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第一部 第四章 現在
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しおりを挟む「くっ、はっ、よくもやってくれたよジェフリー……とんだジョーカーがいたものだねっ」
さらりと流れる銀色の髪はやや乱れ、天色の瞳とその整った顔を苦痛めいた表情で歪ませ、吐く息は荒く右手を多量出血している腹部を押さえながら、彼は重い身体を一歩一歩前へ歩を進めていた。
ジェフリーが最期に命を懸けて貫いた刺し傷は想像以上に深かったのだ。
だから彼は本来予定していた東の蒼弓国にある地下組織へ戻るつもりでいたのが、実際はまだルガートの王都内にいた。
幾ら魔力を以ってしてもこの傷では遠方へは転移出来ないのである。
「まさか影までもやられるとは計算違いだったよ」
「――――そうかな? 僕には予想通りの結果だとしか思えないのだけれどね」
「――――如何してここへっっ!?」
「ふふん、わかっているのじゃないのかな? ねぇマリアーナ」
「はい、アーロン様」
宙に漂っていた身体をまるでふわふわのソファーから立ち上がる様に、優雅な仕草で地面へと彼は静かに降り立つ。
銀色に流れる髪を一本の三つ編みに編まれ、傷を負ったアーロンと瓜二つの顔に同じ天色の双眸をし、彼よりもその仕草は優雅で何処までも美しい。
そして嫣然とした笑みを浮かべている姿は実に絵になるのだ。
一方その目の前で出血の所為か、それとも突然現れた人物の出現によるものなのかはわからないが、傷を負ったアーロンはみるみるその表情を引き攣らせ蒼白となっていく。
「クスっ、君、顔色が随分悪いね、如何してなのかな?」
「あっ、あっ……」
「ふふん、答える事も出来ないのだね。その口は飾りなの?」
「あっ、うっっ!?」
「口として役に立たないのなら……要らない――――よね?」
「――――っっ!?」
「だって役に立たない玩具はこの世にあっても邪魔でしょ?」
ザシュっっ!!
「ぐふぁああああああぁぁぁぁぁっっ!!」
天色の双眸が妖しく光を放った刹那――――傷を負ったアーロンの唇……正確には左の耳朶より右の耳朶まで唇の上を丁度点を線で結ぶ様に一瞬刃物の持つ独特の鈍い光が走ったかと思えば、次の瞬間ぱっくりと皮膚が大きく裂け真っ赤な鮮血が吹き出した。
腹にも傷を負っているのに今度は顔面まで……彼は両手で顔を覆い地面に倒れ左右に大きく身体を動かしながらその強烈な痛みに悶え苦しんでいる。
「あはは、蟾蜍みたいな声だね。それにちゃんと声が出せるじゃない。ちゃんと訊かれた事に答えないから痛い目に合うのだよってもう遅いか。だって君は僕の命令をちゃんと正確にきかなかったのだものね、僕が何時ジェフを殺していいと言ったかな?」
「ぐうぅぅぅぅぅ……っっ」
「然も君、誰が僕の大切なエヴァンジェリンにキスをしてもいいよって言ったのかな?」
キラキラといたずらっぽく光る天色の双眸で、地面で這う様に苦しむ彼をにっこりと無邪気な笑みを浮かべた後傷より出血の止まらない腹を思い切り蹴り上げる。
「ゔぎゃっっ!?」
何度も何度も飽きる事なく蹴り上げそして――――。
「あーあ、ほら見てごらんマリアーナ、僕の靴がこの薄汚い血で穢れてしまったよ」
そうしてごく当り前の様に直ぐ傍で控えている金色の流れる髪に紫色の瞳をした美少女の前に足を出す。
「お任せ下さいませ」
「うんいいよ」
マリアーナと呼ばれた美少女は差し出された足の前に跪き、ゆっくりと可愛らしい舌で血に穢された彼の靴を丁寧に舐めとっていく。
そう、少女に生気はなく、ただ彼の言う事をきくだけの操り人形の様だった。
靴の汚れを舐めとられている間に彼は自身の掌よりジェフリーが作りだした物よりも一回り大きい闇魔法で出来た短剣をゆっくりと引き抜いていく。
そして優雅に立ち上がると彼は多量出血で意識を半分飛ばしている男の前に立つ。
「ヤダなぁ、よく僕の前で意識なんて飛ばせるとは随分じゃないの、影の癖に――――っっ!!」
ずぶっっ!!
「――――ぁぁぁぁぁぁっっ!?」
「殆ど声も出せない? 当然だよね、僕の大事なジェフを殺したのだもの。あの子は君よりも大事な玩具だったのだよ、なのによくも君はジェフを殺してくれたねっっ!!」
男の腹に再び闇の剣を突き立てぐりぐりと腹の中を捻じる様に剣を動かしていく。
刺された男は最早虫の息で抵抗をするという思考も浮かばなかった。
「君は僕の影――――僕の指示通りに動けばいいものを、僕になりきり過ぎて誤解でもしたのかな?」
困るのだよ……と笑いながら最後に剣を抜き去り殆ど動かない身体へ、そう丁度心臓の位置へ渾身の力を込めて再度剣を突き立てた。
胸を貫かれた瞬間大きく身体を弓なりに反らせると、小さくピクピクと小刻みに数分痙攣した後――――その身体より生命反応が抜け落ちてしまった。
「あーあ、死んじゃったね。本当に呆気ないね、これで何人僕の影はこうして死んだのだろうね。でも、今回のは流石に少しムカついたよ。僕のジェフを殺しちゃったのだもの、あぁマリアーナ、君の様にしてもいいのかもしれないけれど、きっとジェフには似合わないね。アレは意思のある僕の大事な玩具だったのだからね」
マリアーナは何も語らないしその表情には何の感情の色すらもなかった。
「おいで」
「はい、アーロン様」
主であるアーロンに声を掛けられると操り人形の様に彼女は彼の傍へと近づく。
傍にきた彼女の顎を綺麗な指で掬うとそっと唇を重ねて笑う。
「ラファエルが君を見たらどんな反応をするかと思うとゾクゾクするよ、君は17年前ラファエルが初めて愛したたった1人の女性なのだからね。ふふふ、あはははは……」
「ラファ……エル?」
「そう、ラファエルだよマリアーナ……」
立ち尽くすマリアーナを腕に抱きしめアーロンは彼女を見たラファエルの狼狽える表情を思い浮かべるだけ、で喉の奥よりくつくつと笑いが込み上げるのだった。
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