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番外編
番外編 アイザックの苦い過去 6
しおりを挟む「愛しいディア、あぁ夢の様だ。貴女が私の求婚を受け入れてくれて僕は天にも昇る気持ちだよ。わかる? 僕がどんなに貴女を大切に想っているかという事を……」
「は、あ……はい」
何故この男性はこうも恥ずかしい事をあっさりと言ってのけてしまうのだろうかとクラウディアは何時も不思議に思う。
そしてそれが嫌味なくらい似合ってしまうのも腹が立つ。
また最後には必ずと言っていい程彼女自身が思ってしまう事。
自分は彼の隣には相応しくないのでは……?
「ディア、ほらちゃんと胸を張って、そして何時もの貴女でいいのだよ」
「でも、やはり私は貴方に相応しく――――っっ!?」
クラウディアが何時もの調子で自己否定を言い掛けるや否やアイザックはその言葉ごと覆い被さる様に彼女の柔らかい唇を自身のそれを重ねて無理やり塞いでしまう。
そんな事をされたクラウディアは堪ったものではない。
ただでさえ先日家族や皆の説得によりアイザックとの交際を受け入れただけでもこの社交界で悪目立ちしているというのに、皆の注目しているホールでのダンスを踊っている最中にキスをしてくるだなんてっっ!!
然も腰はがっちりと彼の逞しい腕でホールドされているし片手もしっかりと掴まれている。
唯一自由になるもう片方の手は行き成りのキスで吃驚して力が抜けてしまい遣い物にならないのだ。
それに熱を孕んだ彼の熱い瞳で見つめられる事にも慣れてはいないからそれだけで顔が、いや身体中がぽっぽっと火を点けられる様に熱くもなるし、きっと顔やドレスの裾から見えている肌は紅色に染まっているのではないかと錯覚さえしてしまう。
一度気持ちを受け入れてしまうとつい先日まで堪えてきた想いは決壊したダムの様に彼女の心より尽きる事なく彼への愛情が流れ込んでくる。
そして彼の少し銀色交じりの焦げ茶色をした瞳で見つめられるだけで身体が熱く火照ってしまうのに、こんな公衆の面前でキスをされるとは一体何の公開処刑なのだっっ!!
クラウディアは抵抗する術もないままに彼のキスを受け入れるがこれはこれで十分恥ずかしいのだ。
そんな周知に狼狽える彼女を見てアイザックは目尻をこれでもかというくらいに下げている。
「そんなに可愛い反応するからいけないのだよ、もっと貴女を食べてしまいたくなってしまう」
「あっ、そっ、それは〰〰〰〰っっ!?」
一応想い合う男女が想いを通じればどうなるのかは知識としては理解していたが、如何せんクラウディアは恋愛初心者なのだ。
そんな他愛のない言葉1つでも顔を真っ赤して何も言えなくなってしまう。
だが、そんな彼女をアイザックは好ましいと、愛しいと感じてしまうのだ。
だからあまり愛しい存在を困らせるのもいけないと分かっているのだが、場馴れした令嬢と違う彼女の反応はどれもこれも新鮮で全てが愛おしい。
しかしそんなアイザックもキスを求めてもそれ以上の事は求めなかったのだ。
彼女の両親との約束でもあったが、初めて自身が本気で愛した存在なのだ。
彼女とのこれから先の未来は何もかも完璧に整えたいと望んだのだ。
だから彼女の全てを愛するのも新婚初夜と決めていた。
それまではどんなに彼女が欲しくなってもキスまでだと己に言い聞かせていたのだ。
男としてかなり辛い我慢を己に強いる事になるのだが、これも愛するディアとの完璧で幸せな日々を過ごす為だと思えば辛くはないとアイザックは考えていた。
ただキスだけは我慢はしない――――。
「紅が取れてしまったね」
「だっ、誰が原因だと――――っっ!!」
「はは、悪い悪い、ほら化粧室で直しておいで。このままではへフリー卿夫妻へご挨拶も出来ないからね」
「――――っっ!! 最低ですっ、アイザック様ってばっっ」
「ほら、ぐずぐずしているとまた可愛い唇を塞いでしまうよ」
「直ぐ戻ってきますっっ」
クラウディアは顔を真っ赤にして走る様に化粧室へと向かった。
その姿をアイザックは愛おしそうに見送っていた。
かちゃ。
化粧室には3~4名の令嬢の姿があった。
そこは化粧室とは言っても大きな広間の様な部屋なのだ。
だから3~4名いてもそんなに狭く等感じないのだが……。
「あら、どちらのご令嬢かしら? ねぇ皆さまご存じかしら」
金色の生地に白の精密なレース刺繍をあしらった豪華なドレスを身に纏った令嬢が最初の言葉を発した。
そう、それが始まりだったのだ。
「私お見かけした事ありませんわね、マーガレット様はご存じ?」
「いいえ、スターシア様は?」
「そうですわね……まぁもしかしてミドルトン公爵家のアイザック様の想われ人ではなくて?」
赤いマーメイドラインのドレスを纏った令嬢が意地悪そうに口角を上げて思い出したように言う。
「ほら、何処かの零落れた男爵家のご令嬢……でしたわよね?」
「ああそうですわね、どちらの男爵家でしたかしら?」
「本当に名前も思い出せないくらいのお家なのでしてよ」
「ほほほ、まぁそんな意地悪を言っては駄目でしてよ皆様」
「まぁ相変わらずお心のお優しい御方ですわねイリーネ様。ですがこういう事はきちんとし方が宜しいのでは? 誰がアイザック様に相応しくそして未来のミドルトン公爵夫人だという事をね!!」
緑のドレスを身に纏った赤毛の令嬢はイリーネという名の金色のドレスに身を包んだ美しい令嬢を見てからクラウディアを蔑む様に睨みつけて言い放つ。
「まぁミスティ様、その様な事はアイザック様がお決めになられる事ですわ、この方は何も悪くはないのですもの、ね、貴女もただ一時の間遊ばれている事をご存じでしょう?」
イリーネは一見優しそうな笑みを浮かべてはいるものの、その瞳は明らかにクラウディアを軽蔑していた。
そして彼女の両肩にぐっと強く掴むときつい香水の香りを漂わせて耳元でそっと囁く。
「立場を弁えなさい、卑しい男爵家の娘が本当に名門公爵家の妻になれると思っているの? 身分という壁は幾らお転婆な貴女でも飛び越えられなくてよ」
「な――――っっ!!」
それは完全に脅しだった。
自分が身を引かなければ家族諸共どうなるかわからないと暗に言われてしまったのだ。
彼女だけでなく、家族や彼女に係わるものを何時でも如何にでも出来るという事は常に見張られていると言っているのと同じ事なのだっっ!!
イリーネ達の軽蔑しきった薄ら笑いが頭の中から消えて無くならない。
クラウディアは彼女達が化粧室より出て行った後その場に崩れる様に座り込んでしまった。
如何しよう、如何すればいい?
アイザックに相談?
いいえ、そんな心配は掛けられない、でもだからと言って彼とも別れられないっっ。
やはり彼女達の言う通り私は彼に相応しくないの???
彼女の瞳より涙がとめどもなく溢れてくる。
わかっていた展開だった。
彼の求愛を受け入れた瞬間より何時かはこんな目に遭う事を……。
それでも一度愛してしまった想いを諦めるという選択肢はクラウディアにはなかったのだった。
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