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第二章 こうして物語はこうしてゆっくりとでも確実に動いていく?
2 天音とドリゼラ 天音Side
しおりを挟むそれから数日後、お義父様の死の知らせと共に戻って来た黒いリボンで纏められた彼の遺髪を先妻の隣へしめやかに埋葬された。
遺体はお義父様の死の原因ともなった事故により損傷が思いの外酷かったのと、持って帰る頃には十分生前とは全く異なる姿となる――――はっきり言って腐敗してしまうからである。
ここには魔法はあっても前世の様な近代的な科学はない。
言ってみれば中世のヨーロッパと似ていると言ってもいい。
だから前世で散々便利な生活に溺れきっていた私にとっても、義理とはいえ父親の遺体を現地で埋葬したという事実に何やら辛いものを感じてしまう。
高位の貴族ならば転移魔法も行使出来ただろう。
しかしながら我が家は男爵家。
貴族階級で言えば下位中の下位。
いくらお金を稼ごうが所詮は階級社会の世界なのである。
そして当然の事ながらお母様はショックの余りあの日を境にお部屋から一歩も出てこないし、勿論碌に食事も摂ってはくれない。
毎日お母様の専従侍女であるマリアが泣いて私の部屋まで懇願してくる始末だ。
でもだからと言って私が諭した所で状況は何ら変わらない。
マリアはお母様が侯爵令嬢であった頃よりずっと仕えてくれている、最早肉親にも近い存在。
お母様より5歳年上のマリアは何時も姉妹の様に、時々お嬢様口調に戻りたがるお母様を窘めていた。
三年にお父様を病で亡くした時もそうだったね。
お母様は誰が、どの様に声を掛けても決してお部屋から出てきてはくれなかった。
それでも食事と飲み物だけはマリアが何とか摂らせてくれていたわね。
外出するのはお父様のお墓参りの時だけ。
毎月命日の日だけがお母様を見る事が出来た私とアナの寂しくも悲しい記憶。
ドリゼラもアナも涙を見せ――――まあアナは最初の頃はよく泣いていたわね。
でも最初だけよ、何故なら隣でドリゼラが歯を食いしばったまま少しも泣かなかったのだもの。
ドリゼラは良くも悪くも感情表現がとっても下手な女の子。
嬉しい事や悲しい事をストレートに言葉として表現する事が大の苦手だった。
でもそんなドリゼラでもお父様だけには何でも素直に言葉を発する事が出来たらしい。
『おや、私の可愛いお姫様は何処にいるのかな。お姫様の大好きなお父様に教えておくれ』
そう言って何時も幼いドリゼラを頑丈で逞しい腕でしっかりと抱きあげてくれたのがお父様だった。
勿論ドリゼラ……いいえ私はお母様もアナも大好きよ。
でもね、お父様は誰よりも特別だったの。
まあドリゼラにとっては王子様みたいなものなのかな。
優しくて強い王子さま。
でもだからと言ってお母様に嫉妬なんかしてはいない。
お父様の娘として彼を心より愛していただけ。
そうしてお父様が亡くなられた日を境に、ある意味ドリゼラは心を少し閉ざしたの。
まだ幼いのに少しも泣こうとしなかったわ。
周囲の大人より可愛げのない娘と言われたけれど、そんな事なんてドリゼラにとってどうでも良かったの。
ただあの時はほんの一滴でも涙を流せば、まだ幼かったドリゼラは自身の心が壊れてしまうとてしまう強く思い込んでいた。
お母様が悲しみの中にいる今、家族を護る事が出来るのは自身だけだと、何をどう思ったのかわからないけれどトレメイン子爵家の時期当主としてドリゼラは必死に我慢をしたのよね。
そんな姉の様子を見たアナも次第に泣くのを止め、幼いながらも姉妹二人で何とか頑張って生きてきた。
勿論トレメイン家には財産もあるし多くの使用人達もいてくれる。
だから生活する上で何も困らなかったのよ。
コリンヌ伯母様や侯爵であるお祖父様やお祖母様も様子真っ先に駆けつけてくれたわ。
でも、それでも二人は寂しかったの。
お父様はもういないのならばせめてお母様に抱き締めて欲しいと思ってはいても、その時のお母様は二人の娘に全く関心がなかった。
いえ違うわね。
今にして思えばお母様もまた悲しみの海に囚われていた。
もがけばもがく程お母様は悲しみに囚われ続けられていたのでしょうね。
だから私達の気持にお母様は気付けなかったの。
何故なら本当にお父様を愛していらしたから……。
そうね、私達親子は皆お父様をとても愛していた。
これは天音が体験していない可哀想な女の子、ドリゼラの心の記憶。
天音である私には共感しか出来ない。
でも私はドリゼラでもあるからわかるの。
ドリゼラは今回もまた心を閉ざそうとしている。
心を閉ざす事で悲しみを回避しようとしているわ。
今なら私にもちゃんとわかる。
ドリゼラもまたお母様の再婚で幸せを感じていたのよね。
えぇそう私もよ、何だかんだと思いながら結構この生活は幸せだった。
だからお願いドリゼラ。
今貴女は決して一人じゃない。
ドリゼラの身体には、ドリゼラと天音が存在するのよ。
それにアナもエラもいるわ。
今はとても辛いけれど皆で少しずつ悲しみを分かち合い、そして何時の日か大きな声で笑いましょう。
その時はどうかお母様も一緒に笑えるといいわね。
ね、背伸びをしないで等身大で深呼吸をするの。
きっと遠い御空の上で二人のお父様が見守ってくれるわ。
そしてその時はこれより訪れる様々なバッドエンドもしっかりと回避出来ている事を願ってやまないけれどね。
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