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終章 永遠の愛を君に捧げん
7 愛しいまでの距離
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「ベル……」
扉を開ければ広い部屋の真ん中にしろと薄桃色を基調としたカーテンでぐるりと囲まれた四本の支柱が立つ豪奢な点が何時気の寝台がある。
魔力暴走症という特異な病故だろう、大きな寝台を包み込む様に幾重もの重防御結界が張られていた。
恐らくベルはそこにいるのはほぼ間違いはない。
そしてシリルはこの部屋へ入ると同時にふと思い至ってしまう。
生まれて初めて見る女性の寝室を……。
母ヴィヴィアンは別邸で暮らしているのもあり、またアイリーンとは過去に想い合っていたとはいってもそこは高位貴族の子息。
想い合うとは言えども何処か幼馴染の域を脱しない二人の関係では、未婚女性の部屋へ、然も女性の寝室へ足を踏み入る等あってはならない事なのであり、当然思春期の男子としての好奇心はあったものの、変にヘタレで真面目なシリルに取ってそこは絶対不可侵領域なのであったのだ。
そのヘタレな自分が今っ、その場の勢いのままに未婚の女性……ベルの寝室へと、彼女の了承も何もなく、ましてや現段階ではベルの婚約者でもない、正確に言えば一臣下でしかない。
おまけにほんの少しだけだがシリルはそっと部屋を見回せば、明らかに男である自身の部屋とは全く違うのだと、俄かに損臓が煩く打ち始めてくるのだ。
窓には柔らかなパステルピンクのカーテンと白絹糸と金糸で花の刺繍が施されたレースのカーテンは、差す様な陽の光を幾分か和らげ、最低限度の調度品は女性らしく丸みがあり、それでいて一目で意匠を凝らしたものだとわかる趣味の良いものばかりだ。
そしてシリルの心臓を更に激しく打ち付けるのは、ほんのりと、決して嫌味な臭い等ではない。
ほのかな甘さの中にも品が窺える程度の香りは心を落ち着かせるものだろうと思うのだがしかし、シリルはこの香りをよく知っているのだっっ。
凡そ二年もの間、彼女が現れる度にほのかに漂う懐かしい香り。
戦場で荒んでいく心を、この香りとそれを纏う人物に、一体どのくらい癒して貰ったのだろうか。
余りの懐かしさにシリルはぎゅっと心が痛むと共に、泣き出してしまいたくなるのを必死に堪えた。
あぁこれはベルの纏う香り。
やっとここまできたのだ。
もう決して貴女の傍より離れない。
俺はかなり遠回りをしたけれども、貴女は今も俺を待っていてくれるのだろうか。
そう心の中で寝台にいるだろうベルへ問い掛けつつ、ゆっくり一歩また一歩と近づいていく。
また近づくにつれて極度の緊張故か、両の掌は汗でびっしょりだ。
今迄シリルはどの様な時でもここまで緊張した事はなかった。
断罪を言い渡されるだろうあの時も。
突如婚約を交わした瞬間。
現実逃避を決行する為に王都を飛び出した時も。
バリッシュとの戦で逢った時でさえ。
また妖精だと信じていたベルとの出逢いであっても。
そうして戦が終わり、ベルと最初の湧かれた時は流石に焦ったけれどもだっっ。
寝台の傍近く、薄っすらと横になっているだろうベルの輪郭がわかるくらいまで来た時には、もうその緊張は頂点に達していた。
「ベル……」
普通に声を掛けた心算が、喉がカラカラに干上がり、その声は情けないくらいに小さく、掠れてしまっていた。
扉を開ければ広い部屋の真ん中にしろと薄桃色を基調としたカーテンでぐるりと囲まれた四本の支柱が立つ豪奢な点が何時気の寝台がある。
魔力暴走症という特異な病故だろう、大きな寝台を包み込む様に幾重もの重防御結界が張られていた。
恐らくベルはそこにいるのはほぼ間違いはない。
そしてシリルはこの部屋へ入ると同時にふと思い至ってしまう。
生まれて初めて見る女性の寝室を……。
母ヴィヴィアンは別邸で暮らしているのもあり、またアイリーンとは過去に想い合っていたとはいってもそこは高位貴族の子息。
想い合うとは言えども何処か幼馴染の域を脱しない二人の関係では、未婚女性の部屋へ、然も女性の寝室へ足を踏み入る等あってはならない事なのであり、当然思春期の男子としての好奇心はあったものの、変にヘタレで真面目なシリルに取ってそこは絶対不可侵領域なのであったのだ。
そのヘタレな自分が今っ、その場の勢いのままに未婚の女性……ベルの寝室へと、彼女の了承も何もなく、ましてや現段階ではベルの婚約者でもない、正確に言えば一臣下でしかない。
おまけにほんの少しだけだがシリルはそっと部屋を見回せば、明らかに男である自身の部屋とは全く違うのだと、俄かに損臓が煩く打ち始めてくるのだ。
窓には柔らかなパステルピンクのカーテンと白絹糸と金糸で花の刺繍が施されたレースのカーテンは、差す様な陽の光を幾分か和らげ、最低限度の調度品は女性らしく丸みがあり、それでいて一目で意匠を凝らしたものだとわかる趣味の良いものばかりだ。
そしてシリルの心臓を更に激しく打ち付けるのは、ほんのりと、決して嫌味な臭い等ではない。
ほのかな甘さの中にも品が窺える程度の香りは心を落ち着かせるものだろうと思うのだがしかし、シリルはこの香りをよく知っているのだっっ。
凡そ二年もの間、彼女が現れる度にほのかに漂う懐かしい香り。
戦場で荒んでいく心を、この香りとそれを纏う人物に、一体どのくらい癒して貰ったのだろうか。
余りの懐かしさにシリルはぎゅっと心が痛むと共に、泣き出してしまいたくなるのを必死に堪えた。
あぁこれはベルの纏う香り。
やっとここまできたのだ。
もう決して貴女の傍より離れない。
俺はかなり遠回りをしたけれども、貴女は今も俺を待っていてくれるのだろうか。
そう心の中で寝台にいるだろうベルへ問い掛けつつ、ゆっくり一歩また一歩と近づいていく。
また近づくにつれて極度の緊張故か、両の掌は汗でびっしょりだ。
今迄シリルはどの様な時でもここまで緊張した事はなかった。
断罪を言い渡されるだろうあの時も。
突如婚約を交わした瞬間。
現実逃避を決行する為に王都を飛び出した時も。
バリッシュとの戦で逢った時でさえ。
また妖精だと信じていたベルとの出逢いであっても。
そうして戦が終わり、ベルと最初の湧かれた時は流石に焦ったけれどもだっっ。
寝台の傍近く、薄っすらと横になっているだろうベルの輪郭がわかるくらいまで来た時には、もうその緊張は頂点に達していた。
「ベル……」
普通に声を掛けた心算が、喉がカラカラに干上がり、その声は情けないくらいに小さく、掠れてしまっていた。
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