王妃様は真実の愛を探す

雪乃

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第一部  第三章   過去2年前

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 そんなマックスの苦悩等一切知らない、いや知ろうとしていないラファエルは、政務の合間に少しでも時間があると国内を単身で視察へおもむいている。
 これは彼が王太子時代より変わらぬ行動だ。
 幾度も周囲の臣下より危険だから供を増やすか視察を見合わせる様に忠告されるがそれだけは頑として聞き入れない。

 理由は簡単。
 第一仰々しく大勢で視察しても何も意味がないからだ。
 用意された舞台を観劇する為ではない。
 彼が単身で赴くのは国民のありのままの生活を見て触れるからこそをする意味があるのだ。
 戦が長期に渡り続いたからこそ国民がどの様に疲弊し、そしてこれよりどの様な政策を練れば国民の生活が潤っていくのかは、実際に己自身の目で見るものと紙切れの報告書では微妙にズレている時があるのだ。
 また、王はただ頂点で臣下の報告だけを信じそして彼らの言うままに指示を出していればいいモノではないとラファエルは考えている。
 確かに臣下の意見も貴重なモノだが、でも実際に見るのと聞くのとでは明らかに彼が思う国造りが違ってくるのだ。
 そして自分が間違えた指示を出すという事はそのまま国民の命に直結してしまうもの。
 無論、彼とて自分が完璧な統治者だとはゆめゆめ思ってはいない。
 人間とは過ちを犯す生き物だ――――といって彼自身がそれに胡坐あぐらく事は許されない。

 国民の命を預かる者としてラファエル自身出来る限りの事をしなくてはいけない……と彼はそう捉えている。
 だから『視察』も彼にとっては大切な公務の一つなのだ。
 勿論単身とは言っても全くの1人ではない。
 彼の視察に何時も同行するのはマックス同様彼の数少ない親友であり、臣下の1人でもある、ブレーメンタール公爵 リチャード・ロドリック・アントワーヌという男だ。
 金色の髪に青い瞳をした知的なイケメンで、ラファエルの亡くなった母の姉がリチャードの母という従兄弟関係になる。
 そんな2人が今回訪れた街は王都よりそう遠くない場所にあるデスタという街だった。
 デスタの街を超えればシャロンと隣接したルートレッジ侯爵領がある。

 現当主であるルートレッジ侯爵はまだ若干24歳という若さだが、既に重臣の1人としてその才能を遺憾いかんなく発揮しているのだけれども、ルートレッジ侯爵家は昔より兎角噂の絶えない家でもある。
 今回の視察もここ最近デスタの街の周辺で勃発している人さらいの裏にシャロンと何か繋がりはないかという目的でやってきたのだ。
 現当主であるルートリッジ侯爵はラファエルの信任も厚い……というか、彼を信じるに足る人物だと確定したいが為にここへやってきたと言ってもいい。
 皆ラファエルの事を冷酷非道で非情な人間と言っているが、何も彼は好き好んで人を切り捨てている訳でも裁いているのでもない。
 裁かれるにはそれぞれに訳があるのだ。

 そう、彼は特に人事……まぁその他色々上げられた報告に関して納得いかないもの全てではないが、政務をりして作った時間を『視察』と称してこういった捜査も兼ねている。
 ちなみに今回の人攫い――――今現在で5人の娘が消えている。
 しかもその特徴として赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪かしくは緑色の瞳だと言う。
 ラファエルがこのデスタへ着くまでに潜ませていた間者より取り敢えず現状の報告を聞く。
 いずれも攫われた痕跡は全く残されてはいない。
 そして何処に連れ込まれたのかも……。
 この手際の良さからどう考えて見ても――――。

「シャロン……元シャロンが関係していると見て問題ないでしょう、エル?」
「あぁ、そうだな奴らは証拠を一切残さない様に仕込まれているからな」

 あの時もそうだったからな……ラファエルは自嘲じちょう気味に小さく呟くと、今日はそのままデスタの街にある宿屋で宿泊する予定だったが、「気が変わった」と言って少し苛立ちを隠せないまま消えた娘達の捜索へと加わった。
 ブレーメンタール公爵リチャードことチャーリーは「相手はあのシャロンですから中々尻尾は出してくれませんよ」と言いつつも、そのままラファエルの後へ続く。
 チャーリーにしてみれば一番捜索したいのは直ぐ隣にあるルートレッジ侯爵領なのだが、単なる街や村の娘達の消息不明だけで侯爵領へ踏み込めないもどかしさも正直のところ感じていた。
 この国の法律によって伯爵以上の領地は例え国王といえど、確たる証拠がなければおいそれと闇雲に捜索は出来ない。

 そう、ルガードとシャロンが決定的に違うのはこの国が独裁国家ではないという事だ。
 如何いかにラファエルの性格が冷酷非情で非道だと言われようが、彼自身独裁政治は行ってはいない。
 最終的判断は王であるラファエルだが、それまでに重臣達ときちんと協議を行ってから彼は裁可を下す。
 その為にも視察は彼が政治を行う上で重要なモノとなってくる。
 だからこそ彼と彼に仕える者達の信頼は厚いし、最近加わった若手で然も有能な臣下を正しく見定める為に今彼はここにいる。
 そしてそんなラファエルの考えを察しているからこそチャーリーも何時もの様に同行しているのだ。

「何時もながら本当に見事に痕跡を消していますね」
「あぁ、憎らしい程にな。これだけ完璧に仕事をするのならいっそ国政もマトモに取り組んでおれば、100年前にシャロンは分裂する事もなく今も国として存続していただろうがな」
「そうですね、これだけの事を教え込むにも骨が折れますしね」

 半分以上嫌味なのだがな……と小さく呟いてからラファエルは、グラスに残っていた琥珀色の液体を喉の奥へと一気に流し込む。
 昨日から1日半かけて辺りを調査したが思っていた通り欠片一つの痕跡も見つからない。
 ただルガート国内だけで既に5人の娘がさらわれている。
 もしかすると周辺国も同様の被害が出ている可能性はないとは言い切れない。
 そしてその特徴が赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪をした娘としくは緑色の瞳をした娘という2つの共通点を持っていた。
 この2つの共通点は何を意味するのかがわからなかったがしかし、この時彼らの記憶の中で忘れている事があったのだ。

 赤毛交じりの金色ストロベリーブロンドの髪と緑色の瞳の両方をあわせ持つ乙女の存在を……。

 今現在攫われていたのがそのどちらかを所有している者達ばかりだった為に、ラファエルはそれを併せ持つ者の存在をしっかりと忘れていたのだ。
 もしかしなくともチャーリーではなくマックスが同行していたのならば、きっと直ぐにエヴァンジェリンの事を思い出しただろう。
 マックスは言わばエヴァの治療兼護衛関係のトップだが、チャーリーはエヴァと関係のないまつりごとの方に係わっていたのだ。
 ラファエルにしろチャーリーも8年前に一度だけしかエヴァとは対面していない。
 それゆえ直ぐに思い出せなくても仕方なかったのかもしれない。
 おまけに相手はまだ8歳の少女だったのだから……。

 それにしても何時までも王宮を空けている訳にもいかない。
 調査は難航し先に潜ませていた数名の間者へシャロン領と周辺国に同様の事件が起こっていないかを調査する様に指示をし、ラファエルとチャーリーは王宮へ戻る事にした。
 馬で飛ばせば約3時間の行程――――遅くとも夜には王都へ到着する。
 あまり遅くなるとそれこそ暗殺集団の残党が何処から襲ってくるかもわからない。
 用心に越した事はないがそれでも少し帰路にくのが遅かったかもしれない。
 そう、不穏な気配を感じたのはデスタの街を出て暫くしてからだった。

「はっ、ついてきているなっっ!!」
「そうですね、5、6人といった具合でしょうかね」
「たった2人の為にご丁寧に6人も送り込むのかっっ」
「まぁそれだけ敵に恐れられている……といったところでしょうか?」
「――――ふんっ、物は言い様だな」

 そう言ってラファエルは軽く舌打ちして背後をサッと一瞥いちべつする。

「まっ、今はあまり笑っている場合でもないでしょう」
「そうだな、兎に角王都へ入る手前まで引きり回して始末をするしかないな!!」
「そう……ですね、その方が周囲への被害も少ないでしょうから」

 後方より聞こえてくる馬のひずめ走る音ギャロップを冷静に聞いていたラファエル達は、自分達が愛馬としている軍馬とは程遠い一般的な馬だとわかると、こちらの方が耐久性も速度も上なのだから兎に角相手の馬を疲れさせる事に徹したのだ。
 まぁ勿論こちらの馬にもそれだけ負荷はかかるがそれでも常日頃鍛え上げている軍馬だ。
 十分相手に追いつかれる事もなく戦い易い場所まで引き摺り回し、そしてその場所で待っていればいい。
 そうして2人は手綱を握り直し全速力で駆け抜けた事約2時間半、あの丘を越えれば王都だ。

 本来ならばこれは王がする行動ではない。
 まだ相手に追いつかれていないのであれば城門をへ入り騎士団に指示し兇者きょうしゃを向かい討てばいいだけの事。
 何も王自身が危険に身をさらすべきでないという事はラファエルもチャーリーも十分に理解していたが、それではきっと王都にいる民達が何かしら巻き沿いを喰う可能性があるのだ。
 今彼らがいる所は丁度村も街も何もない開けた場所。
 それに騎士を呼びに行くには少々時間はなさ過ぎた。
 迎え撃つ場所を確保し呼吸を整えるのが精々せいぜいだろう。
 それでも相手にはその一時さえも与えずに迎え撃てるだけこちらには分があるのだから……。
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