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第一話  もしかしなくてもここはとある異世界と言うものなのでしょうか???  前篇

名もない感情とその決意

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 この世界で一番大きく、そして最も強大な国と目されているのがアリステル帝国。
 広大な領地は豊かに作物は実り、また豊富な資源にも恵まれ、またの名を天上の国とも呼ばれている。
 そのアリステル帝国には皇帝と皇妃の間に皇太子が1人いる。
 皇太子は大層整った顔立ちで、おまけに皇家おうけにだけ受け継がれる漆黒の黒髪、そして青みがかった銀色の瞳、それは冬の湖を思わせるもの。
 その双眸で見つめられれば見る者の心を一瞬にして虜にしてしまう、別名凍れる冬の騎士としても名を馳せていた。
 そんな皇太子の心と、彼が近い将来治めるであろう広大な帝国の未来の皇妃として、立候補する数多あまたの姫君や令嬢が存在する。
 何かと理由を付けてはの城へと図々しくも滞在する姫君達の多い事。
 だが幾ら図々しくてもその凍れる双眸で見つめられれば、彼女達は見る間に固まってしまい……結局彼に自分達の想いを伝える事も出来ずに帰国するしかない。
 おまけに目当ての皇太子は常に視察で城には殆どいない。

 だが、その皇太子には生まれながらに婚約者が存在する。
 それは皇太子として生まれた者にだけせられる宿命にも似た婚約。
 そこには皇太子の意思は存在しない。
 何故ならそれはアリステル帝国の法律にのっとったモノなのだから……。
 その事に対して彼は些か承服しかねていたのだが、聡明であるが故また女性にあまり興味のない彼にとって、結婚とは言うモノは一つの通過儀礼にしか捉えてはいないと言ってもいい。

 別に親である皇帝や皇妃との仲が悪い訳でもない。
 彼の母である皇妃は、が為に、政略結婚としてア―ズレン王国より輿入れした王女だったが、結婚に至るまでの理由は兎も角今では非常に夫婦仲が良いので有名だ。
 そしてその愛情は息子である皇太子へも十分注がれたのだが、如何どういった訳か彼にはあまり感情の起伏と言うモノが乏しい。
 よく言えば冷静沈着……何者にも動じず為政者としてのカリスマ性もあり、将来有望な皇帝となるだろうがしかし、情緒面がやや、いやかなり欠けているのだ。
 目下皇帝夫妻の悩みは愛する息子の前に無事婚約者となる娘が現れるのか、はたまた現れなくともちゃんと愛する者と巡り合えるかに尽きる。
 そんな両親の思い等知ってか知らないのか、皇太子の婚約者となる娘は出現した。
 しかしながらいまだその娘はその事実を知らない。
 夫となる皇太子の口よりそれを伝え、是が非でも結婚を受け入れて貰わなくてはいけないのだ。
 だがここで問題なのだ、情緒面の欠落した皇太子にそれが出来るのだろう……か?

 両親はまたも心配するばかり。

 彼は現在24歳。
 翌年の25歳の誕生日がタイムリミットとなる。
 後半年……。
 彼はほぼ毎日、漆黒の館へ深夜遅くにある部屋へと向かう。
 そう、何時もその時刻には必ず眠っている少女。
 時々何かを思い出しているのだろう、頬を伝う涙の跡がみられる事もある。
 だからと言って彼が何かを言う事もない。
 そして今夜もその少女の寝顔を見に来た所で、不意に少女の部屋だろうバルコニーの扉に人影が見えた。
 一瞬曲者かと思えばどうやらそうでなかった。
 何時も大人しい、従順に言われた事を黙々とこなしている少女だと報告を受けていたのに、目の前の少女は臆する事もなくバルコニーの傍にある樹へと飛び移り、そして落ちる事なく階下かいかへと降りて行ったのだ。
 そして少女にとっては非常に残念なのだろうが、正門とは反対の庭園へと足早にけて行くではないかっっ。

 彼は初めて興味を持った。
 少女は颯爽と、しかし闇雲やみくもに駆けて行く。
 きっと方角がわからないのだろう……と思ったのだが、幾らなんでもこのままにはしておけない。
 その駆けて行く姿はこの世界の女性、淑女には絶対出来ないもの。
 一般的な女性とはお淑やかで読書や楽器を嗜み、まかり間違っても樹にしがみ付いて然もニ階のバルコニーから降りる様な事はしない。
 しかし目の前にいた少女は見事にそれをやってのけた。
 そしてそれが彼にとって新鮮だったのだろうか。
 何か心に引っ掛かるものがあったのかもしれない。
 だから彼は彼女の前に降り立ち、その行く手をはばんだ。
 ただ純粋に彼女をのがしたくないと思ったから……。

 そしてその気持ちにまだ名前はない。

 捕えた彼女は彼の腕の中で未だ帰りたいと泣いてはいるが、最早帰す気等はない。
 このままずっと捕まえておかなければ何時また逃げ出すであろう少女を、如何すればここへ留まってくれるのだろう。
 そんな事を思案している自分に彼は驚きを感じていた。
 今までそんな努力をする等考えた事もなかったのだが、何が何でも彼女を振り向かせるにはその努力が必要なのだと、彼はそう確信した朝である。
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