丘のむこうは海蛇座

藤川 萄

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第22話 ナミダ Larmo

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 ある高僧こうそうが、肉体にくたいててかみるため、神殿しんでん裏山うらやまられたあなに入った。

 上を厳重げんじゅうふさがれ、僧は小さな暗闇くらやみのなかでひとりになった。

 これまでのれいだと、長くても二十日はつかていどで人間としてのをむかえ、たましいだけが神になるはず。

 僧は、神になってからつくる自分の世界せかいを細かく想像そうぞうし、死ぬことを心待こころまちにしていた。

 だがどうしたことだろう、食べず、飲まず、眠らずにいのりつづけても、なかなか死ねない。

 僧はあせり、おぼえている聖典せいてん文句もんくを、穴のなかで声高くとなえた。
 わたくしを早く死なせてください、と願いながら。
 
 裏山から日夜にちやとだえることなく聞こえる声に、神殿で暮らす者たちは眠れず、いらだちをおぼえ、頭痛ずつうさえ生じてもよくえた。
 しかし、それも限界げんかいむかえ、とうとう穴をこわす決定がなされた。
 高僧が穴に入ってから百年目のことである。

 地上に引き出された彼は、神殿の下働したばたらきに格下かくさげされた。

 死んで神に成ろうとしたのに死ねずに俗界ぞくかいに戻った無様ぶざまさを、おおぜいの人々ひとびとあざけった。

 彼はその日もあらゆる人にじゃまにされながら、神殿のすみほうきでひっそりとく。

 そこは別の掃除人そうじにんがとっくに掃いた場所なのだが、ほかにやることもないのだ。

 もとはいちばんえらい高僧だった彼にむけて、若い僧侶からつばがかれさえした。

 彼はうつむき、泣いた……。



 ゆめで見たんだ、その彼が地面じめんに落としたなみだが、ぼくらのいるこの世界になったって。


Fino

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