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第四章  夏の嵐

6  美琴Side

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「ほら、着いたぞ」
「え? ちょ、ここって……⁉」

 車の止められたパーキングの目の前には関西人ならば誰でも知っている大きな建物とその向こう側にあるのは――――海だっっ。

 ええっ、ええ恋愛経験値0レベルの私でもちゃんとわかるしっ、こんなわかり易い場所なんてそうそうないよっっ。

 今はえーっと何代目だっけかな。
 そうそう七代目だったよね確か……。
 
 ジンベイザメの〇君のいるその場所は……。

 ズバリだったっっ!!

 初めて来たのは今から三年前、真凜とおなクラの女子数人達と一緒に来たっきりだった場所。

『今度来る時は皆彼氏とやなぁ』

 なーんて誰が言ったのかなんて忘れちゃったけれどもあの頃それをぼけ~っと聞いていた自分に言ってやりたい!!

 彼氏ではなくっ、――――とでしたよってね。


 でもちょっと待て。
 今からじゃあ夕食の準備等々考えればとんぼ返りじゃなければ食事の時間に間に合わない。
 その事に龍太郎は気が付いていない訳じゃあないよね。
 だってこいつは地獄の闇よりも真っ黒で真っ暗闇の腹黒大王なんだもん。
 だから――――。

「ちょ、ちょっと待ってよ龍太郎っ、これって一体どういう……」
「あ? 何を言っているんだ美琴。一体もくそも普通にデートだろう。俺達は結婚秒読み段階……まあ俺は今直ぐにでも問題はない。ただ美琴のサインを待っているだけの婚約者同士だろう。それに今更だろうが……」
「うっ……」

 確かにである。
 この二ヶ月と言う時間は私だけじゃあなく、それぞれの関係が何となく変わっていった感じが否めない。

 ず私はと言えばなんだかんだと理由をつけられ、そして気が付けば半ば強引に龍太郎と何度となくデートなるものをしていた。
 
 最初は、いや最初から仕方なく……だったのかもしれない。

 でも龍太郎のチョイスするデートはどれも私の心を大きく揺さぶるものばかりなのである。
 それに恋愛経験値0レベルの小娘が、大人な男で見るからに経験豊富そうな龍太郎に勝てる要素が何処にも見当たらないのも事実だったりする。


 そうして最初に連れていかれたのは一見レストランに見えない場所だった。

 でもその前に大人の男性の持つ余裕と経済力で行き成り連れ出された私は自分でも吃驚するくらい、本当に何度も鏡の中の自分を見直したよ。
 だって鏡の中の私はめっちゃ綺麗にドレスアップされ、おまけに薄くだけれどでも品の良いお化粧までされて連れてこられた所は北山にある結婚式場も兼ねている所らしく、平日と結婚式の予約の入っていない日だけ営業をしているレストラン。

 外見は大きな箱モノって感じなのだけれども一旦自動ドアを潜ればそこは、結婚式場若しくはホテルのロビーを思わせる優雅でお洒落な場所だった。

 そんなレストランの目の前には桜の木と小さな池のある可愛らしくも優美な中庭。
 しかも夜はライトアップがされていて、桜の季節であれば何とも神秘的であっただろうと、今は葉桜だけとなった姿となっても儚げなイメージを残したその庭を見て私は思わず溜息を漏らしてしまう。 

 また食事中にはピアノの生演奏付きなのも乙女心を見事に擽ってしまうのだ。
 コースで出されたお料理はどれも美しく且つめっちゃ美味しいっっ。
 飲み物やデザートのケーキまで百点満点!!

 そして食事をしている席の右側にはガラス張りの小さな教会――――である。

 もう乙女心がキュンキュン状態な私は素直な気持ちで思い描いてしまうじゃない。

 ああこんな素敵な所で――――。

「何時か……こう言う所で美琴と式を上げたいな」

 目の前にはきっと極上の部類に入るだろうイケメンに熱い眼差しでそう願われて一体何人の女性が即座に拒否出来るだろうか。

 お洒落で上品なレストランで
 美味しいお料理に舌鼓をし
 楽しい時間を過ごし
 乙女心をキュンキュンと刺激するものばかりの隣には
 これまた極上なイケメン

 それもスパダリ……か。

 きっと柾兄がいなければ私も龍太郎に惹かれていたのかもしれない。
 でも私の心には今も昔も柾兄がいる訳で……。

「お前が誰を、柾を好きな事はわかっているが、俺はお前を逃してやる心算つもり等毛頭ないからな。それだけは覚えておけ」
「龍……太郎」

 そうして最初のデートを皮切りになんだかんだと龍太郎は私をデートへと連れだしていく。
 連れ出される私は一体どうしたいのだろう。

 心の中には柾兄が今もしっかりと住んでいる筈……なのに、でもっ、龍太郎の何でもない些細なやり取りも決して嫌いではない自分がいる。
 好きなんかじゃない筈……なのに筈――――。

「ほら、気を付けないと迷子になるぞ」
「う、うん……」

 こうしてさり気ない所作でちゃんとエスコートを、私の手をしっかりと握ってくれる大きくて温かな手。
 誰かとぶつかりそうになればそっと自分の方へと私を引き寄せてくれる。
 龍太郎は口を開けば悪態ばかりの真っ黒で真っ暗闇の腹黒大魔王だけれど、でも彼の心はとても優しいのも何となくわかってきた。
 
 柾兄と同じくらいに優しい。
 
 そして柾兄にして欲しい事をそのまま龍太郎が私へ現実のものとして与えてくれている。

 何度目かのデートの帰りに龍太郎は車を降りる前の私へ啄ばむ様な優しいキスをしてくるようになった。
 キスをされた私は拒まずそれを受け入れてしまっている。
 それと龍太郎へのどきどきが止まらない。
 
 このドキドキは一体どういうモノなんだろう。

 私が好きなのは柾兄。
 そう、それは今も変わらない。
 キッチンで夕食を作る時に感じるのは、優しい慈愛の籠った視線ともう一つ――――っっ⁉

 私は薄闇の海〇館で人込みを利用してそっと、ううん脱兎の如く龍太郎より逃げ出した。

 だってっ、だって私は今っ、私自身の気持ちが全く分からないっっ。

 今まで一途に柾兄だけを想っていた筈なのにっ、なのに少し女性として扱われただけで龍太郎へ靡くめっちゃチョロいとしか言いようがないやんっっ。
 こ、こんな……こんな時、一体どうしたらいいん?
 柾兄が好きやのに、ちゃんと好きやのに何で龍太郎を拒絶出来ひんのっっ。
 こ、こんなん小説の中じゃあめっちゃ軽い悪女やんっっ。

 ど、どないしたら……私の心は一体――――。

 
 私は薄暗い館内の隅っこでみっともなく子供みたいに泣いてしまった。
 自分の心が今何処にあって、そして何へ向いているのがわからなくて、そんな情けなそんない自分に涙が止まらない。
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