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第二部 序章
昔語り 後編
しおりを挟む先ず最初に自らの行いによって自身の命よりも愛する運命の半身が遠い地へと離れてしまった途轍もない喪失感に襲われ、それまで神として完璧だったクレアーレの心と身体のバランスは徐々に崩れていき、倒頭最後にはその身体と心が完全に分かたれてしまった。
一つは憎悪の剣。
クレアーレ自身何時の間にか全く気付く事もなく、心の片隅でぷすぷすと静かな熾火の様に燻っていただろう漆黒の闇と神としての膨大過ぎる力が融合し、我慾のみを追求するアーロンという邪神に……。
もう一つは底の見えない漆黒の闇と神の力が融合した者によって切り離された善の心と癒しの力を有するただの人間へと……。
そうして分かたれた心と身体は最早一つになる事はない。
だから我慾のみを追求する邪神アーロンは、クレアーレだった頃知らずに抑え込まれていただろう理性という箍を外し、クレアーレの愛すべき半身へ愚かにも懸想した男と同じ人間そのものを憎み、いやエヴァンジェリン以外の全ての生きとし生けるものの存在を厭い、解放された膨大な力で以って楽園だったこの世界を死と恐怖で蹂躙した。
一方クレアーレの理性の箍となっていた人間であるラファエルは、猛り狂う狂神アーロンへ無謀にもたった一人で勇敢に立ち向かっていくのだが所詮は無力な人間なのだ。
邪神であるアーロンに対しなす術等なかったのである。
その様子を逸早く察知した北の大地に住む、エヴァンジェリンを慕う動物達は彼女へと助けを乞うた。
それを聞いたエヴァンジェリンは運命の半身であるクレアーレを失った事に悲しみ悲嘆に暮れるが、それと同時に愛する者が創り上げ二人で守ってきた楽園を何としても護りたいと願い、決意を露わにした彼女は荒れ狂う邪神アーロンの元へと舞い降りた。
身の内に巣くう狂気に身を任せ、溢れ出る力に任せて世界を破壊へと蹂躙していたアーロンの眼前に、眩くも柔らかな光と共に現れた愛おしいエヴァンジェリンの存在を認めたアーロンは、クレアーレであった以上に彼女を強く求めたが、彼女はそれを断固拒否をした。
だがそんなエヴァンジェリンの心情に構わず更にアーロンは彼女を強く求めたがそれが叶わないものだと知ると、苦悶の表情を浮かべる彼女の前で彼女の愛する世界を崩壊させようと、あらん限りの悪行を尽くし出した。
そしてついに世界の終焉を痛感したエヴァンジェリンは、クレアーレの愛した世界を護ろうと最期に自身の胎内に眠る祝福の力を用いて邪神アーロンの力を封印する事に成功した。
しかし胎内のほぼ全ての力を使い果たしてしまったエヴァンジェリンは、自身もまた死に逝く定めを理解する。
そうして残り僅かな力を放つと何もなかった元の美しい楽園には戻れないにしても崩壊の一途を辿る世界をを留め、またこの世界の何れかの地にアーロンを封じ込め、再び彼女は自身の終焉の地として北の大地へ戻ると残る自らの血肉を用いて一組の人間の夫婦を創った。
薄れゆく意識の中でエヴェンジェリンはその人間の夫婦へこの大地で穏やかな国を創るよう命じると、彼女は穏やかな表情を湛えたまま静かに永遠の眠りへと就いていく。
それから時は緩やかに流れ……何時しかその土地には小さな国が誕生した。
女神エヴァンジェリンの願い通り、穏やかな人間達が少しずつ集まり、戦もなく笑顔に満ちて暮らす平和な国の名はライアーン。
建国以来どの様な事になろうとも決してほんの小さな戦でさえも参加する事なく、建国以来一貫として見事なまでに平和を貫いていく永遠中立国。
だがしかしその隣にはあの世界の終焉で生き残った人間達が集まり、また何処へ封印されたのかもわからない邪神アーロンを崇め、その復活を願う人間が集う国シャロンもほぼ同時期に誕生した。
邪神復活を旨とし、その復活にはなくてはならない女神の血。
しかし何時、誰がその様に決めたのかはわからない。
ただ邪神崇拝をする者達にとって女神の血は必要なカギなのだ。
だから何時何処かに現れるかもわからない転生を繰り返す女神を求め、崇拝者達は今も女神を追い求める。
そう、それが紛う事無き真実だと信じて……。
こうして一つの世界の楽園は終焉を迎えた。
そしてこの世界にはもう創造主は存在しない。
この世界に存在するのは創造主によって創られ生き残った人間と、妻神より創られし人間それから生き残った動物達。
その彼らを護る者はもういない。
この世界に住まうモノは皆己で命を繋ぐ為の糧を自ら手に入れなければいけない。
その多くは奪い合い、殺し合う事を意味するのだ。
また生きていく上での食物連鎖も然り。
だが奪い殺すのみでは何時までも生きてはいけない。
何故なら少しずつでも何かを生み出し、育て、分け合わなければ世界は直ぐにでも終わりを迎えるだろう。
憎しみだけでは世界を生かす事は出来ない。
そう相手を思いやる心がなければそれが永遠でないにしろ未来とは続かないのだ。
遠い昔エヴァンジェリンが最期の希望を人間達へ託した様に……。
何があろうとも何者にも関心を持つ事を善しとしなかった時空の番人は、余りにも無垢な心につい鉄壁の心が惹かれてしまった。
だかららしくなく彼女の心にその存在を留めてしまったのかもしれない。
そして女神ミルヴァは時の流れの中で一人静かに揺蕩っていた。
あの無垢な心の想いが何時の日か叶う事を願って……。
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