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第二章 はじまりは春
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しおりを挟むしかしそんな美琴に世の中とは時に無情であった。
翌晩美琴は兎に角現状維持的な状態のまま朝比奈家の小さな主婦として、いやいやうら若き主婦として突如増員されたお客さんそれとも未来の家族……美琴自身にしてみれば断然前者である。
だが美琴自身は兎も角柾はどうなのだろう。
昼間は柾と七海、それから今や美琴の天敵とも言える龍太郎の三人は仕事若しくは何処かへ出掛けているのかはわからない。
ただ美琴からしてみれば彼らの動向を、いやいや正確には柾と七海の行動がどうしようもなく気になって仕方がないけれどもっ、心のどこかで知りたくないと思っているのだ。
だから美琴は敢えて三人へ極力話し掛けたりはしないし、美琴自身彼等へ話し掛けないでオーラをこれでもかと強く放っていた。
本当ならば柾が帰国した夜は久しぶりに家族全員が揃っていたのだ。
幾ら柾が美琴と龍太郎の婚約について宣言したとしてもだっ、美琴の父親であり家長でもある周平へその場で確認した上で取り消す事も可能だったのである。
大体婚約云々に関して何故周平からではなく従兄の、然も五年と言う年月の間たったの一度も美琴へ何の連絡すらもしてくれなかった柾が、美琴があれ程逢いたいと、声だけでもいいからと必死に連絡を取り付けようとしたのにも拘らずだっっ。
乙女心を半ば無視された状態だったのに、どうして柾は突如美琴の人生へ口を出してきたのだろう。
その前に柾と七海の婚約を聞かされただけでも、美琴にとっては途轍もないショックを受けたのにだっっ。
それなのにそのショックが癒えないどころか、ぱっくりと抉られ開いた傷口へゴリゴリと、これでもかと言うくらいに粗塩を大量に手で掬い、抉られた傷――――いや、美琴の傷ついた心へと容赦なく塗り付けられている状態なのである。
美琴の心はひりひりと、いやいやきゅーっと固く縛り上げられたような痛みに苛まれつつも彼女は未だいま理解の出来ぬまま皆の朝食を用意し、そしてそれを食べられる程にまだ肝も座っていなければ世慣れてもいないのだ。
自分の分も用意したものの結局身体がそれを受け付けず、そのまま大学へと逃げるように出掛けて行ったのだ。
その日の夜は周平は昼間働いたまま夜勤へ突入し、美咲はと言えばその日に限って近隣の病院との会合により不在となる。
柾達は美琴の帰ってきた直ぐ後に帰宅し、ずっと美琴のいるダイニングと繋がるリビングで過ごしていた。
最初こそは七海や龍太郎が美琴へ何かとちょっかいを掛けてきたのだが、あからさまな美琴の拒絶オーラを感じ取ると七海は柾の隣へ座り二人の世界へと突入し、一方龍太郎は憮然とした表情で持ってきた本を静かに読んでいた。
早く向こうのリビングへ行けばいいのに、何で、どうして柾兄も七海さん達も達なんで私を放って置いてくれへんの?
いっそ大きな声で泣き叫べばどのように楽になるのだろうか……美琴はふとそんな考えを頭の中で過りつつもただ只管黙ってひたすら、形の良いぷっくりと膨らんだ唇をぎゅっと噛み締め、真一文字に、力を込めて必死に何かを耐えながら夕食を作っていた。
今日の夕食は帰国したばかりの柾を想って和食にしたのだ。
金目鯛の煮つけには柾の好きな蒟蒻と焼き豆腐、それにこんがりと焼いた白葱がつけ添えられていた。
生姜の利いた焼きナスの煮浸し。
モズクと葡萄の酢の物。
蕪と油揚げのお味噌汁に香の物。
デザートには柾の好きな京都で有名な北山にも店がある、少し甘いけれどもしっかりと上品な栗の味のするモンブラン。
どれもこれも柾の好物ばかりである。
柾の一番に慣れない悲しみは全く言えないと言うのにも拘らず、気が付けば美琴はほぼほぼ無意識に彼の好きなモノばかりを作ってしまっていた。
だがそれも……結局美琴は何一つ喉へと通る事はなかった。
柾達は食欲のない美琴を心配してはくれるのだが、その気持ちでさえも今の美琴にとっては迷惑以外の何物でもないのだ。
だからただ一言――――『真凜とカフェで食べ過ぎちゃったからもう休むね』と、それを発するので一杯一杯だった。
必死に慣れない状況で笑顔を張り付け状況でそう言うと美琴は足早に言うダイニングを後にし、自室へと続く階段を駆け上がる。
そうして着替えもせずにそのままベッドへと勢いよくダイブし初めて声を殺したまま、嗚咽のみを発して泣いたのだ。
だから美琴は知らなかった。
そんな辛い表情の美琴の一挙手一投足を見逃す事なく、じっと静かに見守っている二人の存在がいる事を……。
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