クチノナカ

藤川 萄

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クチノナカ En la buŝo

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 ――もうゆるしてください――
 わたしはさけぶ。

 せまくて暗い場所で、上からおりてくるものと、下からあがってくるものとにはさまれて、くりかえし苦痛くつうを受けている。

 げたくても、わずかにしか体を動かせない。逃げ場も見あたらない。

 ああ、なにゆえに、なにものによって、わたしがこんな痛みを受けているのか……。
 
 ふと、しかられた気がして目をさます。

 あんた、なにしてるの? 寝てるのかね。まああきれた!

 目をあけると、そこは机のならんだ教室。まわりは子どもばかりで、目の前には食べものが乗ったトレイ。小学校の、給食の時間らしい。

 眼鏡めがねをかけた、やせた女性教師が、あんた食べながら居眠いねむりしてたの、のんきだねえ、ほんとに、と皮肉ひにくを言う。

 それを受けて、おおきな声でははは! と笑うわんぱく男子君だんしくんがいる。

 教師は、あんたみたいなのんきな子は、一度痛い目にあったほうがいいんだよ、ほんとに、とまわりに聞こえる声で言った。

 わたしは、家でも両親からよく叱られていた。生まれてこなければよかったのに、と言葉をたたきつけられたことさえあった。

 だから、自分を痛い目にあえばいい、できのわるい子だと、子どもの頃はおもいこんでいたのだった。

 さらにいくつか、とげのある言葉をはなつと、もう教師はわたしを責めることにきたらしい。あんたらよくんで食べなさいよ、とほかの生徒たちにむけて、毎日の決まり文句もんくをまた言った。

 わたしは、うつむいている自分の口のなかに、ぶよぶよとしたものがあるのに気づく。

 そう言えば、食べもののなかになんど噛んでも噛みきれないかたまりがあるので、口からそっと出そうとしたところ、ふいに眠くなったのだと思いだす。

 いまさらながら、口のなかが急に気味きみわるくおもえた。
 口に手をやり、かたまりを出そうとしたとき、こちらをにらんでいる、やせた女性教師と目があった。

 出すに出せなくなり、逆にぐっとみこんでしまう。

 すぐに、自分がなにかとても良くないものを呑んだという、いやな気もちになった。

 トイレに行って吐き出してしまいたかったけれど、やせた女性教師がずっとこちらを見ているので、席を立てない。
 おなかをさすりながら、牛乳を口にふくみ、すこし泣いた。

 そう、そんなことが小学生のときたしかにあったと、急に記憶がよみがえり、目ざめた。

 息苦しく、胸が焼けるようだ。とても気分がわるい。全身が汗でれている。
 しだいにこわさが強く感じられてくる。
 ここは自分の寝室ではない! 
 体を起こそうとしたが、ろくに動かせない。
 ベッドではない、かたい台に寝ている。

 その台が、とつぜん下からの力であがりはじめた。上からも、おおきな石のようなかたまりがおりてくる。

 わたしは、たまらず悲鳴ひめいをあげる。

 いや、そうだろうか。

 ほんとうは、恐怖きょうふを感じる一方で、すこしほっとしていた。

 ――やっぱりわたしはわるい子だった――

 両親と離れ、故郷もすてて、自分で決めた道を自分の能力によって進みながら、わたしはいつも罪悪感ざいあくかんでいっぱいだったのだ。

 わたしはこんな人生を生きてよい人間じゃないのに、と。

 わたしはひそかなよろこびを感じながら、迎えにきてくれた人にかけるような声を発する。

 ――ゆるしてください――

 わたしはもうすぐ、わたしのお腹の暗いところへほうりこまれることだろう。




 Fino


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