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北の公爵 ミラ・シルベスト

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ルベリアナ王国は4つの公爵家が存在する

そのうちの1つが、シルベスト公爵家
北の公爵と呼ばれ、公爵領は大半が雪で覆われる厳しい環境だ

その過酷な場所で倒れている女性がいた

「ミラ様!!
しっかりしてください、目を開けてください!」

「‥アラン、どうしてここに‥?」

「嫌な予感がして、公爵領にきました。
すぐに瓦礫を退けて処置しますから、もう少し耐えてください!」

木片や岩をどかしていくアラン

「アラン、もう‥いいの」

「ミラ、様‥」

瓦礫の下を見て、アランは悟ってしまった
この出血量ではもう助かる見込みがないということを。

「アラン、最後に‥貴方に、会えてよかった」

アランは、冷たい体を抱き寄せる

「最後なんて言わないでください!
私はまだ、貴女に何も伝えていないんです!
だから、生きてください!!」

暖かい涙が落ちて、ミラの頬に伝う

「‥暖かい、ね。
私もあなたに伝えたいことが、あったの‥」

「ミラ様?」

「私は公爵として恥じない‥生き方をしてきたつもりよ。
だけど、許されるなら、叶うなら‥もう少し貴方と早く出会いたかった‥」

「‥ミラ様」

「今思えば、私のことをいつも思ってくれたのは貴方だけだった。
公爵という立場や周りの人間に振り回されて‥私は大事なことに気づけなかった、みたい」

今までの思い出が走馬灯のように浮かんでくる
懐かしいような、悲しいような不思議な気持ちだった
だんだんと感覚がなくなり、視界もぼやけて死が近いと本能でわかる
だけど、それでも心が暖かいのは

「もし、次があるのなら今度はずっと一緒に‥」

最後に会いたい人に会えたから。

「ミラ様、ミラ様!」

幸せそうに微笑みながら眠る姿に、アランは静かに涙を流す
氷のように冷たい彼女を強く抱きしめポケットから琥珀色のブローチを取り出しミラと2人でブローチを握る

「約束します、ミラ様。
次は必ず貴女のそばにいます」

ブローチは輝き、2人を優しく包み込んだ


今度は側で貴女を守り続けます




王国暦765年冬の月18日、ルベリアナ王家主催のパーティーが開かれた。
有力な家柄は勿論、数多くの貴族も出席していた
そして、壁の華になっている女性が今回のパーティーの主役でもあった


「見てください、アレが噂の氷の女王よ。」

「あの噂の北の領主が、あの人なの?」

「昨年、急死した父君の変わりに爵位を継いだそうよ」

「しかもその父君が亡くなったのに、悲しみもせず早々に爵位継承の準備を進めたそうよ。
しかも父君の暗殺の依頼をしたのは氷の女王本人だという噂だとか。」

「私は毒殺だと聞いたけど‥まぁ、どちらにせよ噂通りのお方ね。
あの老婆のような白い髪も先祖からの続く呪いだそうよ。」

「ああ、怖いわ。
陛下も何をお考えであの様なものを招待されたのかしら」


遠くでヒソヒソと話す令嬢達に目もくれず、手元のワインを見つめていた

「相変わらずの嫌われ者だな、氷の女王様」

「‥ヘクタール。
貴方も呼ばれてたの。」

声を掛けてきたのは、南の公爵と呼ばれるヘクタール・アルバイン
一族の象徴として灰色の髪と赤い目を持つ
4つ上ということもあり、兄のように色々と世話を焼いてくれる

「ああ、冬は領地の管理や食料問題等するべき事が多いのに首都の連中はお気楽だな」

「仕方ない。
首都の貴族に私達の重圧等理解出来るわけがない。
いや、しようとしていない、が正しいでしょうね」


最後の戦争は108年前、それ以降は諍いもなく平和な日々を過ごしている
それだけ長い時間が経てば、誰しも危機感は薄れていくものだが毎夜どこかで開かれるパーティーを見ていると嫌味の1つくらい言いたくもなる

「相変わらず厳しい女だな。
お前は少し周りに目を向けるべきだ。
そう!俺の愛しい妻アリーシャのような美人で気立の良い人を迎えればいい!」

アリーシャとは、先日ヘクタールの妻となった女性だ
平民ではあるが、お淑やかで階級に関係なく接する心優しい女性である

「ヘクタールには勿体ない女性ね
離縁されないよう大事にしてね」

「ああ、わかっているさ。
アリーシャが祝いの品に感謝していた。
本当にありがとう」

「いや、それぐらい構わない」

「たく、相変わらずそっけないな。
‥そろそろ陛下からお前の爵位授与について発表される筈だ。
お前の晴れ姿楽しみにしているぜ」

ヘクタールは会場の中心へと戻って行った
程なくして陛下が入場し、壇上に移動する

「多くの貴族が今宵のパーティーに参加した事大変嬉しく思う。
此度は我が国の北方を守護する新しい当主を皆に紹介しよう。
ミラ・シルベスト公爵、こちらへ。」

ワイングラスを給仕へと渡し、壇上に登る
周りから好奇の視線が突き刺さる

「‥北のミラ・シルベストが陛下に拝謁いたします」

「昨年亡くなられた前公爵の件は本当に残念だった。
ご健在であれば、今宵のそなたの姿を見て涙していただろうに。」

「‥陛下にそう仰って頂けて大変嬉しく思います」

「ははは、そう固くならずともよい。
幼いとはいえ、そなたの政治手腕は見事なものだ。
これからもこの王国のためにも尽力することを願っている。
この場を持って、ミラ・シルベスト公爵の爵位継承を宣言する!」

会場からの拍手が溢れる

「更にこの場を借りてもう一つ報告がある。
アラン・サンチェス鄕前へ」

陛下に呼ばれたアランという男が壇上へと登る
黒髪に線の細い身体、どことなく儚く感じるその姿に令嬢達は頬を染める

「まあ、とても素敵な殿方」

「アメジストの様な瞳が美しいわ」

「アラン・サンチェスが陛下に拝謁いたします」

「うむ、表をあげよ。
この場を借り、ミラ・シルベスト公爵とサンチェス男爵家の次男、アラン・サンチェス鄕との婚約を発表する!」

大きな歓声と拍手にぐらりと眩暈がおこる
(はめられた。私の爵位継承の発表は前座、狙いはこの婚約発表だったのか!)

「シルベスト公爵、そなたを実の娘のように思っている。数ある貴族の中から公爵に釣り合う相手を選ぶのは苦労したが気に入ってくれると嬉しい」

「‥陛下には要らぬ心配をおかけしたようで、大変申し訳ございません。」

肩に置かれた手が不快で仕方なかった

「よい、爵位を授与したとてそなたも16だ。
婚約者を用意するのは当たり前の事だ。
彼と仲良くするといい。
詳しいことは明日話し合おう」

「かしこまりました」

はははと笑う国王に怒りがこみ上げる
壇上を降り、足早くテラスへと出る
その後をヘクタールが追いかけてくる

「ミラ!」

「ヘクタール、お前は知っていたのか?!」

「まさか、俺が先に知っていれば忠告もできた。
しかしこんな強引に‥陛下は何を考えているんだ」

頭を抱えるヘクタールは本当に何も知らないようだった
いきなり婚約?しかも相手は悪い噂が多いサンチェス男爵家
実の娘のように、と言っておきながらこの処遇には不満しかない

「‥気に入らない。
爵位の授与は済んだ、私はこの辺で失礼させていただく」

「おい!ミラ!!」

ヘクタールの声を振り切り、会場を抜け馬車へと向かう

「お待ちください、ミラ・シルベスト公爵様」

「‥サンチェス鄕」

「アランとお呼びください、シルベスト公爵様。
本日は爵位の授与、おめでとうございます。」

「‥ありがとう」

「直接ご挨拶させていただきたかったのですが、また次の機会にいたします」

「‥今後のことについては明日陛下と協議してからこちらからご挨拶いたします」

「はい、わかりました。
便りをお待ちしています、公爵様」

お気をつけてお帰りください、と笑顔で見送る姿に不思議と嫌ではなかった
それどころかどこか懐かしさも感じたが気にせず馬車に乗る

アランは馬車が見えなくなるまでずっと見つめていた

「今度は必ずお守りいたします、ミラ様」
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