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番外編
番外編 アイザックの苦い過去 17
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10年前――――。
カリナは早朝何時も通り働いていた。
シーウェル男爵家の中は何時も通り――――ではない、令嬢のクラウディアが夕べより帰宅していない事が大きな問題であった。
前日に恋人のアイザックを見送った後夜には戻るから……と言って出掛けた彼女はこれまで一度も約束を違えた事がなかっただけに、男爵夫妻もそして使用人達もそれはそれは心配していたのだ。
なのに翌日の昼を過ぎても何の連絡もない。
それを見兼ねた男爵は何か事情があるのでは……と、クラウディアの近い将来義理の親子となるへフリー伯爵家へ使いを出したが今度は遣いに出した者が戻ってこないのだ。
何か嫌な予感めいた不安が圧しかかっていた男爵邸にその夜――――事件は起こった。
当初カリナともう1人の侍女は使用人部屋で仕事で疲れていた事もあり、ぐっすりと眠り込んでいた為に何が起こったのかは分からなかった。
ただ次に目覚めた時には寝間着姿のままカリナともう1人の侍女、そして男爵夫人と行方不明だったクラウディアの4人が両手両足を縛られ自由を失われていたのだ。
その時見たクラウディアの様子が何時もと違っていた。
ただ1人ふふふ……と涎を垂らし焦点が合わない表情をしたまま笑っていたのだ。
まるで誰も見えてはいなかったようだった。
そんな娘を見た男爵夫人は怒りにまかせて何かを叫んでいた。
同じ部屋にいた男爵夫人と同じ茶色の瞳をした初老の男性へと――――。
しかし同じ部屋にいてもその男性と囚われていた女性達とは根本的に違った。
言うなれば捕える者と囚われる者――――。
強者と弱者といった関係だった。
それでも男爵夫人は気丈にもその男性へ食ってかかっていたのだ。
だが何を言ってもその初老の男性は不気味なくらい薄ら笑いを湛えて女性を、正確には男爵夫人だけを見つめていた。
そうしている間に幾日か過ぎると今度はへフリー伯爵夫人まで同じ様に攫われてきたのだ。
怯える伯爵夫人に男爵夫人は娘と義妹を守る様に気丈していたという。
そんな時漸く薬が切れたらしいクラウディアは意識を朦朧とさせながらも自分達の置かれている状況に吃驚したのと、自分がアイザックを見送った帰りにイリーネとそこで薄ら笑っている初老の男性――――彼女の祖父であるマリス侯爵に騙されかどわかされたのだと告げた。
その告白を聞いて憤慨したのは男爵夫人だった。
「貴方は何時までそうして固執するのです!!」
「私は私を裏切る者は許さないと言っただろう、リリアナ」
そう、彼はマリス侯爵はとても執念深い男だったのだ。
「私は誰も裏切ってはおりません、私は心より愛するお方が出来たのです」
「アレ……か、うだつの上がらない貧乏男爵か」
「そのような仰り様は例えお父様でも許せませんっっ」
蔑んだよう……いや、侮蔑を込めた物言いをする侯爵へ自分の夫を貶められる事に腹を立てる夫人は怒りを露わにする。
血を分けた親子なのに、ましてや娘婿にその物言いは傍で聞いている者達にとっても耳障りなものであった。
確かに男爵家は裕福ではなかったがその分他の貴族にはない愛情に溢れた家だったのだ。
カリナも勤め始めはそうも思ったが、裕福でなくとも男爵一家は心優しく温かい家族で自分達使用人の事も十分気に掛けてくれていたのだ。
「ふん、お前は15年前私を捨ててあの男を選んだ」
「家は捨てましたがお父様を家族を捨てたつもりは毛頭ありませんわっっ」
「家族か、そのようなモノに縛られおって、私にはお前だけだっ、私はお前だけしかいらん!! 亡くなった我が姉リーラにそっくりなお前以外私は誰もいらぬっっ、如何してお前は私から逃げる? 如何して私の愛を受け入れようとはしない?」
実の親子なのに侯爵は何も問題はないと言った様に真剣な面持ちで娘である男爵夫人を求める。
そしてそれを言い終わると1歩1歩彼女の方へとゆっくり近づいてくるのだ。
「私はリーラ伯母様ではありませんっっ、そ、それに、わっ、私の夫はエドモンドだけですっっ」
男爵夫人は思わず隣にいたクラウディアを抱き寄せ父の想いを受け入れられないと突っ撥ねるもその表情は引き攣り怯えていた。
愛する夫へ助けを求めようとする男爵夫人へマリス侯爵は狂気を孕んだ笑みを浮かべて言い放つ。
「エドモンド……あの男ならばもうこの世にはおらぬ」
「なっ、なんで……すってお父様……一体何をなさったのですかっっ!!」
彼女の傍近くまで来た侯爵は得意げに話し始めた。
「私の邪魔をする者は全てこの世より排除するだけだ、私はこの時を、そう、この瞬間を15年もの長い年月指折り数えて待ち望んでいたのだ。我が姉リーラが流行り病で呆気なく亡くなった時はこの世の終わりかとも思ったが、義務で結婚した女との間にお前が生まれた瞬間――――私は天にも昇る喜びであったのだ。私のリーラが、私の愛が戻ってきてくれたのだ。もう何処へにもやらぬ、お前は私のモノ。私を愛するのがお前の生きる意味なのだっっ。それなのにお前は私の愛を拒み15年前家を飛び出し、あのような下らん男と結婚し子まで生した。ああ、あれは私への裏切りだ、私は裏切り者は許さない。だがお前だけは別だリリアナ、今度こそお前は私のものとなるのだ」
「お父……様、貴方は本当に狂っていらっしゃる。 あの時と少しもお変わりないのです……ね」
「狂う? ああこれ程までにお前を欲するとは夢にも思わなかったな」
そう彼女は15年前も、いやそれ以前より彼女に対する父の愛情が常軌を逸していた事に悩み恐れ、そして身の危険を感じ逃げる様に家を飛び出したのだ。
その時偶然知り合ったシーウェル男爵と恋に落ち2人は結婚したのだった。
思えばリリアナにとってこの15年という時間は至福の時だったのだ。
だが愛する彼女の夫はもういないのだろう。
信じたくはないが彼女の父親であるマリス侯爵は一度口にした事は必ず何があってもやり抜く男なのだ。
侯爵が彼女を自分のものにすると言い放っってからの15年がきっとあり得ない時間だったのだと男爵夫人には思えたのだ。
そして今回の件も元は15年前自身が逃げ出した時より始まっていたのかもしれないと彼女は思った。
だからこそ――――彼女はなんとしても関係のない者、取分け自分達の真実の愛によって生まれた娘クラウディアをこの狂った世界より逃がしたかったのだ。
「――――いいでしょう、私をお好きになされば宜しいですわ、きっとその口振りでは夫も生きてはいないでしょう……ですがっ、娘や義妹達それに弟や皆を助けて下さいませっっ」
そう、父の願いは自分なのだからと自分を差し出せば大丈夫と思った瞬間――――。
侯爵は下卑た笑いを浮かべて言った。
「――――ちと、遅かったようだなリリアナ。お前の弟は長年の前に可愛がられ過ぎたのがいけなかったな、あやつは外患誘致罪で全てを取り上げられたが、その前に私の配下の者によって殺害した。いや実に呆気なかったよ」
「いやああああぁぁぁぁぁぁ――――っっ!?」
その話を聞板へフリー伯爵夫人はショックで狂ったように泣き叫んだっっ。
横にいたクラウディアが叔母をそっと抱き抱える。
「なっ、何という事をっっ、あの子は貴方の息子でもありましょうにっっ!?」
「息子といっても血の繋がりだけだ、言ったであろう? 私にはお前しかおらぬ……と」
そう言って侯爵はクラウディアを一瞥する。
「そしてお前の娘はイリーネが狙っておったミドルトンの子倅を恋慕したと喚いておってな、勿論私はイリーネにも何ら愛情等はないがアレは野心家で後に役に立つ事もあろう、あの娘の思惑に私は今回乗らせて貰ったのだよ。そろそろお前を手に入れる頃合いかと思っておってな」
「そんな――――っっ!?」
「お前は私のものだ、何なら分からせる為にも今ここで娘の前でお前を抱いて見せようか? お前の痴態を娘に見せつけてもよいぞ」
侯爵は笑ったまま男爵夫人の顎へと手を掛けるが咄嗟に彼女はその手を撥ね退け、そして睨みつけて叫んだっっ。
「いっ、いやですっっ!! 貴方はそれでもこの国の宰相なのですかっっ」
「ふふ、相変わらず元気が良いな、安心するがいいお前もお前の娘も他の女ももう生きて再び日の光の前に出る事はない。お前達はこれより楽園に連れて行ってやる、リリアナ、特にお前は私が、私だけを欲する様に仕込んでやるとしよう」
カリナは早朝何時も通り働いていた。
シーウェル男爵家の中は何時も通り――――ではない、令嬢のクラウディアが夕べより帰宅していない事が大きな問題であった。
前日に恋人のアイザックを見送った後夜には戻るから……と言って出掛けた彼女はこれまで一度も約束を違えた事がなかっただけに、男爵夫妻もそして使用人達もそれはそれは心配していたのだ。
なのに翌日の昼を過ぎても何の連絡もない。
それを見兼ねた男爵は何か事情があるのでは……と、クラウディアの近い将来義理の親子となるへフリー伯爵家へ使いを出したが今度は遣いに出した者が戻ってこないのだ。
何か嫌な予感めいた不安が圧しかかっていた男爵邸にその夜――――事件は起こった。
当初カリナともう1人の侍女は使用人部屋で仕事で疲れていた事もあり、ぐっすりと眠り込んでいた為に何が起こったのかは分からなかった。
ただ次に目覚めた時には寝間着姿のままカリナともう1人の侍女、そして男爵夫人と行方不明だったクラウディアの4人が両手両足を縛られ自由を失われていたのだ。
その時見たクラウディアの様子が何時もと違っていた。
ただ1人ふふふ……と涎を垂らし焦点が合わない表情をしたまま笑っていたのだ。
まるで誰も見えてはいなかったようだった。
そんな娘を見た男爵夫人は怒りにまかせて何かを叫んでいた。
同じ部屋にいた男爵夫人と同じ茶色の瞳をした初老の男性へと――――。
しかし同じ部屋にいてもその男性と囚われていた女性達とは根本的に違った。
言うなれば捕える者と囚われる者――――。
強者と弱者といった関係だった。
それでも男爵夫人は気丈にもその男性へ食ってかかっていたのだ。
だが何を言ってもその初老の男性は不気味なくらい薄ら笑いを湛えて女性を、正確には男爵夫人だけを見つめていた。
そうしている間に幾日か過ぎると今度はへフリー伯爵夫人まで同じ様に攫われてきたのだ。
怯える伯爵夫人に男爵夫人は娘と義妹を守る様に気丈していたという。
そんな時漸く薬が切れたらしいクラウディアは意識を朦朧とさせながらも自分達の置かれている状況に吃驚したのと、自分がアイザックを見送った帰りにイリーネとそこで薄ら笑っている初老の男性――――彼女の祖父であるマリス侯爵に騙されかどわかされたのだと告げた。
その告白を聞いて憤慨したのは男爵夫人だった。
「貴方は何時までそうして固執するのです!!」
「私は私を裏切る者は許さないと言っただろう、リリアナ」
そう、彼はマリス侯爵はとても執念深い男だったのだ。
「私は誰も裏切ってはおりません、私は心より愛するお方が出来たのです」
「アレ……か、うだつの上がらない貧乏男爵か」
「そのような仰り様は例えお父様でも許せませんっっ」
蔑んだよう……いや、侮蔑を込めた物言いをする侯爵へ自分の夫を貶められる事に腹を立てる夫人は怒りを露わにする。
血を分けた親子なのに、ましてや娘婿にその物言いは傍で聞いている者達にとっても耳障りなものであった。
確かに男爵家は裕福ではなかったがその分他の貴族にはない愛情に溢れた家だったのだ。
カリナも勤め始めはそうも思ったが、裕福でなくとも男爵一家は心優しく温かい家族で自分達使用人の事も十分気に掛けてくれていたのだ。
「ふん、お前は15年前私を捨ててあの男を選んだ」
「家は捨てましたがお父様を家族を捨てたつもりは毛頭ありませんわっっ」
「家族か、そのようなモノに縛られおって、私にはお前だけだっ、私はお前だけしかいらん!! 亡くなった我が姉リーラにそっくりなお前以外私は誰もいらぬっっ、如何してお前は私から逃げる? 如何して私の愛を受け入れようとはしない?」
実の親子なのに侯爵は何も問題はないと言った様に真剣な面持ちで娘である男爵夫人を求める。
そしてそれを言い終わると1歩1歩彼女の方へとゆっくり近づいてくるのだ。
「私はリーラ伯母様ではありませんっっ、そ、それに、わっ、私の夫はエドモンドだけですっっ」
男爵夫人は思わず隣にいたクラウディアを抱き寄せ父の想いを受け入れられないと突っ撥ねるもその表情は引き攣り怯えていた。
愛する夫へ助けを求めようとする男爵夫人へマリス侯爵は狂気を孕んだ笑みを浮かべて言い放つ。
「エドモンド……あの男ならばもうこの世にはおらぬ」
「なっ、なんで……すってお父様……一体何をなさったのですかっっ!!」
彼女の傍近くまで来た侯爵は得意げに話し始めた。
「私の邪魔をする者は全てこの世より排除するだけだ、私はこの時を、そう、この瞬間を15年もの長い年月指折り数えて待ち望んでいたのだ。我が姉リーラが流行り病で呆気なく亡くなった時はこの世の終わりかとも思ったが、義務で結婚した女との間にお前が生まれた瞬間――――私は天にも昇る喜びであったのだ。私のリーラが、私の愛が戻ってきてくれたのだ。もう何処へにもやらぬ、お前は私のモノ。私を愛するのがお前の生きる意味なのだっっ。それなのにお前は私の愛を拒み15年前家を飛び出し、あのような下らん男と結婚し子まで生した。ああ、あれは私への裏切りだ、私は裏切り者は許さない。だがお前だけは別だリリアナ、今度こそお前は私のものとなるのだ」
「お父……様、貴方は本当に狂っていらっしゃる。 あの時と少しもお変わりないのです……ね」
「狂う? ああこれ程までにお前を欲するとは夢にも思わなかったな」
そう彼女は15年前も、いやそれ以前より彼女に対する父の愛情が常軌を逸していた事に悩み恐れ、そして身の危険を感じ逃げる様に家を飛び出したのだ。
その時偶然知り合ったシーウェル男爵と恋に落ち2人は結婚したのだった。
思えばリリアナにとってこの15年という時間は至福の時だったのだ。
だが愛する彼女の夫はもういないのだろう。
信じたくはないが彼女の父親であるマリス侯爵は一度口にした事は必ず何があってもやり抜く男なのだ。
侯爵が彼女を自分のものにすると言い放っってからの15年がきっとあり得ない時間だったのだと男爵夫人には思えたのだ。
そして今回の件も元は15年前自身が逃げ出した時より始まっていたのかもしれないと彼女は思った。
だからこそ――――彼女はなんとしても関係のない者、取分け自分達の真実の愛によって生まれた娘クラウディアをこの狂った世界より逃がしたかったのだ。
「――――いいでしょう、私をお好きになされば宜しいですわ、きっとその口振りでは夫も生きてはいないでしょう……ですがっ、娘や義妹達それに弟や皆を助けて下さいませっっ」
そう、父の願いは自分なのだからと自分を差し出せば大丈夫と思った瞬間――――。
侯爵は下卑た笑いを浮かべて言った。
「――――ちと、遅かったようだなリリアナ。お前の弟は長年の前に可愛がられ過ぎたのがいけなかったな、あやつは外患誘致罪で全てを取り上げられたが、その前に私の配下の者によって殺害した。いや実に呆気なかったよ」
「いやああああぁぁぁぁぁぁ――――っっ!?」
その話を聞板へフリー伯爵夫人はショックで狂ったように泣き叫んだっっ。
横にいたクラウディアが叔母をそっと抱き抱える。
「なっ、何という事をっっ、あの子は貴方の息子でもありましょうにっっ!?」
「息子といっても血の繋がりだけだ、言ったであろう? 私にはお前しかおらぬ……と」
そう言って侯爵はクラウディアを一瞥する。
「そしてお前の娘はイリーネが狙っておったミドルトンの子倅を恋慕したと喚いておってな、勿論私はイリーネにも何ら愛情等はないがアレは野心家で後に役に立つ事もあろう、あの娘の思惑に私は今回乗らせて貰ったのだよ。そろそろお前を手に入れる頃合いかと思っておってな」
「そんな――――っっ!?」
「お前は私のものだ、何なら分からせる為にも今ここで娘の前でお前を抱いて見せようか? お前の痴態を娘に見せつけてもよいぞ」
侯爵は笑ったまま男爵夫人の顎へと手を掛けるが咄嗟に彼女はその手を撥ね退け、そして睨みつけて叫んだっっ。
「いっ、いやですっっ!! 貴方はそれでもこの国の宰相なのですかっっ」
「ふふ、相変わらず元気が良いな、安心するがいいお前もお前の娘も他の女ももう生きて再び日の光の前に出る事はない。お前達はこれより楽園に連れて行ってやる、リリアナ、特にお前は私が、私だけを欲する様に仕込んでやるとしよう」
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