110 / 141
第二部 序章
昔語り 後編
しおりを挟む先ず最初に自らの行いによって自身の命よりも愛する運命の半身が遠い地へと離れてしまった途轍もない喪失感に襲われ、それまで神として完璧だったクレアーレの心と身体のバランスは徐々に崩れていき、倒頭最後にはその身体と心が完全に分かたれてしまった。
一つは憎悪の剣。
クレアーレ自身何時の間にか全く気付く事もなく、心の片隅でぷすぷすと静かな熾火の様に燻っていただろう漆黒の闇と神としての膨大過ぎる力が融合し、我慾のみを追求するアーロンという邪神に……。
もう一つは底の見えない漆黒の闇と神の力が融合した者によって切り離された善の心と癒しの力を有するただの人間へと……。
そうして分かたれた心と身体は最早一つになる事はない。
だから我慾のみを追求する邪神アーロンは、クレアーレだった頃知らずに抑え込まれていただろう理性という箍を外し、クレアーレの愛すべき半身へ愚かにも懸想した男と同じ人間そのものを憎み、いやエヴァンジェリン以外の全ての生きとし生けるものの存在を厭い、解放された膨大な力で以って楽園だったこの世界を死と恐怖で蹂躙した。
一方クレアーレの理性の箍となっていた人間であるラファエルは、猛り狂う狂神アーロンへ無謀にもたった一人で勇敢に立ち向かっていくのだが所詮は無力な人間なのだ。
邪神であるアーロンに対しなす術等なかったのである。
その様子を逸早く察知した北の大地に住む、エヴァンジェリンを慕う動物達は彼女へと助けを乞うた。
それを聞いたエヴァンジェリンは運命の半身であるクレアーレを失った事に悲しみ悲嘆に暮れるが、それと同時に愛する者が創り上げ二人で守ってきた楽園を何としても護りたいと願い、決意を露わにした彼女は荒れ狂う邪神アーロンの元へと舞い降りた。
身の内に巣くう狂気に身を任せ、溢れ出る力に任せて世界を破壊へと蹂躙していたアーロンの眼前に、眩くも柔らかな光と共に現れた愛おしいエヴァンジェリンの存在を認めたアーロンは、クレアーレであった以上に彼女を強く求めたが、彼女はそれを断固拒否をした。
だがそんなエヴァンジェリンの心情に構わず更にアーロンは彼女を強く求めたがそれが叶わないものだと知ると、苦悶の表情を浮かべる彼女の前で彼女の愛する世界を崩壊させようと、あらん限りの悪行を尽くし出した。
そしてついに世界の終焉を痛感したエヴァンジェリンは、クレアーレの愛した世界を護ろうと最期に自身の胎内に眠る祝福の力を用いて邪神アーロンの力を封印する事に成功した。
しかし胎内のほぼ全ての力を使い果たしてしまったエヴァンジェリンは、自身もまた死に逝く定めを理解する。
そうして残り僅かな力を放つと何もなかった元の美しい楽園には戻れないにしても崩壊の一途を辿る世界をを留め、またこの世界の何れかの地にアーロンを封じ込め、再び彼女は自身の終焉の地として北の大地へ戻ると残る自らの血肉を用いて一組の人間の夫婦を創った。
薄れゆく意識の中でエヴェンジェリンはその人間の夫婦へこの大地で穏やかな国を創るよう命じると、彼女は穏やかな表情を湛えたまま静かに永遠の眠りへと就いていく。
それから時は緩やかに流れ……何時しかその土地には小さな国が誕生した。
女神エヴァンジェリンの願い通り、穏やかな人間達が少しずつ集まり、戦もなく笑顔に満ちて暮らす平和な国の名はライアーン。
建国以来どの様な事になろうとも決してほんの小さな戦でさえも参加する事なく、建国以来一貫として見事なまでに平和を貫いていく永遠中立国。
だがしかしその隣にはあの世界の終焉で生き残った人間達が集まり、また何処へ封印されたのかもわからない邪神アーロンを崇め、その復活を願う人間が集う国シャロンもほぼ同時期に誕生した。
邪神復活を旨とし、その復活にはなくてはならない女神の血。
しかし何時、誰がその様に決めたのかはわからない。
ただ邪神崇拝をする者達にとって女神の血は必要なカギなのだ。
だから何時何処かに現れるかもわからない転生を繰り返す女神を求め、崇拝者達は今も女神を追い求める。
そう、それが紛う事無き真実だと信じて……。
こうして一つの世界の楽園は終焉を迎えた。
そしてこの世界にはもう創造主は存在しない。
この世界に存在するのは創造主によって創られ生き残った人間と、妻神より創られし人間それから生き残った動物達。
その彼らを護る者はもういない。
この世界に住まうモノは皆己で命を繋ぐ為の糧を自ら手に入れなければいけない。
その多くは奪い合い、殺し合う事を意味するのだ。
また生きていく上での食物連鎖も然り。
だが奪い殺すのみでは何時までも生きてはいけない。
何故なら少しずつでも何かを生み出し、育て、分け合わなければ世界は直ぐにでも終わりを迎えるだろう。
憎しみだけでは世界を生かす事は出来ない。
そう相手を思いやる心がなければそれが永遠でないにしろ未来とは続かないのだ。
遠い昔エヴァンジェリンが最期の希望を人間達へ託した様に……。
何があろうとも何者にも関心を持つ事を善しとしなかった時空の番人は、余りにも無垢な心につい鉄壁の心が惹かれてしまった。
だかららしくなく彼女の心にその存在を留めてしまったのかもしれない。
そして女神ミルヴァは時の流れの中で一人静かに揺蕩っていた。
あの無垢な心の想いが何時の日か叶う事を願って……。
0
お気に入りに追加
3,394
あなたにおすすめの小説
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる