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第二章  はじまりは春

18  美琴Side

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「ねえ美琴、私がどうして美琴と話をしたいのかがわかるかい?」

 柾兄とはまた違う優しい声音だけど、でもその中に一本のしっかりとした筋の通った話し方。

 それが何時ものパパの話し方。
 どんな時でも、また年齢なんて関係なく、相手に対し常に敬意を払いつつも相手の話をよく聞いて尚且つ自身の意見もちゃんと伝える。
 そう絶対に自分の意見を押し付ける事はなく、相手との妥協点を会話の中で必ず見つけていく。
 これは私が物心つく頃からのパパの話し方。
 だから今夜もそうなるのだと思っていた……。


「う、はい……パパの言いたい事はわかる……でもっっ」 
「美琴はちゃんとパパの言いたい事を理解出来る娘だと、私は何時も思っているし美琴を誰よりも……あぁママは、琴奈さんは別格だよ。彼女は今現在進行形で私の最愛の女性だからね」
「は、はあ……」

 亡くなったとは言え、現在進行形で両親がラブラブなのは娘として素直に喜んでいいものなのだろうか。
 ママが亡くなってもう五年、それともまだ五年……兎に角パパの中では今もママはあの頃と寸分違わないんだろうな。

 48歳の男盛りでもあるパパはいまだ再婚する様子もなし……か。

 まあそれはわからないでもないか。
 私も柾兄の、柾兄と七海さんの婚約を知らされても、まだまだ諦められないでいる――――ってよく考えなくともまだ二日しか経っていないんだっけ。

 パパとママの純愛には私の恋なんて、まだまだ足元にも及ばないって事?

 いやいや私の柾兄への気持ちはちゃんと年季が入っているしっ、それに柾兄を誰にも……たとえ婚約者の七海さんだって渡したくないのは本心であって――――。

「聞いているの美琴?」
「あ、うんちゃんと聞いているよ。七海さんへの暴言は悪かったと思ってるけどっっ」
「けどやないだろう。七海さんは柾の婚約者であってもう

 他人やない?

 パパより発せられた言葉によって更に奈落へと、私の心は最早底なしの漆黒の沼へと何処までも堕ちていく。
 
「そ、そないにはっきり言わんでもいいやないっっ。第一私はまだそんなん認めてへんもん!!」

 興奮しようとする私へパパはふぅ……と深い溜息を洩らせば、そのまま私の顔を何とも言えない表情で見つめた。

「なんや、柾の結婚には美琴の同意がなくては出来ひんのか?」
「そ、そないな事なんて言うてへんやんっっ」
「しかし美琴の言っている事はそう言うもんなんやろ」
「そうかてパパはいいん? 柾兄がパパの跡を継がんでもいいの? うちはずっと朝比奈の人間が院長や理事長をしていたんとちゃうの? なのに一昨日柾兄は――――っっ⁉」

 し、しまったっっ⁉
 言わんでもええ事を口走ってどうするん私っておバカなん?
 ど、どうかパパが聞き逃してくれますよう――――。

「別に朝比奈の人間が継がなあかん訳でもない。ただ偶然朝比奈の人間が理事長を務めていたに過ぎひんだけや。だから柾やのうても優秀な医者で病院を上手く経営し、病院うちの理念を穢さん者やったら誰でもええ。それこそ片岡君でも……」
「パパっっ⁉」
 
 私は思わず声を大にして叫んでいた。
 だってこのままじゃあ一昨日の柾兄の宣言通りになってしまうと、私の第六感が声を大にして叫んでいたから……。

 でもパパはそんな私の心情をわかっているのか、はたまた気づかない振りをしているのかなんてこの時の私には想像も出来なかった。
 そのくらい私の心はギリギリに追い詰められていると言ってもいい。

「もう少し声のトーンを落としなさい。向こうでは皆寛いでいる筈だろう。美琴、今夜のお前の態度はもう直ぐ成人を迎える人間として決して褒められたものやあない」
「そ、それは十分わかっているけどでもっっ」

 私は必死で訴えたかった。

 キッチンは私とママだけの神聖な場所なんだとっ、だから決して他人様に踏み込んで欲しくはないのだとっ、確かに大声を上げたのは悪いと反省はしているけれどもっ、だけど最初にルールを破ったのは七海さんだとっ、話せばパパだったらわかってもらえると思ったのに、どうやらそれは私の思い込みに過ぎなかったみたい。

 *この親子は感情が高まるとこてっこての京都弁……まあ関西弁に戻ります。
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