永遠の愛を君に捧げん

雪乃

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第一章  突然の婚約と一方的な婚約破棄

11 婚約破棄

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 そうして数日後の今日、シリルは王宮にある王の執務室へと伺候している。
 国王より直接の呼び出し。
 その理由も何となくではあるがシリル自身十分理解も出来ているそれは……。
 
 王女への無礼極まりのない態度。

 それもそうだろう。
 第一王女は王が賢妃と名高い王妃の次に溺愛してやまない愛娘。
 シリルとの経緯はどうであれ、二年前彼はその愛娘の婚約者となったのだ。
 だが今日までに王女に直接逢ったのはたった一度きり。
 それも婚約を言い渡されたあの断罪の一瞬だけ。

 いやあれは直接面と向かって逢ったのではない。
 シリルが拝したのは王女の後姿。
 細く小さな身体で、自身より倍以上縦も横もあるシリルを守らんとし、気丈にも父である国王に向かって一歩も引く事無く勇ましく立ち向かっていた姿であった。

 本来であればたと王女であるとしてもだっ、いや王女、王族だからこそ決して許される行いではない。
 王族とは常に貴族だけでなく、国の模範となるべく存在。
 自身が発する言葉は勿論、立ち居振る舞いなど細部に至るまで細心の注意を払わねばならない。
 そして家族と言えど常に王や王妃へ敬意を払うのは当然であり、彼らより発せられるだろう言葉を遮る事は決して許される行為ではないと言う事を、幼い頃より厳しく躾けられているのだ。
 それを理解しているにも拘らず王女は敢えて父王の前へと突き進み、一人の臣下を守らんと下手をすれば反意と捉えられる様な行動を起こしたと言うのにも拘らずにだっっ。
 そんな王女に対しシリルが彼女へ行った態度と言えば……。
 
 後日改めて王女へ逢う訳でもない。
 いや一度足りとて婚約者として面と向かい王女の顔を拝する事等なく、手紙一つ渡す事もなく何も告げずに出兵した。
 いや、王女のいる王都より速攻で逃げ出したのだ。
 ただ逃走間際に執事のセバスへ命じ、確か誕生祝いにドレスを送ったな……とシリルは過去の記憶をぼんやりと思い出していた。
 だが頼んだだけで色やデザインは全く覚えてはいないと言うか、その時のシリルには全く関心がなかっただけにその記憶は即消去された。
 また帰国した今も王に呼び出されるまで、シリルは家族やアイリーンへは帰国の挨拶を済ませはしたのだが、名義上婚約者である王女の許へはまだ訪れてもいない。
 
 本当に最低最悪な婚約者……だな。

 譬え愛する事は出来なくとも、そして何時か別れが待っているだろう相手だとしてもだっ、男として最低限の礼儀を尽くすべきだったと、シリルは今になって大いに反省した。
 それを踏まえて今回の呼び出しはきっと不義理で礼節をわきまえない娘の婚約者を叱責する為のものだろう。

 確かに此度の戦ではそれなりに武勲を上げたかもしれないがしかし、あくまでもそれは上官達の命によりまた第一騎士団全体としての武勲であり、シリル個人によるものではない。
 気持ちばかりが焦った末の結果とも言える。
 おまけにそんな心を妖精族のベルに慰めて貰っていたと言うこの体たらくさ。
 これでは王へ王女との婚約破棄を願い出る事も儘ならない。
 二年と言う長い時を待ち続けてくれたアイリーンには申し訳ないと思うが、これ以上王女に対し不敬不義理を働く訳にはいかない。
 
 これも大人になれ……と言う事なのか。

 今から王より叱責を受けた後直ぐその足で王女へ逢いに行き、誠心誠意これまでの非礼を詫びよう。
 そしてその後キャラガー伯爵家へ赴き、アイリーンにも心より謝罪をしよう。
 どの様にアイリーンより罵られようが、それは全て甘んじて受けるしかない。
 一人の男としてこれより大切に慈しむべき相手は、婚約者である王女殿下なのだ。
 アイリーンへ向けた愛情には程遠いのかもしれない。
 だが王女にはこれまでの事も含め、生涯彼女へ尽くそう。
 シリルがそう決意した瞬間、王が王太子を伴い執務室へとやや重苦しい空気を纏って入室した。
 そんな彼らを前にシリルは一歩下がって礼をしようとするのを王は右手で制止する。

「よい構わぬ」
「陛下……っっ!?」

 面を上げたままシリルは久しぶりに主君の顔を拝した。
 驚いた事にその容貌は何かに疲れ、また苦悶に満ちた表情であった。
 眉間の皺も二年の間に随分と深くなっていたと言うより、これがあの近隣諸国を恐れさせたと言う氷炎の魔王なのかと、余りの変貌ぶりに思わず首を傾げそうになるが、王の隣にいる王太子もまた不思議と似たような表情だったのが何とも解せない。
 
「陛下っ、そして殿下まで一体何がおありになられたのですかっっ」
「ふ、それを君が言うなんてね」

 最初にシリルに噛み付いたのは国王ではなく、王太子フェルディナンドだった。
 そう、憎々しげにフェルディナンドは自身の立場も一瞬忘れ、感情の赴くままにシリルへ怒りをぶつける様にめつけた。

「フェルいい加減にせぬかっ、そなたは王太子ぞっっ。君主たる者が私怨で眼を曇らすのではない」
「……申し訳ありません父上、ですが……」

 そんな王太子の怒りを制したのは父である王だった。
 王太子は王より叱責され幾分冷静さを取り戻しはしたのだが、それでも何か釈然としなかったのだろう、王家特融の情熱的な紅いルビーの瞳の奥には真っ赤な怒りの焔がメラメラと燃え盛っているのをシリルは直ぐに理解した。
 しかし王は特段何も気にもせず、いや常の王らしくない実に事務的な口調でシリルへと告げたのだ。

「シリル・ランバート・アランデル、此度の戦での活躍は実に見事であった。従って本日たった今より我が娘ベルセフォーネ・シャンタル・メリリース・マンスフィールドとの婚約を破棄とする。これに対し誰も否やは許さぬ。わかったなこれは命令だシリル」
「は……」
「返答は如何した!!」

 王は口調をわざと荒らげる。
 それはまるでシリルに何も、思考を纏める時間さえも与えずに返事を急がせるようにも思えた。

「はっ、申し訳御座いませんっっ。シリル・ランバート・アランデル謹んで拝命致します!!」
「あいわかった、ではこれにて下がるがよい」
「はっ、御前失礼致します」

 深々と一礼をし、シリルは王の執務室を辞した。
 そしてはっきりと理由を知らされる事もなく、シリルは王女との婚約が破棄される事となった。
 それは二年前婚約が一方的に成された瞬間よりずっとシリルが切望していたもの。
 本来ならば声を高らかに上げ、人目も憚らず喜んでいい筈なのにどうしてだろうか。
 大願成就したにも拘らず、シリルの心は何故か晴れるどころか益々曇るばかりだ。
 王女と向き合う事もなく、何も始められなかったと事を悔いている故なのだろうか。


「なぁベル、お前だったらこんな時なんて言ってくれるんだろうな。なぁ……なんで俺の前に出てきてはくれないんだベルっっ。これからもずっと一緒だと言っていただろう。俺は、俺はこれから一体〰〰〰〰っっ!?」

 誰に話し掛ける訳でもない。
 話を聞いて欲しい者は今ここにはいないと言うのに、シリルは自身の本当の気持もわからないまま、あの日を境に消えてしまった、その身体は小さいが何時しかとても大切な存在となった心の友へ向け、届かないのを承知で言葉を発していた。
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