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第一話 白い結婚と眠り死病
2 アレクサと後宮に住まう愛妾達
しおりを挟む今日のお茶会の為にベアが選んだドレスは、クリーム色の生地に小さな小花があしらわれているハイウエストのエンパイア風スタイルのもの。
この大陸では一般的にハイウエストのドレスが主流だからして、あの締め上げ度100%のコルセットは存在しない。
ただ胸元を強調させる様に大きく襟ぐりが開いている為、ノースウッドでははしたないとされ、あまり大きく襟ぐりを開かない様にするか、特に無垢な乙女達は首から襟ぐりまで網目の細かいレースをあしらい、清廉さを表している。
それから白い長めのベールケープを纏うアレクサは、とても清楚で慎ましやかな女性そのものである。
何者にも決して穢されない高嶺の百合の花。
彼女の素顔を知らなくとも、その姿を見た誰もがそんな印象を抱いてしまう。
アレクサはややふっくらとした体型だが、唯一彼女の顔のパーツがわかる翡翠を模した様な、いや翡翠そのものと言ってもいい、深い緑色の瞳は優しく、また彼女の発する声は澄んだ鈴の様なとても心地の良い音色なのだ。
まぁ第一当のアレクサ自身、人を貶める様な言葉をこれまでに吐いた事がないのだが……。
「あーらご機嫌麗しく存じます、王妃様」
「? あぁ……」
うーん、これは何番目でしたっけ?
燃える様な赤い髪と自信に満ち溢れた金の瞳をした勝気な美女。
然も当然アレクサの事を失礼にも、見下した傲岸不遜な態度である。
急に声を掛けられても……そもそも位の低い者が上の者に声を掛けるって、如何してそんな根本的な礼儀も後宮の愛妾達は弁えていないのだろう。
これもそれもあのふしだらな夫の所為ね。
愛欲に溺れ、身分を問わず気に入った女を愛妾を侍らすにしても、せめて一国の王として恥ずかしくない女を選べばいいものを!!
はぁ、英雄色を好むというものかしら。
確かにあの女好き(私以外ね!!)は国王として政治に軍部共その頂点を統率する力量は、傍にいなくとも色々耳に入ってくるし、いえそれ以外からもね!!
顔も良し、スタイルも文句ないのは纏っている衣服の上からでも十分わかるけれどもっ、それ以上は……絶対に知りたくない!!
また、先王両陛下は既に他界されていらっしゃるから誰に文句を言われる事もない。
女性からすれば(あくまで一般論です)金と権力そして美貌、これだけ揃った優良物件、誰が逃してたまるかっていう事よね。
でも私からすればそんな面倒な事からは逃れたかったいえ、今も逃れたい現在進行形!!
そう、離婚ならば何時でも喜んでお受けしたい。
「まーアデライード様、何ちゃっかりと王妃様に取り入っているんですかぁ?」
あぁこの赤毛はアデイラードって確か愛妾第1号の子爵令嬢……だったわね。
そして次に現れた茶色の髪に空色の瞳をした可愛らしい感じのこの娘は2号のカッサンドラで、第一王子の母親で……。
「何を言うかと思えば……所詮あなたは平民出身ね、カッサンドラ」
「あらあらそんな事を仰っても宜しいのかしらぁ? だぁってぇアデイラード様の言う所詮平民出身でも私は第一王子の母親ですよぉ、幾らアデイラード様が最初の愛妾だと言っても後宮へ入ってもう7年、あの精力絶倫な陛下のお傍にいらっしゃってこれまで一回も孕まないなんてぇ、これはひょっとしてもしなくてもアデイラード様はぁ、お子を孕めないんじゃないですかぁ」
「んまあぁぁぁっ、言うに事欠いてっ、わ、私は陛下にとって誰よりも大切にされている寵姫なのよっっ!!」
「寵姫……ねぇ、でも言い方を変えてもあたし達と何も変わらないただの愛人じゃあないですかぁ、し・か・も、子供も孕めないただの愛人の間違いじゃないですかぁ? それを言っちゃあ一番に王子を産んだあたしが陛下の寵姫じゃないんですかぁ、あははは……」
「な、なんですってっっ!!」
きいぃぃぃ――――とヒステリックな金切り声をあげて愛人1号アデイラードは、王妃であるアレクサの前だと言うのにも関わらず、愛人2号の飄々とした物言いのカッサンドラへ掴みかかる。
最初こそはこの異様な状態の集まりにアレクサは驚きのあまり声も出なかったが、流石にもう4年も経つと如何でもいい、好きにしなさいとばかりに冷めた視線で一瞥し、そのまま何もなかったかの様に自身の席へ移動する。
そしてこの状態で被害を被るのは、その仲裁に入る彼女達付きの侍女である。
最初は口論から始まり、飄々とした物言いのカッサンドラに言葉で対応出来ないと察知したアデイラードより手が出て、次第に取っ組み合いの無様な喧嘩を披露するのだ。
だから彼女達を止める侍女達は皆あっちこっちに引っかき傷等の生傷が絶えない。
何時だったか侍女の腕に彼女達の爪が深く食い込み、余りに痛々しい状態だった為、アレクサはごく当たり前の様に被害を受けた侍女達の治療をした事があった。
それが今では誰が言うのでもなく、アレクサは淡々と被害にあった侍女達の治療をしていると言うのは言わずもがなだろう。
そうして治療を受けた侍女達は次第に優しい王妃へと傾倒していく。
コロっとね。
そんなアレクサの心遣いもまた愛妾達が気に入らない一因でもあるが、元々正妃と愛妾を同列または正妃をそれ以下に見ている愛妾の方に問題はあるのだが……。
でも、侍女は主人を選ぶ事が出来ない。
だから出来の悪い主人を持つと仕える者達は本当に苦労が絶えない。
本来ならば正妃であるアレクサが一喝すればいいのかもしれない。
しかし躾のなっていない愛妾達に幾らアレクサが注意した所で糠に釘、暖簾に腕押し、泥に灸と言ったところだ。
いやいやいやいや逆に一度も夫に愛されもしない名ばかりの正妃であるアレクサへと、彼女達は逆切れするのだ!!
この4年もの間、愛妾達と何度となく格闘しアレクサが学んだ事は――――見ざる、聞かざる、突っ込み入れずにスルーするというものである。
現に他の愛妾達は皆我関せずといった具合に、皆それぞれ自由にお茶やお菓子を摘まんで思い思いに楽しんでいる。
アレクサもベアが淹れてくれたお茶に口を付けながらも、やはりこの行事は好きになれないと思い至る。
だがそんな愛妾達の中にもアレクサに好意を寄せる者達がいるのだ。
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