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第一部 第一章 (1)過去10年ー9年前
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しおりを挟む「エヴァ様お待たせいたしました」
2時間程して漸くアナベルが戻って来た。
彼女の報告によると通路は本当に真っ暗闇だけどほぼほぼ直線で、段差もなく四つん這いになって歩を進めると10分くらいで外に出られるとの事だった。
しかし思ったより通路は汚れているらしく彼女の着衣は見事に汚れている。
だけどこの通路が緊急避難用だという事もわかり、衛兵に見咎められる事もなく城外へ脱出出来るという事はなによりの収穫だ。
でもそれを聞いた私は一瞬だけ郷愁に駆られライアーンへ帰りたいと思ったけれどあくまでその一瞬だけ。
何故ならもし私がここにいなければきっとルガート王は約錠を破ったと言ってライアーンへ攻める口実が出来てしまう。
故国をこれ以上危険には晒す事は出来ないけれど少し本心を言えば問答無用で帰りたかった。
まさかこんな扱いを受けるとは考えもしなかったのだから一刻も早くこの国より逃げてしまいたかったのも事実。
でも私にはそれが許される身分ではない。
そしてそれを行動に移す事も出来ない。
どんなに郷愁に駆られても私はもうルガートの人間になってしまった。
これからの先の事には不安もいっぱい……あるなんてモノではなく、許容範囲をかなり超えてしまい私の心から不安という不安が溢れ出しているけれども、何時までもうじうじと弱い心でいられないのがよ~く解ったのだ。
子供だった自分には今を以ってさよならをする!!
ここで生き抜く為には何時までも子供ではいられないのだから……。
兎に角その夜は2人して台所を片づけて夕食に焼き菓子少しとお湯を頂いた。
今でも忘れられない離宮での最初の夜。
お菓子にはお紅茶が当たり前だと思っていたのだけれど、お茶葉がなければその当たり前っていうのが出来ないものなのだと初めて実感したわ。
でも不思議だったの。
何もないお湯を自分達で沸かして飲むだけなのが、その時だけはどんなに美味しいお紅茶よりも美味しく感じてしまったの。
それからお掃除もアナベルに教わって初めて体験した。
まだ春だったから良かったものの、これが真冬だと思うだけでゾッとする。
何にしても恵まれていたのかもしれない。
だけど慣れない動作に身体はあちこち筋肉痛になってしまったけれど、案外掃除も楽しいものだと発見してしまった。
そうして疲れ果てた私達は、やや埃っぽいソファーで2人して抱き合う様に眠りについた。
翌朝より私達は住居スペースや隠し通路の掃除を慣れない手つき――――勿論私だけ。
そうしてなんとか人が住める程度に片づけていく。
寝台のマットレスもとても重たかったけれど、2人で干して何とか埃を落とす事も出来た。
次に奥庭へ行くと長年手入れされていなかった為草がボウボウ状態。
だけどそれを見たアナベルはある事を閃いたのだ。
「エヴァ様、ここに菜園を作りましょう。色々植えて食糧の足しにするのもいいですね」
「そうね、食糧は確保しなければいけないのですもの。アナベルは本当に何でも知っているのね」
「ふふ、そうですね、母が平民の出でしたので自ずと幼い頃より色々教えて貰いましたわ」
そう、アナベルの母は平民だったけど、今はその平民だった事が何よりも頼もしい!!
私の知らない事を彼女の母を通して私達が生きていける。
「アナベル、私少しだけど金貨を持ってきているの。これでそのっ、菜園に必要なモノを買いましょうっっ」
そう、何でも先行投資は必要なのだっっ。
金貨を持っているだけでは生きてはいけない。
金貨は使ってこそ明日を生きる為に投資をするのだ!!
「では、私が買い物をしてまいります。エヴァ様は如何かこの離宮で静かにお待ち下さいませ」
そう言うとアナベルは私から金貨を受け取り素早く隠し通路へと消えていった。
私は――――といえば大人しく待つなんてとんでもない!!
私達の間にはもう身分なんて関係ない。
今の私達は運命共同体と言ってもいい、彼女が買い物へ出かけたのであれば私は私の出来る事をするまでの事。
そうと決心したのであれば私は腕まくりをして庭で草引きを始めた。
しかし草引きなんて――――と安易に思っていた私は、雑草の根の強さに正直な所かなり辟易していた。
子供の身体で引き抜ける草はそんなに多くはなかったけど、それでも私は汗を拭いながら一生懸命草を引いた。
偶に虫が飛んで来た時には吃驚して思わず身体を仰け反らせながら、その場を逃げ回る事を何度も繰り返しつつ黙々と草を引く。
夕方近くになってアナベルが帰って来た時に彼女は私の姿を見て悲鳴を上げた。
なんて事はない、ドレスはドロドロに汚れ、素手で草を引いた為に手や腕に切り傷が出て所々血が滲んでいただけなのだ。
初めて草引きをして多少夢中になっていただけだと言ってもアナベルは目を吊り上怒っていたけれど、彼女は直ぐに湯を沸かして布で私の汚れた身体を拭いてくれた。
寝る前に街で買い物をしてきたという野菜の苗や種と洗濯に必要な石鹸を見せてくれた。
翌朝洗い場でボロい洗濯用の桶とやっぱりボロい洗濯板が幾つか見つかり、私達は仲良く全身泡だらけになりながらも、ベッドのシーツや汚れたドレスに下着類を慣れない手つきで洗う。
今まで経験した事のないばかりだけれども不思議と私は辛いという感情よりも、寧ろ楽しいというモノが勝っていた。
そう王族として色んな勉強はしてきたのだけれどもそれは教師のする話しや教科書上でのもので、こうして身体を動かして覚える事の方が何倍も楽しいものだなんて思いもしなかったの。
そうしてこの国へ来てから1ヶ月が経過した頃には掃除や洗濯にも慣れ、奥の庭には小さいながらも菜園が出来上がっていた。
まぁ流石にライアーンより持ってきた焼き菓子はとうになくなってしまったけれど、少量ながらも持っていたお金で時々アナベルが街へと買い物に行きパンを購入していた事もあり私達は何とか生き延びていたがしかし、お金も正直そんなには持ってきてはいない。
貯えがある間に何か別の方法を考えなければいけないのだ。
でも方法と言っても何がある?
それにもしかしなくとも陛下はこの離宮で私達が息絶えるのを待っていらっしゃるのかもしれない……という不安が拭えない。
所詮は敗戦国の人質に過ぎない。
『坊主憎けりゃ袈裟まで……』という諺もある。
きっと陛下やこの国の人間にしてみればまだ子供だとは言っても私はライアーンの第一王女。
憎しみの対象でしかないのでしょうね。
シャロンとルガートの関係を鑑みて相手を憎むという気持ちを理解は出来ても、だからと言ってあっさり『はいわかりました』と言って大人しく死を待つのは私らしくない。
後方支援と言っても敗戦国だから責任は感じるわよ。
でもだからと言って大人しく死を待つのは嫌っっ!!
何を言われようとも必ず生きる事を諦めたりしないっっ!!
でも、生きる為には如何すれば……。
な~んて1人悶々と私が考えていると、買い物から帰って来たアナベルが決意表明をしたの。
「エヴァ様、私明日より街で働く事にしましたわ」
思わず持っていた袋を私は落とし掛けてしまった。
そう、私の中では考えもしなかった事。
外で働くなんて――――。
アナベルは懐事情が寂しくなってきていたのを理解していたからこそ、自分達が生き抜く為に街で働くという選択をした。
しかも働き口はもう見つけてあるというから素早い。
勤め先も怪しげな場所ではなく買い物で知り合った女性が経営する食堂だという。
勿論その時に私も働く――――と小声で言ってみたがそれはアナベルの一声で即却下となる。
「一応エヴァ様はこの国の王妃陛下に御座います。それにまだ8歳という年齢では何処も雇ってはくれないでしょう。幾らエヴァ様が聡明でいらしても世の中には無理なモノは無理なのです」
はぁ……流石に15歳のアナベルに言われると年齢ばかりは何も言い返せない。
それに理由はそれだけではないのだから……。
兎も角翌日よりアナベルは毎日食堂へ働き始めた。
離宮に残された私は1人という事もあり寂しい気持ちはあったけれど、その寂しさを紛らわせる様に部屋の掃除やお洗濯に菜園の手入れ等出来る事から始めていく。
それから半年もすると料理もそこそこ出来る様になって言ったのは言うまでもない。
当然、料理と言っても簡単なモノだけど……。
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