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終章 永遠の愛を君に捧げん
1 終の棲家の前にて
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「やあ君がベルの許婚約者殿だったシリル・ランバート・アランデルだね。僕は……」
「ファルーク・ジュリアス・マクバーニー様。王弟マクバーニー大公殿下の御子息であられ、そしてここ#魔力暴走症___マジックレックレスドライヴィング_# の研究所であり、魔力暴走症患者の為の終の棲家でもある所長兼その研究の第一人者であられますね」
「ふふ、流石はあの腹黒鬼宰相殿の御子息だ。きっちり僕の事まで調べてあるね」
「いえ、先程父より話を聞いたまでに御座います」
「あぁ宰相殿は有能……実際有能過ぎるのは僕も認めてはいるよ。でも聞いてくれないかっっ!! あの鬼宰相殿ときたら今年の研究費も1ギルだってまけてくれないと言うか、もうほんとうにね、少しの予算の見積もりさえも甘く見てくれない。大体僕らは純粋に研究へ没頭している研究者なのだよ。税理士や国の文官宜しく細かい領収書の管理なんて元々不向きな生き物なのだよっっ。それなのに、それなのにあの鬼宰相ときたらたった一枚っ、然もほんの些細なものに過ぎないと言うのにっ、書類の不備と言ってその分の予算をばっさりと削ってしまったのだよ〰〰〰〰!!」
「は、はぁ……」
「おまけに領収書の管理は代表でもある僕の責任だって言うのだよ!!」
「はぁ……」
それはそうだろう……とシリルは心の中で一人ごちる。
「して、その領収書と申しますか、会計の管理はファルーク様以外の方がなさっておいでなのでしょうか。もしそうでしたら私からも父に何とか――――」
無理だろうと思いつつも、今回最終的な判断としてベルへの面会を許可してくれたのは、誰であろう目の前にいるファルークなのだ。
だから出来得る事ならば自分からも頭を下げてみようとシリルが思った瞬間――――。
「僕だよ」
「へっ?」
思わずその場に不似合いな、何とも間の抜けた声をシリルは発してしまった。
しかし格上のファルークにしてみれば、その様な些事には一切気に留めていないらしい。
「だ・か・ら僕が経理の面も管理しているの。大体この研究に携わる人間自体が極端に少ないからね。少ない人数で患者に対応してからの研究だろう。それも役割も皆複数分担しているしね。人員を寄越せと言っても中々と思うようにはならない。確かに人は来てくれるけれど実際役に立たないのが殆どだから本当に困ったものだよ」
一気に捲し立てる様に言い切ったファルークは、日頃の鬱憤を少し発散した所為か、ほんの少し前まで病んでいる様なやや暗い表情より幾分生気の戻った顔つきとなる。
肩までの緩やかなウェーブの掛かった金色の柔らかな髪は爽やかな風を受けて小さく揺れている。
そしてベルと同じ紅玉の瞳をした優しげな笑みを湛え白衣を纏った青年は、ここにきて漸く目の前にいるシリルへ興味深げにそっと顔を覗きこむ。
「――――それで君はここへベルに、我らの姫君に逢いに来たと言う事は、ちゃんとその覚悟が出来ているのかな?」
「そ、それは、現実的に覚悟が出来ていると言えば偽りになるのかもしれません。ですが私は今度こそ彼女と向き合いたいのです」
「それがどの様に辛い事であろうとも?」
「はい、どの様な試練であろうとも私は真っ直ぐに彼女と向き合い、そしてこれからを共に歩いていきたいのです」
「譬えその彼女の意思がここに存在しなくても――――かな?」
「えっ?」
「そうだろう、この施設にいる魔力暴走症の患者の多くは肉体だけがこの世で生き、彼らの精神の多くは天空の庭で今もなお出口のない中を彷徨っている。また肉体の死に至る者はそれぞれ個別に幾重も施された重防御結界で護られ常に観察されている。そんな彼らが最期を迎えるだろう瞬間の前にはある決まった兆候がみられるのだよ。でもそれがわかったのもつい最近だ。それでも我らにとっては大きな進歩だ。そうして兆候のみられた患者はあの奥の球体が見えるだろう」
ファルークはゆっくりと振り返り、遠い向こうに見える巨大な球体と思われし建物へと指を指し示す。
「あそこは肉体の死を迎える者が最終的に入る場所。あの球体をね、僕達は時の消滅と呼んでいる」
「時の……消滅」
「そうだよ。最強の魔力を大きな魔石に込め、半永久的に最高度の重防御結界で出来ている。アレが出来上がってからは外的被害は格段になくなったと言ってもいい。そしてアレを完成させたのは勿論――――ベルだ」
「ベルが……」
「そう、彼女の魔力は最早神のレベルと言ってもいい。それにね、大体魔力暴走症に罹る患者は皆この世界の人間には持ち得ないだろう魔法量を有している。言い換えれば天上の神々に愛でられし存在だと僕はそう捉えている。だがその多過ぎる魔力故に、人である器が持つには有り余り過ぎるのだよ。だから制御しきれないだろう力が暴走するのだと考えている。彼らは神々に愛でられし存在。しかし時に神々はとても残酷な選択を我らにさせるものなのかもしれない」
ここは王都マンヴィルの郊外故か、周りは溢れんばかりの緑が生い茂り巨大な森は遠くに見える冷たい石造りの施設を守る様に覆い、ある意味死に場所でもある施設の持つ雰囲気を幾分か柔らかいものとしていた。
しかしそれもあくまで表面的に過ぎないだろう。
そして本来ならば一般人はこの施設の周辺でさえも近寄る事は決して許されない。
そう、家族や恋人であっても例外ではない。
この施設に入るには特別な許可が必要なのだ。
国王の許可とこの施設長であるファルークの許可証がなければ、王族と言えども入る事は許されない。
正面にある正門より施設までの距離は大凡3㎞はある。
施設を中心にして半径10㎞は軽くあるだろう巨大な施設。
何しろ何時患者が元で大爆発を起こすかわからない未知の病。
国民の生命と安全を考慮すれば、これくらいの規模と制約は当たり前なのかもしれない。
「さあそろそろ行こうか。我らが愛すべき姫君の許へ……ね」
「はい!!」
ファルークの先導によりシリルは施設に張られた重防御結界を抜け、ベルがいるだろう部屋の扉の前へと転移した。
それはほんの一瞬の間ではあったのだが、何故かその間は長く感じると共に、先刻久しぶりに会話を交わした父デュークの言葉を思い出していた。
「ファルーク・ジュリアス・マクバーニー様。王弟マクバーニー大公殿下の御子息であられ、そしてここ#魔力暴走症___マジックレックレスドライヴィング_# の研究所であり、魔力暴走症患者の為の終の棲家でもある所長兼その研究の第一人者であられますね」
「ふふ、流石はあの腹黒鬼宰相殿の御子息だ。きっちり僕の事まで調べてあるね」
「いえ、先程父より話を聞いたまでに御座います」
「あぁ宰相殿は有能……実際有能過ぎるのは僕も認めてはいるよ。でも聞いてくれないかっっ!! あの鬼宰相殿ときたら今年の研究費も1ギルだってまけてくれないと言うか、もうほんとうにね、少しの予算の見積もりさえも甘く見てくれない。大体僕らは純粋に研究へ没頭している研究者なのだよ。税理士や国の文官宜しく細かい領収書の管理なんて元々不向きな生き物なのだよっっ。それなのに、それなのにあの鬼宰相ときたらたった一枚っ、然もほんの些細なものに過ぎないと言うのにっ、書類の不備と言ってその分の予算をばっさりと削ってしまったのだよ〰〰〰〰!!」
「は、はぁ……」
「おまけに領収書の管理は代表でもある僕の責任だって言うのだよ!!」
「はぁ……」
それはそうだろう……とシリルは心の中で一人ごちる。
「して、その領収書と申しますか、会計の管理はファルーク様以外の方がなさっておいでなのでしょうか。もしそうでしたら私からも父に何とか――――」
無理だろうと思いつつも、今回最終的な判断としてベルへの面会を許可してくれたのは、誰であろう目の前にいるファルークなのだ。
だから出来得る事ならば自分からも頭を下げてみようとシリルが思った瞬間――――。
「僕だよ」
「へっ?」
思わずその場に不似合いな、何とも間の抜けた声をシリルは発してしまった。
しかし格上のファルークにしてみれば、その様な些事には一切気に留めていないらしい。
「だ・か・ら僕が経理の面も管理しているの。大体この研究に携わる人間自体が極端に少ないからね。少ない人数で患者に対応してからの研究だろう。それも役割も皆複数分担しているしね。人員を寄越せと言っても中々と思うようにはならない。確かに人は来てくれるけれど実際役に立たないのが殆どだから本当に困ったものだよ」
一気に捲し立てる様に言い切ったファルークは、日頃の鬱憤を少し発散した所為か、ほんの少し前まで病んでいる様なやや暗い表情より幾分生気の戻った顔つきとなる。
肩までの緩やかなウェーブの掛かった金色の柔らかな髪は爽やかな風を受けて小さく揺れている。
そしてベルと同じ紅玉の瞳をした優しげな笑みを湛え白衣を纏った青年は、ここにきて漸く目の前にいるシリルへ興味深げにそっと顔を覗きこむ。
「――――それで君はここへベルに、我らの姫君に逢いに来たと言う事は、ちゃんとその覚悟が出来ているのかな?」
「そ、それは、現実的に覚悟が出来ていると言えば偽りになるのかもしれません。ですが私は今度こそ彼女と向き合いたいのです」
「それがどの様に辛い事であろうとも?」
「はい、どの様な試練であろうとも私は真っ直ぐに彼女と向き合い、そしてこれからを共に歩いていきたいのです」
「譬えその彼女の意思がここに存在しなくても――――かな?」
「えっ?」
「そうだろう、この施設にいる魔力暴走症の患者の多くは肉体だけがこの世で生き、彼らの精神の多くは天空の庭で今もなお出口のない中を彷徨っている。また肉体の死に至る者はそれぞれ個別に幾重も施された重防御結界で護られ常に観察されている。そんな彼らが最期を迎えるだろう瞬間の前にはある決まった兆候がみられるのだよ。でもそれがわかったのもつい最近だ。それでも我らにとっては大きな進歩だ。そうして兆候のみられた患者はあの奥の球体が見えるだろう」
ファルークはゆっくりと振り返り、遠い向こうに見える巨大な球体と思われし建物へと指を指し示す。
「あそこは肉体の死を迎える者が最終的に入る場所。あの球体をね、僕達は時の消滅と呼んでいる」
「時の……消滅」
「そうだよ。最強の魔力を大きな魔石に込め、半永久的に最高度の重防御結界で出来ている。アレが出来上がってからは外的被害は格段になくなったと言ってもいい。そしてアレを完成させたのは勿論――――ベルだ」
「ベルが……」
「そう、彼女の魔力は最早神のレベルと言ってもいい。それにね、大体魔力暴走症に罹る患者は皆この世界の人間には持ち得ないだろう魔法量を有している。言い換えれば天上の神々に愛でられし存在だと僕はそう捉えている。だがその多過ぎる魔力故に、人である器が持つには有り余り過ぎるのだよ。だから制御しきれないだろう力が暴走するのだと考えている。彼らは神々に愛でられし存在。しかし時に神々はとても残酷な選択を我らにさせるものなのかもしれない」
ここは王都マンヴィルの郊外故か、周りは溢れんばかりの緑が生い茂り巨大な森は遠くに見える冷たい石造りの施設を守る様に覆い、ある意味死に場所でもある施設の持つ雰囲気を幾分か柔らかいものとしていた。
しかしそれもあくまで表面的に過ぎないだろう。
そして本来ならば一般人はこの施設の周辺でさえも近寄る事は決して許されない。
そう、家族や恋人であっても例外ではない。
この施設に入るには特別な許可が必要なのだ。
国王の許可とこの施設長であるファルークの許可証がなければ、王族と言えども入る事は許されない。
正面にある正門より施設までの距離は大凡3㎞はある。
施設を中心にして半径10㎞は軽くあるだろう巨大な施設。
何しろ何時患者が元で大爆発を起こすかわからない未知の病。
国民の生命と安全を考慮すれば、これくらいの規模と制約は当たり前なのかもしれない。
「さあそろそろ行こうか。我らが愛すべき姫君の許へ……ね」
「はい!!」
ファルークの先導によりシリルは施設に張られた重防御結界を抜け、ベルがいるだろう部屋の扉の前へと転移した。
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