王妃様は真実の愛を探す

雪乃

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番外編

番外編  アイザックの苦い過去  11

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 あれから……へフリー伯爵の一件より4年という月日が流れた。

 アイザックは20歳となった。
 この4年もの月日という時間――――彼はまるで地獄の中で彷徨う亡者のようでもあった。

 へフリー伯爵とシーウェル男爵の無実を信じるアイザックと彼の父親のミドルトン公爵はこの余りの手際のいい展開に疑問を隠しきれなかったのだ。
 兎も角アイザックはヨルムと共にあの時離れ離れとなったクラウディアとその母の男爵夫人そしてへフリー伯爵夫人、またシーウェル家で働いていた若いメイド2人の捜索を隠密に行っていたのだ。
 一方ミドルトン公爵は当たり障りなく夜会やサロンへ行き情報収集を行う。
 そう、この事件は余りにものだっっ。


 穏やかな気性のへフリー伯爵は誰からも愛される存在であった。
 まさか裏でそんな犯罪に手を染めている等誰も信じたくはないのだが、彼の実の父でもありこの国で一番権力を握っていると言っても過言ではない宰相のマリス侯爵を前にすれば自然と開いた口も貝の様に閉じてしまうのだ。
 だからミドルトン公爵が他愛のない会話から彼らの事へと矛先を変えた途端――――誰もが首を横に振ってしまう。

 そう、なるべくこの件に係わらない様にまた、皆自身や家族そして家が大切なのだ。

 そんな向こう見ずな事をするのはミドルトン公爵家だけだとさえ皆が噂をする。
 公爵は屋敷に戻り執務室で疲れた身体を休めようと慣れた椅子へ腰を下ろす。
 そうして侍女が淹れてくれた紅茶をゆっくりと口へ含んだ……。

 八方塞がり……とはまさにこの事だな。

 普段ならこの様な問題に首を突っ込みたくもないのだが、如何いかんせん被害に遭ったのは将来の義娘とその家族なのだ。
 ミドルトンの家を守る為ならばこれ以上何もしない方がいい。
 幾ら名門とはいっても一貴族に変わりはないのだ。

 王の命令次第では爵位等如何どうとでもなるものなのだ。


 現王はまだ23歳と即位して間もない若い王だ。
 そんな彼の一番の側近であり宰相が外祖父のマリス侯爵なのだ。
 まだ政治をしっかりと理解出来ていない王の後ろで糸を垂らしさながらマリオネットの人形師の様に操っていると噂されるのがマリス侯爵なのである。

 マリス侯爵は一見常識人に見えるのだが何処か冷たい所がありミドルトン公爵とは昔からそりが合わない。
 犬猿の仲という訳でもないができればあまりお近づきになりたくない家なのである。

 なのに如何どうしてかアイザックが幼い時よりマリス侯爵の長男の娘……彼の孫娘であるイリーネがいたくアイザックへ恋情を抱き、事ある毎に縁談を持ちかけてくるのだ。
 まぁアイザック自身が興味がないのだからそれを理由に何度も断っているのだがマリス侯爵側としてはそれが面白くないらしい。

 以前偶然居合わせたサロン等で出会うと『ご長男は帰属間の付き合いや繋がりをまだまだわかっておられないですな、貴族間の婚姻は感情を切り離しお互いの利益を尊重するものでしょう。そもそもアイザック殿は誰をお手本にされているのやら……』等とミドルトン家よりも格下の家柄にも拘らず権勢を誇っている所為せいか、昔からマリス侯爵はミドルトン家をけん制していたのだ。

 ――――そして今回の事件なのだ。

 この4年何も無駄な時間は過ごしてはいない。
 皆貝の様に口を閉じてはいても貝だと手球に砂を吐く為に口を開く時もある。
 そう、1年前そうして口を開いた貴族がいたのだ。

 イェーガー伯爵がその開いた貝だった。

 彼はへフリー伯爵の親友だった。
 だから彼が無実である事も分かっていたのだ。
 そして――――彼とシーウェル男爵を殺害した犯人をも知っていたのだっっ!!

 知っていたからこそ恐ろしくて、そして家族を守る為に口を閉ざしていたのだが彼も穏やかで誠実な紳士だった。

 そう散々悩んだ末に彼はミドルトン公爵へ全てを語ろうとしたのだが――――っっ!?

 約束の時間より少し前に彼の屋敷へ訪れたミドルトン公爵とにこやかに談笑して書斎へ案内したイェーガー伯爵夫人そして執事の3人が見たものは、毒を飲まされ事切れる寸前の伯爵の姿だったのだっっ!!
 苦しむ夫の姿を見た半狂乱する夫人と駆け寄るミドルトン公爵の腕の中でイェーガー伯爵は最期の言葉を残してこの世を去った。

 全てはマリス侯爵の……そして……。

 それを聞いた公爵は思っていた通りの人物の名前が出て静かに納得した。

 元々ルガートはシャロンの王弟ルティエンス公爵が興した国だ。
 当然元は1つの国だったのだ。
 そして同じ国の人間だからこそどの国の間者よりもシャロンの者はこの国に潜んでいる――――いや、巣食っていると言ってもいいっっ。

 建国して以来大きな事件の裏には必ずシャロン関係していた。

 実際シャロンと関係があると噂されている貴族も幾つかあるのだ。
 その筆頭はルートレッジ侯爵家だ。
 だがそれもあくまで噂だけで確たる証拠は何一つない。
 しかしマリス侯爵家は何時の時もそのような噂を聞いた事はなかったがっ、言いかえれば噂されている方がまだ関係は浅いのかもしれない。

 そして全くそういう噂が昇らないマリス侯爵家は良くも悪くもルガートという船の舵を握っている。
 もしマリス侯爵が本当にシャロンと密接に繋がっているのだとすれば、これは慎重に動かなければ公爵だけでなく彼の息子のアイザックもこの世より消されかねないのだ!!

 ミドルトン公爵は何はともあれアイザックを一旦呼び戻し裏事情に詳しいヨルムと共に今後の策を講じた。

「旦那様この国にはシャロンの間者や暗殺者等数多く存在しております」
「ああわかっている、わかっているがもし本当にイェーガー伯爵の最期の言葉通りならばマリス侯爵は黒だ。そして我が義娘となるクラウディアの行方も彼ならば知っているだろうそれに――――我がミドルトン家はルガートの貴族であってシャロンの貴族ではない。我等臣下は陛下をお守りせねばいけないのだよ。陛下はまだお若い、そして侯爵は陛下の外祖父に当たる人物なのだ、これから肝をえて事に当たらねば我がルガートの明日はない。まさか最初はこんな大事になるとは思いもしなかったがヨルム……お前には悪い事をしたのかもしれん。私はまだ若いお前に表の世界で生きて欲しいと思っていたのだがどうやらまた裏の世界を見て貰わねばならなくなりそうだ」

 公爵は申し訳なさ気にヨルムを見て言う。
 そんな公爵にヨルムはその整った顔を少し歪めてとんでもないと言い返す。

「私が今こうして陽の当たる世界で笑っていられるのは旦那様とアイザック様のお陰に御座います。私がもっと早く行動を起こしておりましたらクラウディア様も他の方々もお救い出来たかも知れませんでした。私は喜んでこのミドルトンのお家の為に付くさせて頂きます」
「わかった、ありがとうヨルム。だが決して命を粗末にしてはいけないよ、お前はもう私達の家族なのだからね、そしてもし私に何かあればアイザックを護ってやって欲しい。まだまだあの子は子供だからね」


 そうして公爵はアイザックが20歳になって直ぐ――――公爵は執務室にて紅茶に毒を盛られこの世の者ではなくなったのだ。

 アイザックはこの4年の間に愛おしい者とその彼女に係わる者、そして最も尊敬していた父親を両手より砂が流れ落ちる様に彼の手から皆すり抜けていってしまったのだ。







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