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第一章 回想
6 柾Side Ⅱ
しおりを挟む山本 律子――――救命センターの主任だ。
やや栗色でショートに切り揃えられた髪に、すっきりとした顔立ちの仕事の出来る女性。
何時もなら看護師である彼女は医師に対してこんな事は言わない。
資格社会に厳しい医療界で、彼女が決してこんな発言をするタイプではない。
まだ新米の医師だけれどそれだけは僕にもわかる。
そう、こんな事を言わせているのは僕達医師の落ち度だ――――。
本来この言葉は彼女が言うべき言葉ではなく、自分達医師が冷静に周平叔父さんへ言わなければいけないものだっっ。
僕は一瞬自分が言うべきかを悩んだがそれでもっ、誰かが言わなければ琴ちゃんも安らかに眠る事も出来ない。
「し……」
「院長、いや周平もういいやろう? 琴奈さんを休ませてやろう」
言いかけた僕を手で制して口を開いたのは、周平叔父さんの親友でもある脳外科の安藤部長だった。
「かけ……る、お、前まで……?」
「わかっているんだろ?」
「〰〰〰〰あぁ……」
「じゃあお前が最期の確認をしろ、誰でも出来る事じゃない、医師である俺達でしか出来ない……だろ? 琴奈さんの最期を夫であるお前が診てやれや」
「〰〰〰〰すまない、山本君も済まなかった」
「いえ、琴先輩は最期まで幸せです。だって最期の瞬間を愛するご主人に診て貰えるのですから……」
「う、うんうん……朝比奈、琴奈さん、PM0時45分死亡確認……こ、琴……さん!!」
この瞬間琴ちゃんは正式に亡くなった。
そしてあんなに広くて大きかった周平叔父さんの背中が今までで一番小さく見えた瞬間でもあった。
両肩を小刻みに震わせている。
それから間もなくして琴ちゃんは地下二階の霊安室へと移送された。
死後処置は美琴が病院へ到着してちゃんとお別れが済んでから母と山本主任がしたらしい。
本来なら僕も親族として一緒に家へ帰るところだけれど、院長である周平叔父さんが仕事の出来る状態ではない為僕は残る事にした。
琴ちゃんがセンターを後にしてから急患は途絶える事無く続いて、忙しかった半面悲しみを少しでも紛らわせる事が出来て助かったけれど――――美琴は今どうしているのだろう。
美琴はまだ13歳の子供だ。
幼いだけあって母親が亡くなったのはショックで、今頃泣いているんじゃないだろうか?
きっと琴ちゃんの眠っている傍で周平叔父さんと美琴の二人で肩を寄せ合って泣いているんだろう。
何時もだったら泣いている美琴の傍には必ず僕がいて泣きやむまでずっと慰めていたんだけれど、これだけ忙しくては顔を見に行く事も出来ない。
明日になったら、あぁもう丸2日帰ってないからせめて、明日の本葬には少しでも出席して泣いているだろう美琴を慰めないと……。
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