アラフォー王妃様に夫の愛は必要ない?

雪乃

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小話  warm feelings  優しい気持ち

6  大切なもの

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「あの時の貴女はとても生き生きしていたわ、なのに今は如何なの、それに貴女鏡をちゃんと見ているのかしら」

 煌めくシャンパンピンク色の髪と青い瞳は光をなくし、健康そうな小麦色の肌も今は艶がない。
 ベアを見つめる表情は乏しく、まるで最初に出会った頃……そう、まだあの頃の方が元気はあった。
 今は生気をなくし、何もかも諦めた表情かおをしているのがマルタだ。

「貴女は足掻いてみせるって言ったでしょう? 一度きりの人生だから足掻けるだけ足掻くって言ったのに、如何どうして足掻く事をしないの!!」
「でもそれは……」
「それともカッパレッラの公爵令嬢で、王太子殿下の従妹姫だから好き勝手な事は出来ないとでもいうの?」
「そ、そうよっ、貴女と違ってお気楽な伯爵令嬢ではなく、こちらは公爵家っ、それもお兄様と姻戚関係にある公爵家なのよ!! 何時までも我儘は許されないしそれに……」
「それに?」
「そ、それにこの4年私はアレクサ様や貴女が何も聞かないのをいい事に私の正体も、何故ここへ来たのかという事もずっと黙ったままでそしてっ、とうとう貴女達を騙したまま部屋で監禁までしてしまったわっっ」

 問い詰めるベアにとうとうマルタは抑えていた感情を溢れさせた。
 悲鳴の様に吐き出された言葉と青い瞳より大粒の涙が幾筋も頬を伝って落ちていく。
 両肩を震わせ誰に向けて……少なくともアレクサやベアではない。

 そう、マルタは情けない程に自分自身を責めていた。

 この4年もの間後悔しなかった日は一度も……正確には、アレクサとベアに受け入れて貰った日よりだ。
 心優しい姉の様な存在のアレクサと同じ年の性格や育った環境は違うけれども、同じ#アレクサ__御方__#を想い、そして彼女の為に出来る事を切磋琢磨し競い合った戦友であり姉妹ともいえるベア。
 何時までもこの時間が続けばいいと思いながらも、何時かは終わりを迎える事を知っていたマルタ。
 そしてその終わりをで誰よりも早くわかってしまう不運なマルタ。

『未来は決まっていないからこそ未来なの』

 ふとアレクサのあの言葉が頭に浮かぶ。

 決まっていないからこそ未来……でもアレクサ様、貴女様の真の平和をもたらされる為に私はこうするしかなかったのです。全てはお兄様の指示通りに動かなければアレクサ様も、そしてアルジーお姉様を今も想うお兄様のお心もお救いする事は出来なかったでしょう。
 全て思惑通り事が運び、何もかも解決したというのに如何して私の心はこんなにも罪の意識に苛まれているのでしょう。
 アレクサ様を、そして親友と言ってくれたベアを騙す行為をした事こそが、自身を許せないのかもしれません。


「――――何時までさめざめと泣いているのかしらマルゲリータ・ビアンカ・バルトリーニ、貴女のその何時までも1人でウジウジと考え込んでしまう癖は一体何時になれば治るのかしら? どうせまた性懲りもなくアレクサ様や私達を結果的に騙してしまったとか? それともカッパレッラの王太子様の、あぁ貴女風に言えば『』な~んて事を考えていたのでしょう? 本当にこの四年もの間貴女ってば少しも変わりが、いえ成長していないわよね、一体何時私達が貴女を責めたかしら、まぁ監禁された時は正直腹に据え兼ねもしたけれども少し冷静になれば、何か理由があるのねって簡単にわかってしまったし、事が済めば貴女からも話してくれたから私達は何も怒ってはいないわ」
「じゃ、じゃあ如何してそんなに顔が怒りで満ち溢れているのかしら?」

 気の所為せいじゃないわよね……とマルタは恐る恐るベアに問う。
 そう問われたベアは盛大に舌打ちをし、物わかりの悪い友へ突っ込みを入れる。

「あ・り・が・と・うっ、態々わざわざ怒っている事を教えてくれて感謝するわっっ。そうねぇ怒っているというよりむしろ呆れているの方ね、戦友で親友と思っていた相手がこんな腑抜けだという事にね。黙って私達の前より姿を消す事に対して文句も言いたいけれど、でもちゃんと引き留めにも来たのよ、だって皆私が適任だっていうし……それとアレクサ様ももう直ぐお帰りになるわ、貴女がいなければアレクサ様もお悲しみになられるだろうし、わ、私もさ、寂しくなるから……」
「べ、ベア貴女……」
「と、兎に角アレクサ様の専従侍女としての心得がなっていないわよね、主であるアレクサ様に黙っていなくなるなんて」
「で、でも、私は今更、皆の前に……」
「でもも糞もないわっ、いーい、貴女はまだアレクサ様の侍女で私の親友なのっっ、だ、だから勝手にいなくならないでよねっっ」
「だけどそんな資格は私にはないわ」
「はあぁぁぁ、本当に少しくらいそのあなたの胸くらい神経が図太くてもいいのではなくて? いいじゃない、貴女のお兄様に今回頑張ったご褒美に少しくらいのお強請ねだりしたって罰なんか当たらない筈よ。それに親友となるのに資格がいるって聞いた事もないわっっ」

 そう言ってベアは自身にはないマルタの豊満な胸を睨みつける。
 アレクサ程見事な桃でないが、ベアのそれに比べるとマルタの胸は標準より少し大きめだ。
 そんな視線に気がつきマルタもやっと頬を緩め苦笑する。

「そうね、私も前よりもっと足掻いてみるわ、お兄様にお強請りしてみる。それに貴女の言うとおり少しくらい、そう貴女のささやかな丘くらいかしら、そのくらい図太くても許されるわね」
「そっ、それが余計なお世話って言うの――――っっ!!」

 ベアは自身のささやかな胸をマルタの視線より隠す様に両腕でクロスする。
 そんなベアをマルタはふわりと抱きしめ……。

「ありがとうベア、そしてごめんなさい」
「ちょっとそこはこれからも宜しくね……でしょう」
「そうね」
「ほんとに世話が焼けるのだから」

 それから2人は暫くの間お互いを抱きしめ合い、そしてどちらともなく笑うかと思えばぽろぽろと涙を流し、お互い化粧が所々剥がれ落ちていた。
 でもそんな事等構わない。
 お互い大切な親友を失わずに済んだのだから……。


 そうしてアレクサがブランカフォルトへ帰って来た。
 勿論アレクサはクリスの腕の中。
 真っ赤な顔は流石にベール越しだからわからないけれども、アレクサの動揺っぷりはそれは見事なもので、周りにいる者達はベールがなくとも今の彼女の表情を容易に想像出来た。

 当然ながらカッパレッラではジョルジオ好みの変装魔法を掛けていたアレクサは、初夜を迎えるまでに夫に顔を晒してしまったと帰る寸前まで落ち込んでいた――――が、実は11年前に偶然顔を見てしまったという彼の告白によって更に彼女は落ち込んだのは言うまでもない。
 涙目になって恨みがましくクリスを見上げるアレクサが堪らなく可愛くて愛らしいと、彼は彼女が悲鳴を上げるまで顔中にキスを落とす。
 そして帰国する際にベールをつける時もクリスは、

「俺がもう貴女の顔を見てしまったのだから、これはもう着ける必要もないだろう。何と言っても貴女は俺の命よりも大切な妃、生涯何があっても離す心算つもりはないのだからこの際貴女の顔を明らかにし、俺のものだと公表したい!!」

等と独占欲を思いっきり出してきたけれども、そんなクリスをアレクサは窘める。

「いいえっ、今のは突発的事故です、初夜を迎えてもいない女性が顔を晒すのはダメですわ」
「ふ~ん、それを言えば貴女は市井で聖魔導師として働いている時、確かアレは髪色を変えただけの素顔の筈では?」

 ずいっとクリスはアレクサの顔近くまで自身の顔を寄せ、男性らしい低いバリトンの美声に色香を纏わせ、彼女の耳元で熱く囁く。
 アレクサはと言えば耳元でクリスの熱い吐息と共に囁かれる声に酔う――――何てものではなく、兎に角こそばゆいのだっっ。
 クリスの声もだが耳元で触れる彼の吐息が、耳から全身へ泡立つような何とも言えない感覚が走り、そしてとんでもなくこそばゆい!!
 今迄そんな事体験したこともないから、アレクサにしてみれば何としても逃れたい気持ちでいっぱいだ。

 そこで折衷案としたのがお姫様抱っこで帰国する事。
 勿論ベール付き。
 背に腹は代えられない。
 勿論アレクサの……。
 アレクサは自身のくすぐったがりの性質を心の中で呪った。

 そして皆が出迎えてくれる中アレクサはクリスにお姫様抱っこされ、何度も公開処刑の様に啄ばむ様なキスをされている。
 アレクサはささやかな抵抗とばかりに両手両足をバタつかせるも何の抵抗にもならず、反対にクリスの、男性との力の差というものを初めて知ってしまったという驚愕の色が隠せなかった。
 それからそんなアレクサとクリスを真ん前でしていたベアが冷静でいられないのは御愛嬌だ。

「はっ、気安くアレクサ様に触れるでないっっ、アレクサ様が穢れておしまいになる!! 私のアレクサ様が〰〰〰〰っっ!!」
「ちょ、ちょっと少しは落ち着きなさいってっっ」
「いやいやっ、私のアレクサ様が穢れる〰〰〰〰っっ」

 王都王妃の帰国に王宮内の者が喜びに沸く中、アレクサを慕うベアは半狂乱となって喚き叫び、そして彼女を後ろから抑え込むマルタの顔や腕を引っ掻きながら暴れていた。

「最後に……」
「それ大声で叫ばない!!」
「痛っっ」

 一瞬周りの人間がマルタの胸を見つめる何とも生温かい視線を感じつつ、マルタは熟れたトマトの様に真っ赤な顔とそして思い切り親友であるベアの頭を渾身の力を込めて小突く。
 その後ベアの頭頂部が少し凹んだかどうかはわからない。
 しかしマルタはその日の内にジョルジオへ帰らない旨を伝令魔法で伝え、そして何時もの黒いお仕着せに身を包み、ベアと仲間の侍女達と共にアレクサの為に奮闘する。


『お兄様、お兄様のお願いを聞いたのですから今度は私のお願いを聞いて下さいませ。マリータはアレクサ様をとてもお慕いしております、そしてこちらで親友という存在も出来ました。今まで生きて来てとても毎日が楽しいのです、だ・か・ら、当分此の幸せを満喫するまでカッパレッラへは戻りません。そして結婚相手も自分で探しとう御座います、一生の相手なので、お兄様にとってのアルジーお姉様の様な御方を見つけるまでここで頑張りますね。

                   愛を込めて
                   マルゲリータ・ビアンカ・バルトリーニ 』

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