永遠の愛を君に捧げん

雪乃

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第一章  突然の婚約と一方的な婚約破棄

6  悲劇のヒロインその名はアイリーン?  アイリーンSide

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「え、今なんて……っっ!?」

 屋敷の中にあるサロンでのんびりと午後のお茶を楽しんでいた私へ、「お嬢様――――っっ!?」と金切り声で叫ぶ私の専属侍女のエステルが、相も変わらずけたたましい足音と共に大きな音を立て、そうして勢いに任せ扉を開いて入ってきたわ。
 本当に……何時も何時も侍女長より『もう少しお淑やかにおなりなさい』と、何度も繰り返し注意されていると言うのに全く困ったものよね。
 伯爵家の侍女としては多少ガサツな所はどうにも否めないけれども、でも私はそんな明るいエステルが大好きなの。

 そのエステルよりこれからもたらされるだろう驚愕すべき情報を聞くまでの私は、何時もの様に微笑ましく彼女の様子を余裕で見つめていたわ。
 はぁ、本当に、でもまさか……この直後私自身恐ろしい地獄へと真っ逆様に堕とされるなんて思う事もなく……ね。


「お、お、お嬢様っ、大変に御座いますっっ!! し、シリル様がっ、シリル様がベルセフォーネ王女様の御婚約者に〰〰〰〰っっ!?」
「はい? あ、え、と、今何と言って……」

 エステルが今、何を言っているのかが理解出来ない。
 そして私は目の前にいるエステルに対して思いつく言葉が見つからない。
 ねぇ今エステルは何を言ったの?
 ええ確か、ああ何か聞き違いであって欲しいと思う様な事を言った……わよね。

 そう、……?

 嘘、だって、だってそんな事は万が一にもあり得ないでしょ?
 何故ならシリル様は、シリルと私はずっと幼い頃よりお互いを大切に想い合ってきた筈――――っっ!?
 でも徐々に齎された事実に対し狼狽うろたえる私へ、エステルは全身をガタガタと大きく震わせながら両手で持っているを私へ差し出すの。

 

 伯爵以上の身分のある各家へ送られた、二ヶ月後に開かれるだろうベルセフォーネ王女様とシリル様の正式な婚約披露の舞踏会。
 ご丁寧に王家の紋章入りの招待状。
 本当だったらシリル様と連名に出すだろう女性は私だった筈なのに〰〰〰〰!!
 私は恐る恐る震える手でそれを受け取ると同時に、まざまざと見せつけられた現実に最早耐え切れなくなった瞳からは幾筋もの悲しみの涙が溢れ出す。


 嘘。
 嘘よね。
 誰かこれは嘘だと言って!!
 お願いだからこれは冗談だと……誰か、あぁシリルっ、あの優しい笑顔で『冗談さ、愛しているのは君だけだよアイリーン』って、何時もの様におどけた様子の中にも、優しく芯の通った口調で甘く囁いて私を安心させて頂戴!!

 ふっ、うぅっ、ねぇ嘘……よねシリルっっ。
 どう考えてもこれは嘘だとしか思えないものっっ!!
 だって、ついよ、本当につい先日シリルと逢った時にはその様な言葉もだけれど、彼の態度は何時もとなんら変りがなかったのよっっ。

 だからこれは――――嘘。

 ええこれは真実じゃない。
 いいえ、もし……万が一そうたとえこれが真実だとしてもっ、この様な事を「はい、そうですか」なんて簡単に了承等出来なくってよ!!

 私は信じないわ。
 えぇ信じて堪るものですかっっ。
 ほら、その証拠に真実でないとわかっていても、シリルが私より離れてしまうかもしれないと考えるだけで、こんなにも心が悲しくて辛くて堪らない気持ちになるのだもの。
 それに加えて凄く胸が潰される様にズキズキと痛くて堪らない。。
 この痛みって譬えるならば……心臓をナイフでキリキリと捩じ込まれるような?
 そうね、きっとこんな風に痛むのでしょうね。
 あぁ私はこんなにも胸が痛くなるくらいシリル様の事が好きだったのね。

 それにしてもどうして真実ではない筈なのに、何故私はシリルと王女様の婚約披露の招待状を持っているの?
 私は手の中にある如何いかにも上質な紙で作られた王家からの正式な招待状を、止めようがなく瞳より溢れる涙のお蔭でかなり視界がぼやけている筈なのにっ、何故か厭味ったらしくも視界すっきりクリアで招待状の文字が読めてしまう。
 
「お嬢様……」


 あれからどのくらいの時が過ぎたのだろう。
 エステルより受け取った招待状を手にしたまま、ただ泣くだけしか出来ず私は呆然と立ち尽くしている。
 気がつけば先程よりエステルが何度か様子を窺う様に声を掛けてくるわ。
 でも私はそれに返事をする事が出来ない。
 体中の水分と言う水分が涙となって枯れる事無く溢れ出ていると言うのにっ、ただエステルを心配させたくないから安心させる為にも返事をしたいと思うのに、不思議と喉の奥に大きな石みたいなのが詰まった様な感じで、思う様に声を発する事が出来ない。
 いいえ、それだけじゃあないわ。
 手も足も……頭一つでさえ鉛の様に重くて、自分の思う様に身体を動かしたくともどうしてなのか、容易に動かす事が出来ない。
 

 何故?
 どうしてっっ!? 
 こんな悲しい未来が待っているのならば、何故もっと早く自身の気持をシリルに打ち明けなかったのっっ。
 そうよっ、勿体つけてシリルからのプロポーズを待たずに……。
 彼の気持ちをおもんばからずに。
 私だけの気持を押し付ける様に、一言――――たった一言と伝えれば良かったのではなくて?

 それにしてもベルセフォーネ様は酷い。
 私からシリルを奪うなんて……。

 ベルセフォーネ様はこの国の王女様。
 しがない伯爵令嬢の私とは違い、地位も権力や美しさ……いいえそれ以上のものを何でも持っていらっしゃる癖にっっ!!
 私にはシリル一人しかいないと言うのに〰〰〰〰。
 あぁでもどうしてベルセフォーネ様のお相手がシリルだったの!?

 私はこんなにもシリルの事が好きっっ!!
 凄くお慕いしているのっっ。
 だって私とシリルは物語で言えばヒロインとヒーローなのっっ!!
 これは譬え王女様だからと言って、物語のヒロインとヒーローの仲を引き裂く事等永遠に出来ない――――筈!?

 そう、そうよっっ!!
 ベルセフォーネ様でもこれだけは決して許されないわっっ。
 シリルは誰よりも強くて、決して弱みを見せない完全無欠のヒーローなのっっ。
 私はそんなヒーローの傍らで幸せそうに優しく微笑むヒロイン!!
 ヒロインとヒーローは物語では絶対に幸せになるのよ。
 だから大丈夫よアイリーン。
 ヒロインは悪役令嬢ならぬ王女に最後には絶対勝つのっっ。
 だからこれからも私はシリルを愛する事を止めはしない。

 そうよねシリル。
 ヒーローである貴方がきっと最後に選ぶのはこの私なのだから!!
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