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第一部 第二章 (1)過去2年半前
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しおりを挟む彼女は起きない――――。
アナベルが何度身体を揺らせても全く起きる気配がない。
それもそうだ。
彼女を最初から眠らせる為にアナベルは睡眠薬入りの紅茶を出発前に呑ませたのだから……。
別にアナベルは何も進んで自分の大切な主に薬を盛ろうとしたのではない。
言ってしまえばこれは緊急を要した事だったのだ。
アナベルにとってエヴァンジェリンは、何物にも代えがたい大切な主であり家族以上に大切な存在。
決して家や父の、いや、それ以上よりの命令だからという訳ではない。
あの日初めてエヴァンジェリンと出会ってから現在に至るまで、エヴァは今もなおシャロンの亡霊に狙われているのだから……。
アナベルは自分の膝を枕にしてすやすやとあどけない顔で何も知らずに眠っているエヴァを優しげに見つめてからそっと馬車の外へ視線を向ける。
その水色の双眸はつい今し方エヴァに向けていた優しさ等微塵もなく明らかに険しいモノだ。
いつの間にか彼女達の乗る馬車の周りには20騎は楽にいるだろう、鎧を装着した騎士達に囲まれて馬車は目的地へと直走る。
しかしそんな状態にもアナベルは動じない。
まるで全てを理解している様子だった。
強いて言うなればこの馬車に同乗している者達も恐らく男女問わず騎士達に違いないのだ。
それでもこの状況を受け入れなければいけない理由がアナベルにはあったのだ。
そして今はまだ真実をエヴァンジェリンに語る事も出来ない。
臣下として主に隠し事をするのは彼女にとって最も辛い事だが、これも全ては大切な彼女を護る為に必要な事。
薬を盛った事に些か後悔を覚えているアナベルだったが、気を取り直して眠るエヴァを優しく見つめている間に馬車は目的地であるレクサー村へと到着した。
ガチャリ。
馬車の扉が開けられる。
「王妃陛下はまだお休みの様ですね」
「はい、貴方が用意して下さったお薬で王妃様はまだお目覚めにはなられていません、マクシミリアン・アーネスト・ゴードウィン卿」
明るい茶色の髪に青い瞳をした優男風なイケメンは青い騎士装束に身を包み、優雅な笑みを浮かべて未だ目覚める様子のないエヴァンジェリンを優しげに見つめた。
「では王妃様を屋敷の中へ……」
そう言って優男風のゴードウィン卿は優雅な仕草でアナベルよりエヴァンジェリンを受け取ろうとした瞬間――――それは彼女の手によって完全に阻まれてしまった。
「エヴァ様は、王妃様は私がお運びいたします!!」
「気持ちはわかるけれど君も十分か弱い女性ではないのかな? アナベル嬢」
「それは侮辱と受け取って宜しいですかゴードウィン卿……いえ、マックス先生とお呼びした方が宜しいでしょうか?」
アナベルは鋭くそして彼を射抜くような視線を向けつつ静かにそう告げる。
それを聞いたゴードウィン卿もといマックスはやれやれといった具合に両肩を軽く竦めてみせる。
「流石あのベイントン家のアナベル姫。毎度の事ながら恐れ入るよ」
「――――で、貴方は私を侮辱されましたのでしょうか?」
「いやいやとんでもない。ベイントン家の姫将軍に敵う者はそうそういないでしょう、それに何時までもフィオ……王妃様をこのままにしてもおけない。ここは勿論君にお任せするよ、それと後の警備は全て陛下に絶対的な服従を誓っている者達だから安心するといいよ」
「ふ、そう言ってこの7年半――――何度も王妃様はお命を狙われ続けましたわ」
「おや、これは手厳しい……」
「あらっ、そうでしょうか? 陛下とルガート国王との密約であったのにも拘らず、ドブネズミが至る所にいて駆除のし甲斐がありますわね」
「まぁそれは否めないね。でも今回は少し大掛かりな駆除だから王妃様をここへお移ししたのだけれどね」
「駆除に時間が掛り過ぎますと業者の腕も信用ガタ落ちになりましてよ、ではこれにて御前失礼しますわ」
そう告げるとアナベルはマックスへ一瞥し、何も知らないエヴァをまるで白馬の王子様然として、この上なく優しくまた丁寧に横抱きにして屋敷にある寝室へと向かった。
マックスはその様子を見送ると踵を返して護衛隊長の元へと向かった。
彼女達――――いや、正確には王妃であるエヴァンジェリンの身の安全の為に護衛の数としてはやや少な過ぎるだろうが、これでも少数精鋭王直属の騎士ばかりだ。
彼らの忠誠はもとより、身元も徹底的に調査し合格した者だけがエヴァンジェリンの警護に当たる事を許されている。
しかしその事を含め、後色々全てに関して彼女自身何も知らされてはいない――――。
あくまで密約を交わしたのはルガート王と彼女の父であるライアーン王なのだから……。
そしてその密約の全てを知るには少なくとも後2年半と少し先となる。
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