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第二章 はじまりは春
17 美琴Side
しおりを挟む「美琴、七海……」
絞り出す様な低い声と少し……ううん、大切な七海さんを何も出来ない年下の私が感情の赴くままに怒鳴ったんだもん。
だからそう、本当はめっちゃ私に、それこそさっきの私の様に思いっきり感情を露わにして、柾兄はきっと私を怒鳴りたいんだと思う。
でも柾兄は何故か苦渋に満ちた表情のままそう呟くと共に私と柾兄の愛する女性を交互に見つめる。
きっとめっちゃ文句を言いたいのをめっちゃ我慢をしているんだ。
だってその理由は私を含む柾兄達の中には朝比奈家の家長であるパパがいるから――――だっっ。
だから柾兄は直接私へ文句を言いたくてもパパに遠慮して何も言えないでいるに違いないんだっっ。
そんな私は狡くてめっちゃ卑怯な娘だ。
結果的に直接柾兄より怒られないのは、私がパパと言う存在の陰に隠れているんだもん。
柾兄にとってのパパは柾兄の幼い頃に亡くなったお父さんの代わりの様に、そしてパパは柾兄を実の息子の様に愛している。
だってパパの愛は何時も慈愛に満ち、また時には厳しくもあった。
それはきっと今でも基本的には何も変わらない。
そう柾兄だけでなく娘の私も同様に……。
柾兄は昔からパパを心の底から尊敬している。
そんなパパの前で私を責められっこないと分かっているのに……誰よりもずっと私は柾兄を想い続けているからこそ、柾兄の気持ちを誰よりも理解していると言うのにっ、臆病な私はその一歩を踏み出せず、ただ黙って突っ立っているのが精一杯。
ごめんなさい――――。
何時もなら、自分が悪いと思えば直ぐにでも言える言葉なのに、今は唇が鉛のように重くて上手く動く事が出来ない。
こ、こんな卑怯者なんかなりたくはないっっ。
でも……この言葉を言えば、何故か七海さんを認めた事になっちゃう気がするのはどうして?
ううん、抑々私が認める認めないなんて関係なく、七海さんは柾兄が選んだ女性なんだもん。
私がとやかく言える立場じゃあない。
だって私は何時だってただの従妹で、柾兄にとっては何処までも幼い妹分。
だけど出来る事なら私のテリトリーへ、こんなに早く入って欲しくはなかった。
キッチンはママと私の神聖な場所。
出来る事ならば一日でも長くそう続いて欲しかった。
きっとこんな思いなんて誰にもわかっては貰えない。
だってそれこそ私のエゴに過ぎないのだから……。
そして皆の前でやらかしてしまった私は、そのまま何もお咎めがないなんて事はない。
「美琴、少しこっちへおいで」
「パパ……」
「何も頭からバリバリ食べてしまう訳じゃあない。少し向こうで話をしようか」
そうしてパパは皆へ『ちょっと失礼するね』と言い、それから七海さんには『娘が行き成り済まないね』と、未だ頭を下げいまる事の出来ない私を余所にきちんと立ち上がると直ぐにそう言って深々と頭を下げた。
私はその様子を何とも居た堪れない気持ちで見つめるしか出来ない。
だって本当は私がしなければいけないのにっ、私が間誤付いている間に親であるパパが代弁してしまったのだ。
パパに頭を下げさせてしまった事で更に私は自分を追い詰める。
卑怯者の美琴――――と。
「や、そんな……全然気にしていませんからっ、それに私が勝手にした事できっと美琴ちゃんの気に障ってしまったのでしょう。ですから院長止めてくださいっっ」
七海さんは頭を下げるパパへ反対に申し訳ないと、逆に頭を下げて謝り出してしまう。
そんな七海さんを柾兄はそっと隣へ立ちパパを宥めている。
チクリ――――。
並んで立つ二人をこれ以上見ていたくないっっ。
きっと今私は苦虫を潰したような醜悪極まりない表情をしていると思う。
そこへ何故か私は片岡さんと視線が一瞬絡んでしまった。
静かに日本酒を一口口へ含む片岡さんはほんの一瞬だけ惨めな私を見て――――。
ふっ、と笑っていた。
きっとおバカな娘だなって思っているのか。
はたまた父親に溺愛されたやらかし系の我儘な娘だろうと思っての事なのだろうか、それは何ともわからない。
でもきっと彼の心の中では昨夜の婚約云々はなかった事になって欲しいと思っている筈。
だって幾ら未来の朝比奈病院の院長の椅子が待っているからと言ってめっちゃ年齢差のある、然もこんなやらかし系のお子様の相手なんて片岡さんでなく誰も真っ平だろう。
でもこれを切っ掛けに私へ愛想を尽かしてくれるのならばそれは好都合。
私としては一昨日の事は是が非ともなかった事にしたいのだから……。
「ほらほらぁ何時までも繰り返してんじゃあないわよ。えーっとお酒は足りている……それともお茶かしらね」
パンパンと両手を叩いてその場を取り仕切るのは美咲伯母さん。
突っ立っている皆を椅子へと座らせ家族の団欒を再開しようとするけれど――――。
「美咲義姉さん私達は少し話してくるから後は頼むね。さあ美琴こっちへ来なさい」
「はいパパ」
私はパパの後ろをとぼとぼとついていく。
そんな私達を見送りつつ美咲伯母さんは深く溜息を吐く。
「周平君は昔から変に頑固なところは変わらないんだから……」
きっとパパに聞こえるように言った一言なのだろう。
だってパパはそんな呆れるように言った美咲伯母さんの一人言に対して、両肩をびくっとさせていたのがいい証拠だ。
そして最後にダイニングを後にする私達を切なそうな表情で見つめていた柾兄を、私は全く気づく事はなかったのである。
「美琴こっちへ座りなさい」
私達が今いるのは我が家唯一の和室=仏間である。
はあ、両親揃ってお小言タイム突入……は仕方ないと言えばそうなのだろう。
だって私はそれだけの事をやからしたんだから……。
そうして私は神妙な面持ちで両親からの叱責を覚悟したのだった。
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