6 / 53
第一章 突然の婚約と一方的な婚約破棄
6 悲劇のヒロインその名はアイリーン? アイリーンSide
しおりを挟む「え、今なんて……っっ!?」
屋敷の中にあるサロンでのんびりと午後のお茶を楽しんでいた私へ、「お嬢様――――っっ!?」と金切り声で叫ぶ私の専属侍女のエステルが、相も変わらずけたたましい足音と共に大きな音を立て、そうして勢いに任せ扉を開いて入ってきたわ。
本当に……何時も何時も侍女長より『もう少しお淑やかにおなりなさい』と、何度も繰り返し注意されていると言うのに全く困ったものよね。
伯爵家の侍女としては多少ガサツな所はどうにも否めないけれども、でも私はそんな明るいエステルが大好きなの。
そのエステルよりこれから齎されるだろう驚愕すべき情報を聞くまでの私は、何時もの様に微笑ましく彼女の様子を余裕で見つめていたわ。
はぁ、本当に、でもまさか……この直後私自身恐ろしい地獄へと真っ逆様に堕とされるなんて思う事もなく……ね。
「お、お、お嬢様っ、大変に御座いますっっ!! し、シリル様がっ、シリル様がベルセフォーネ王女様の御婚約者に〰〰〰〰っっ!?」
「はい? あ、え、と、今何と言って……」
エステルが今、何を言っているのかが理解出来ない。
そして私は目の前にいるエステルに対して思いつく言葉が見つからない。
ねぇ今エステルは何を言ったの?
ええ確か、ああ何か聞き違いであって欲しいと思う様な事を言った……わよね。
そう、シリル様がベルセフォーネ王女様と……?
嘘、だって、だってそんな事は万が一にもあり得ないでしょ?
何故ならシリル様は、シリルと私はずっと幼い頃よりお互いを大切に想い合ってきた筈――――っっ!?
でも徐々に齎された事実に対し狼狽える私へ、エステルは全身をガタガタと大きく震わせながら両手で持っているそれを私へ差し出すの。
王家よりの正式な舞踏会の招待状。
伯爵以上の身分のある各家へ送られた、二ヶ月後に開かれるだろうベルセフォーネ王女様とシリル様の正式な婚約披露の舞踏会。
ご丁寧に王家の紋章入りの招待状。
本当だったらシリル様と連名に出すだろう女性は私だった筈なのに〰〰〰〰!!
私は恐る恐る震える手でそれを受け取ると同時に、まざまざと見せつけられた現実に最早耐え切れなくなった瞳からは幾筋もの悲しみの涙が溢れ出す。
嘘。
嘘よね。
誰かこれは嘘だと言って!!
お願いだからこれは冗談だと……誰か、あぁシリルっ、あの優しい笑顔で『冗談さ、愛しているのは君だけだよアイリーン』って、何時もの様におどけた様子の中にも、優しく芯の通った口調で甘く囁いて私を安心させて頂戴!!
ふっ、うぅっ、ねぇ嘘……よねシリルっっ。
どう考えてもこれは嘘だとしか思えないものっっ!!
だって、ついよ、本当につい先日シリルと逢った時にはその様な言葉もだけれど、彼の態度は何時もとなんら変りがなかったのよっっ。
だからこれは――――嘘。
ええこれは真実じゃない。
いいえ、もし……万が一そう譬えこれが真実だとしてもっ、この様な事を「はい、そうですか」なんて簡単に了承等出来なくってよ!!
私は信じないわ。
えぇ信じて堪るものですかっっ。
ほら、その証拠に真実でないとわかっていても、シリルが私より離れてしまうかもしれないと考えるだけで、こんなにも心が悲しくて辛くて堪らない気持ちになるのだもの。
それに加えて凄く胸が潰される様にズキズキと痛くて堪らない。。
この痛みって譬えるならば……心臓をナイフでキリキリと捩じ込まれるような?
そうね、きっとこんな風に痛むのでしょうね。
あぁ私はこんなにも胸が痛くなるくらいシリル様の事が好きだったのね。
それにしてもどうして真実ではない筈なのに、何故私はシリルと王女様の婚約披露の招待状を持っているの?
私は手の中にある如何にも上質な紙で作られた王家からの正式な招待状を、止めようがなく瞳より溢れる涙のお蔭でかなり視界がぼやけている筈なのにっ、何故か厭味ったらしくも視界すっきりクリアで招待状の文字が読めてしまう。
「お嬢様……」
あれからどのくらいの時が過ぎたのだろう。
エステルより受け取った招待状を手にしたまま、ただ泣くだけしか出来ず私は呆然と立ち尽くしている。
気がつけば先程よりエステルが何度か様子を窺う様に声を掛けてくるわ。
でも私はそれに返事をする事が出来ない。
体中の水分と言う水分が涙となって枯れる事無く溢れ出ていると言うのにっ、ただエステルを心配させたくないから安心させる為にも返事をしたいと思うのに、不思議と喉の奥に大きな石みたいなのが詰まった様な感じで、思う様に声を発する事が出来ない。
いいえ、それだけじゃあないわ。
手も足も……頭一つでさえ鉛の様に重くて、自分の思う様に身体を動かしたくともどうしてなのか、容易に動かす事が出来ない。
何故?
どうしてっっ!?
こんな悲しい未来が待っているのならば、何故もっと早く自身の気持をシリルに打ち明けなかったのっっ。
そうよっ、勿体つけてシリルからのプロポーズを待たずに……。
彼の気持ちを慮らずに。
私だけの気持を押し付ける様に、一言――――たった一言愛していると伝えれば良かったのではなくて?
それにしてもベルセフォーネ様は酷い。
私からシリルを奪うなんて……。
ベルセフォーネ様はこの国の王女様。
しがない伯爵令嬢の私とは違い、地位も権力や美しさ……いいえそれ以上のものを何でも持っていらっしゃる癖にっっ!!
私にはシリル一人しかいないと言うのに〰〰〰〰。
あぁでもどうしてベルセフォーネ様のお相手がシリルだったの!?
私はこんなにもシリルの事が好きっっ!!
凄くお慕いしているのっっ。
だって私とシリルは物語で言えばヒロインとヒーローなのっっ!!
これは譬え王女様だからと言って、物語のヒロインとヒーローの仲を引き裂く事等永遠に出来ない――――筈!?
そう、そうよっっ!!
ベルセフォーネ様でもこれだけは決して許されないわっっ。
シリルは誰よりも強くて、決して弱みを見せない完全無欠のヒーローなのっっ。
私はそんなヒーローの傍らで幸せそうに優しく微笑むヒロイン!!
ヒロインとヒーローは物語では絶対に幸せになるのよ。
だから大丈夫よアイリーン。
ヒロインは悪役令嬢ならぬ王女に最後には絶対勝つのっっ。
だからこれからも私はシリルを愛する事を止めはしない。
そうよねシリル。
ヒーローである貴方がきっと最後に選ぶのはこの私なのだから!!
0
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる