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第四章  夏の嵐

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「それよりも何で……いやいい、美琴が無事ならばそれでいい」
「うん、有難う。遼太郎はめっちゃ私を探してくれたんだ」
「あーそう……だな。俺みたいなイケメンを二時間以上も、しかも午前の診療を終わらせただけじゃないな。昨日は丸一日働いた後の当直明けでの午前の診療だったんだからな。本当に日本は医者を良くも悪くも思いっ切り働かせてくれるな――――と言う訳でだっ、美琴。お前は、美琴はそんな働き者で体力限界な俺様をこれ以上ないくらい体力精神力の限界まで振り回してくれたんだからな。当然疲れ切った俺へ美琴はそれ相応なご褒美と言うモノをくれるんだろうな」

 つい先程までの真剣な面持ちをした龍太郎はここにはいない。
 
 そうここにいるのは鋭く光る白い牙に口元からは涎をだらだらと垂れ流し、漆黒の瞳はギラつかせ獲物を定められた美琴をこれでもかと凝視している。

 だがそれだけではない。

 通常モードでも溢れんばかりの色香を駄々洩れにしたエキゾチックな漆黒の瞳は更に熱を孕ませ、目の前でおどおどと怯え上がる子兎をしっかりとロックオンしているのだっっ。

 そしてその眼差しと溢れる――――何てまだまだ可愛らしい。
 龍太郎の身体から漏れ出す色香と熱で既に美琴は溺死寸前っっ。


 そう、この時の美琴は龍太郎の眼差しだけで死ねる――――!!
 絶対に即死状態で死ねると断言出来たっっ。

 ただ現実今の美琴に逃げ場はない。

 今美琴と龍太郎は天〇山にある大観覧車の小さな密室と言う名の個室で二人っきりなのである。

 時間は夕暮れ。
 関〇から明〇大橋まで見渡せる所謂、そうここは所謂ロマンティックなデートスポット真っ最中の中での龍太郎から美琴へのなのである。
 

 お互い対面に座しているとはいえ美琴は兎も角、龍太郎は外国人並みのすらりと長い足を持っている。

 普通に座っている龍太郎の膝と美琴の膝は小さな振動で直ぐにでも触れ合えるくらいに近い距離。
 優雅に椅子へ身体を預けてリラックスしている龍太郎に比べ美琴は、今の龍太郎の台詞で見事な程直角に、そして背中はこれでもかと言うくらいに背凭れへぴっとりと張り付いたままカチコチに固まっていた。

 当然美琴の顔面はトマトの様に真っ赤へと染め上げているだけではなく、その状態で引き攣り固まっているのだ。

 そんな美琴の様子に気を良くしたのは龍太郎である。

 美琴の反応は実に新鮮でかつ竜太郎を以前の様に毛嫌いしていない証拠でもあるのだ。
 龍太郎程ではないにしろ程今の美琴の瞳は熱で潤み頬を赤く染め上げ、座っていても慎重さのある龍太郎をぷるぷると小刻みに身体を震わせた子兎そのもの。
 おまけに次いでとばかりに身長差のある龍太郎を、彼へのご褒美とばかりに上目遣いでそっと見上げていた。
 
 その姿はなんというかうん、――――と龍太郎へ差し出された状態と言ってもいいだろう。

 但し美琴本人にその自覚は全くない。
 何と言ってもまだまだ自身の胸の内でさえはっきりとまだわかっていないのだから……。

 ただ美琴が気付いたのは二つの想いの存在。

 また恋愛経験値0レベルの美琴にそれ以上を追及させるのはまだ時期尚早なのだ。

 しかし――――だっ、目の前にある極上のご馳走を目の前にした腹ペコ狼にとって据え膳と言うのは何とも残酷物語でしかないだろうがしかしっ、そこは何と言っても龍太郎は大人な男?なのである。

 そしてもう一度言おう。

 

「ひゃっ、や、ちょっ、きゃあっっ⁉」

 大人の男の余裕をと言うモノを持っているだろう龍太郎は、満面の笑みを湛えたままゆっくり立ち上がれば実に優雅な仕草でカチコチに固まっている美琴の身体を掬い上げる様に抱き上げればそのまま、美琴をお姫様抱っこの状態で元の座席へと腰を下ろした。

 だが幾らゆっくりと慎重に動いているからと言っても所詮は観覧車である。

 ちょっとした体重の移動で直ぐにでも小さな個室はゆらゆらとバランスを崩して揺れる訳で、あと少しで頂点へと昇り詰める観覧車からの絶景はそれはそれは見事なもの……いやいや行き成りお姫様抱っこをされた美琴にとってはまさに恐怖でしかなかったっっ。

 そして人間誰しも切羽詰まれば無意識のまま何としても助かりたいと、そう藁にも縋る思いでただそれだけでを願い、美琴は必死に目の前にある龍太郎の太く男らしい首へと、自身の身体をこれでもかと龍太郎の身体へ密着させぎゅうぎゅうに縋り付いた。
 またそれは問答無用で龍太郎の膝の上へと座らされ、個室の揺れが完全に収まるまで美琴は龍太郎の身体から1㎜たりとも離れなかった……いや、恐怖の余り離れられなかったのである。

「きゃ、ちょ、え――――んんっっ⁉」

 そうして子兎がようやく我に返った頃ともなれば然も当然の様に腹ペコ狼から啄ばむ様なキスを何度も受け入れる事となり、15分後観覧車が一回りした時には違う意味で美琴は心身共に疲れ果てていた。
 
 抑々そもそもなんで観覧車⁉

 美琴は首を捻り一頻ひとしきり考えてみたのだが答えは出てこない。

 それもそうである。
 観覧車へ乗りたいと美琴は一言も発していないどころか、泣き止んだと共に半ば引き摺られる様にして龍太郎によって観覧車の個室の中へと放り込まれたのが正解なのだから……。


「本当はクルージングも、ほらあそこにあるサンタ〇リア号へ乗る予定だったんだがな」
「え? あ、あはは、えーっとじゃあ今度ね今度っっ」
「ふーん、ま、いいか」

 美琴が落ち着いた頃マーケット内へ移動し大阪名物のタコ焼きから始まり、どて焼きや串カツにクレープと二人でお腹一杯になるまで食べた後は柾達へのお土産を買っていく。
 21時を過ぎた辺りでパーキングへ戻り、車に乗って一路京都へと龍太郎は車を走らせた。


「龍……太郎、今日は、ありが……と……」

 助手席で満足げな顔でしっかりと寝入っている美琴の寝言らしい礼の言葉に、龍太郎の胸はじんわりと温かくなった。

「まあこんな休日も有り……か、ゆっくりとお休み俺の桜の妖精のお姫さま」


 それはほんのひと時……美琴と龍太郎にとって初めてであり、とても安らかな時間である。
 そしてこれからが本当の意味で美琴は辛い現実と直ぐに向かい合う事となる。
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