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番外編
番外編 アイザックの苦い過去 24
しおりを挟む「もうよい、もう十分だ」
王は疲れた表情でそう呟くと片手を挙げホールに控えていた騎士達へ、彼らを捕える様に合図を送った。
そしてその合図と同時に騎士達はマリスとその孫娘のイリーネを拘束した。
「なっ、何をするっっ、お前達が気安く触れていい存在ではないぞっっ、放せっ コラっっ!!」
「や、やだぁ!! 私は何も関係ないわっっ、私は何も知らないっっ、ねぇアイザックからも陛下にお願いをしてっっ!! 私は何もしてはいないのよぉ!!」
「お前たち後で思い知らせてやるからなっっ!!」
「やだってばっ、イヤっ、痛いっ、こんな縄で括らないでっ、ドレスが皺になっちゃうじゃない!! このドレス凄く高いのだから!!」
どんなに耳障りな事を言われても騎士達は王の指示通り粛々と任務を遂行していく。
屈強な騎士数人に押さえつけられていても2人は頑として抵抗を試みるが鍛え抜かれた騎士とお気楽な貴族では身体つきも体力諸々と何もかも違うのだ。
あっという間に縄で拘束されても口は黙る事がなかった。
「陛下っ、何時か後悔なさるでしょうっ、血の繋がりし祖父をこの様な目に合わせるとは天に唾を吐く様なものですぞっっ!!」
「そうよっ、それに悪い事をしたのはお祖父様であって私ではないのですっ、陛下にとって私は可愛い姪でしょう?」
「おまっ、何を言うっ、お前は孫だからと甘く見ておれば何をっ、全て私の所為に擦り付けるつもりかっっ!!」
「あ~らお祖父様私知っているのでしてよっ、よくあの古い屋敷でシャロンの者達と会っていたのではなくって?」
イリーネは下から見上げる様に彼女を恐ろしい形相で睨むマリスへ、口角を細かくフルフルと怒りで震わせながらも無理に笑みを浮かべて言い返す。
「お、お前だとてシャロンの者を使ってミドルトンの子倅に近づく女共を適当な理由をつけて呼び出し勝手に薬を使い、後は男共の玩具へ下げ渡していたではないかっっ!!」
「そ、それはっ、私のアイザックにあんな下賤な女達が近づくからに決まっているわっっ、彼の、アイザックの妻になると決まっているのはこの私以外いないのにっ、どの女達もそう、だけれど極めつけはクラウディアという女よっっ、あの女がアイザックの婚約者になると聞いてどれだけ私が腹立たしかった事かっっ!! でも、あの女が薬を打たれ地獄へ落ちていく様はどんなに胸が空く思いがしたか……っっ!? あ、いえ、これはその……違うのよアイザック?」
「そう、本当に君がディアを……わかってはいたけれどもやはり目の前で聞くとかなりきつい」
アイザックがイリーネを凝視する。
両肩をわなわなと震わせ、両の拳を固く握って、それは今にも彼女を殴りそうな勢いにも感じられた。
「――――旦那様、今殴られてはいけません。陛下の御前でもありますし何よりもその様な事をなさってもクラウディア様はお戻りになりません。そしてお優しいあのお方は決してお喜びにはならないでしょう……」
そっと固く握る拳をヨルムは自身の手でそっと包み込む。
アイザックは目頭が熱くなる程に怒りで興奮していたが、ここが王宮で陛下や衆人環視の前だという事を改めて自覚すると、何度も深く深呼吸を繰り返し自身に沸いた怒りを徐々に抑え込んでいく。
そうして暫くするとやや落ち着いた表情に戻りアイザックはヨルムへやや無理はあるが笑顔で話し掛ける。
「ありがとうヨルム、もう大丈夫だ」
「はい、それでこそ旦那様に御座います」
アイザックが必死に冷静さを取り戻してもマリスとイリーネはまだお互いを口汚く罵っていた。
最初にどんな拷問をしてでもマリスの知っている事を洗い浚い吐かせよ……と言っていたエンジュだが、まさか目の前で孫と罵り合いながら暴露する程こんなにも愚かな男なのかと思わず目を疑いたくなったのは言うまでもない。
しかしそれは周りの貴族も同様であった。
2人が罵り合う内容があまりに胸糞の良いものとは到底言えない為、周囲の令嬢や夫人達は次々に気分が悪いとパートナーに連れられ控えの間へと退出していく。
そう唯一自由になる口は2人にとって最早同情を引く為のものではなく、如何に自分は被害者なのだとそしてお互いの粗ばかり大きな声で暴露していくのだ。
その中でたった一言、そうたった一言でもいいのだ『悪かった、ごめんなさい』そう、その一言を言うだけでもマリス家の人間……大体はこの2人なのだが、しかしたった2人の我儘で自分勝手な解釈をする人間が扱いきれない権力という諸刃の剣を手にした為にどれだけ多くの被害を被った人々がいたのだろう。
きっとそれは数え上げればきりがないのかもしれない。
そして悪いのは彼らだけではない、彼らを増長させてしまった周りも同罪なのだ。
だから王は敢えてその言い訳や悪態ばかりしか吐かない口を閉じさせる事をしなかったのだ。
この愚か者達の最期の言葉を聞く事によってこれからを生きる者達の戒めになる様に――――と。
「旦那様……」
「あぁわかった、屋敷へ向かう」
そう、この場に少なくとも後3人いる筈の人間がいつの間にか姿を消していた。
その3人が帰るであろう屋敷へ向かう為アイザックとヨルムは静かにその場を後にした。
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