Supreme love  至上の恋~  愛おしいあなたへ

雪乃

文字の大きさ
上 下
20 / 75
第二章  はじまりは春

9

しおりを挟む


 しかしそんな美琴に世の中とは時に無情であった。

 翌晩美琴は兎に角現状維持的な状態のまま朝比奈家の小さな主婦として、いやいやうら若き主婦として突如増員されたお客さんそれとも未来の家族……美琴自身にしてみれば断然前者である。

 だが美琴自身は兎も角柾はどうなのだろう。

 昼間は柾と七海、それから今や美琴の天敵とも言える龍太郎の三人は仕事若しくは何処かへ出掛けているのかはわからない。
 ただ美琴からしてみれば彼らの動向を、いやいや正確には柾と七海の行動がどうしようもなく気になって仕方がないけれどもっ、心のどこかで知りたくないと思っているのだ。
 
 だから美琴は敢えて三人へ極力話し掛けたりはしないし、美琴自身彼等へ話し掛けないでオーラをこれでもかと強く放っていた。
 本当ならば柾が帰国した夜は久しぶりに家族全員が揃っていたのだ。
 幾ら柾が美琴と龍太郎の婚約について宣言したとしてもだっ、美琴の父親であり家長でもある周平へその場で確認した上で取り消す事も可能だったのである。
 
 大体婚約云々に関して何故なにゆえ周平からではなく従兄の、しかも五年と言う年月の間たったの一度も美琴へ何の連絡すらもしてくれなかった柾が、美琴があれ程逢いたいと、声だけでもいいからと必死に連絡を取り付けようとしたのにも拘らずだっっ。
 乙女心を半ば無視された状態だったのに、どうして柾は突如美琴の人生へ口を出してきたのだろう。

 その前に柾と七海の婚約を聞かされただけでも、美琴にとっては途轍もないショックを受けたのにだっっ。
 それなのにそのショックが癒えないどころか、ぱっくりと抉られ開いた傷口へゴリゴリと、これでもかと言うくらいに粗塩を大量に手で掬い、抉られた傷――――いや、美琴の傷ついた心へと容赦なく塗り付けられている状態なのである。
 
 美琴の心はひりひりと、いやいやきゅーっと固く縛り上げられたような痛みに苛まれつつも彼女はいまだいま理解の出来ぬまま皆の朝食を用意し、そしてそれを食べられる程にまだ肝も座っていなければ世慣れてもいないのだ。
 自分の分も用意したものの結局身体がそれを受け付けず、そのまま大学へと逃げるように出掛けて行ったのだ。

 その日の夜は周平は昼間働いたまま夜勤へ突入し、美咲はと言えばその日に限って近隣の病院との会合により不在となる。
 柾達は美琴の帰ってきた直ぐ後に帰宅し、ずっと美琴のいるダイニングと繋がるリビングで過ごしていた。
 
 最初こそは七海や龍太郎が美琴へ何かとちょっかいを掛けてきたのだが、あからさまな美琴の拒絶オーラを感じ取ると七海は柾の隣へ座り二人の世界へと突入し、一方龍太郎は憮然とした表情で持ってきた本を静かに読んでいた。

 
 早く向こうのリビングへ行けばいいのに、何で、どうして柾兄も七海さん達も達なんで私を放って置いてくれへんの?

 いっそ大きな声で泣き叫べばどのように楽になるのだろうか……美琴はふとそんな考えを頭の中でよぎりつつもただ只管ひたすら黙ってひたすら、形の良いぷっくりと膨らんだ唇をぎゅっと噛み締め、真一文字に、力を込めて必死に何かを耐えながら夕食を作っていた。

 今日の夕食は帰国したばかりの柾を想って和食にしたのだ。

 金目鯛の煮つけには柾の好きな蒟蒻と焼き豆腐、それにこんがりと焼いた白葱がつけ添えられていた。
 生姜の利いた焼きナスの煮浸し。
 モズクと葡萄の酢の物。
 かぶらと油揚げのお味噌汁に香の物。
 デザートには柾の好きな京都で有名な北山にも店がある、少し甘いけれどもしっかりと上品な栗の味のするモンブラン。

 どれもこれも柾の好物ばかりである。

 柾の一番に慣れない悲しみは全く言えないと言うのにも拘らず、気が付けば美琴はほぼほぼ無意識に彼の好きなモノばかりを作ってしまっていた。
 だがそれも……結局美琴は何一つ喉へと通る事はなかった。
 
 柾達は食欲のない美琴を心配してはくれるのだが、その気持ちでさえも今の美琴にとっては迷惑以外の何物でもないのだ。
 だからただ一言――――『真凜とカフェで食べ過ぎちゃったからもう休むね』と、それを発するので一杯一杯だった。
 
 必死に慣れない状況で笑顔を張り付け状況でそう言うと美琴は足早に言うダイニングを後にし、自室へと続く階段を駆け上がる。
 そうして着替えもせずにそのままベッドへと勢いよくダイブし初めて声を殺したまま、嗚咽のみを発して泣いたのだ。

 だから美琴は知らなかった。
 そんな辛い表情の美琴の一挙手一投足を見逃す事なく、じっと静かに見守っている二人の存在がいる事を……。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

幸子ばあさんの異世界ご飯

雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」 伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。 食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

処理中です...