろこびを感じながら、迎えにきてくれた人にかけるような声を発する。
――ゆるしてください――
わたしはもうすぐ、わたしのお腹の暗いところへ放りこまれることだろう。
Fino
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
最強勇者の夫~陰であなたを支えます。
ヨルノ チアサ
ファンタジー
最強の女勇者の夫は一般人。
そんな人間がいつも強い勇者と生活するのは大変である。
最弱の夫も勇者と暮らせば、日々鍛えられる。
そして、話は訳の分からない方向へ・・・
毎週日曜日に更新します。
見返り坂 ~いなり横丁~
遠藤 まな
ファンタジー
洋館やお洒落なお店が並ぶポプラ並木の緩い坂道があった。その坂道の名前は見返り坂。
大人の街といった雰囲気の場所であったが、その坂の途中にある小さなお稲荷様の角を曲がると、時代の流れから取り残された空間が姿を現す。
~いなり横丁~
レトロな日本の懐かしい風景とそこに集う人たちの小さな物語

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

『聖女』の覚醒
いぬい たすく
ファンタジー
その国は聖女の結界に守られ、魔物の脅威とも戦火とも無縁だった。
安寧と繁栄の中で人々はそれを当然のことと思うようになる。
王太子ベルナルドは婚約者である聖女クロエを疎んじ、衆人環視の中で婚約破棄を宣言しようともくろんでいた。
※序盤は主人公がほぼ不在。複数の人物の視点で物語が進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる