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序章
親猫の行方と道場の門人達
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山口が猫を綺麗に拭き終わり、何やら白いモノを敷き出した。猫達は、それに興味深々だ。なにしろ、見た事がない代物だ。触って感触を楽しむ者も居れば、見慣れぬ物体に、近寄らない仔猫も居た。
仔猫の数は、6匹だ。それぞれに個性があって、山口は、1匹ずつ眺めながら口を開いた。
「皆、色が違うのだな。」
クロ猫も居れば、白猫も居る。まだらに白と黒の模様が入って居る仔猫も居て、山口は、クロ猫に視線を移し、首の後ろを掴み上げた。
「にゃっ!!」
突然の事に、ただ驚き、声を上げたクロは、手足をバタバタと動かして、身をよじった。
「暴れるな。さぁ、寝るぞ?クロ。」
クロ猫に、名前など無い。なにしろ人に飼われて居ないのだから。人を見た事はあったが、名前なんて付いては居なかった。
普通の猫に人の言葉などわからない。ただ、首の後ろを掴まれたまま、さっき男が敷いた白いモノの上に降ろされた。
ふかふかで、柔らかいそれは、まるで親猫に包まれて居るかの様に温かく、頬をすり寄せてみる。気持ち良さそうなクロの姿に、警戒して居た仔猫も近寄って来た。仔猫が6匹布団の上に乗ったのを見て、山口は、布団へと横になり掛け布団を掛けた。
「にゃっ!」驚いた様に声を上げた仔猫達だったが、危害を加えるつもりは無いと分かれば、布団の温かさに、心地好さそうに、眠り出す仔猫が続出した。
クロもまた、うつらうつらと船を漕ぎ出し、目を完全に閉じる前、最後に見たのは、山口の優しい笑みであった。
此処に住みだして随分と長居をしてしまったな。と、山口は天井を見上げながらそう思った。
山口一は、父・山口祐助、母・ますの三子として生まれる。姉に勝。父は、播磨国明石藩の足軽であったが、江戸へ出て石高1,000石の旗本・鈴木家の足軽となった。後年、御家人株を買って御家人になったというが、実際は鈴木家の公用人(家来)であった。
【試衛館】それが、オンボロ道場の名前だ。山口が此処に来た時は、ただ、腕試しをしに来ただけだった。しかし、こんな道場に腕の立つ奴らが集まって居たのだから驚きだ。
道場主である近藤勇。此処の門人である、沖田総司。土方歳三。
食客と呼ばれる永倉、原田、藤堂。それに山南。皆、こんな道場に居るのが不思議な程、腕が立つ。彼らの過去などは、詳しくは知らないが、己の腕を磨くには、丁度よく、そして、何より、居心地が良かった————。
心地好さそうに眠る仔猫の様だな。自分は………。
そんな事を思いながら、山口は視界に仔猫達を映す。
「寝るか。」
1人そう呟き、目を閉じた。仔猫の温もりに、いつもより深い眠りへと誘われていったのであった————。
————翌日の事。
山口の後をついて行く仔猫達。クロ猫も例外では無い。その姿は、まるでカルガモの親子の様だ。
「はじめくん。その仔猫どうしたんです?」
声をかけて来たのは、後の新選組一番組長。沖田総司である。
可愛らしい仔猫をしゃがんで見つめる彼は、当たり前だが、未だ、人を手にかけた事などない。仔猫の前に指を動かし遊んで居た。
「親猫が帰って来ないみたいでな。昨日、鳴いていたんだ。」
「どの辺でです?僕、気づかなかったな。」
と、言う沖田は、クロ猫を抱き上げた。
「あぁ。丁度、俺の部屋の下だったからな。」
「それじゃあ、僕は、気づかないや。」
俺の部屋は、山口の部屋から離れて居る。それに加え、昨日の雨じゃあ気付くはずも無い。
5匹の猫は、井戸に向かう2人を追いかけて、沖田は、クロ猫を抱き上げたまま手拭い片手に足を動かした。しかし、いつもと、違う異様な臭いに、2人は、すぐさま足を止める事になった。
「————っ。誰がこんな事!」
2人の行く手を阻む様にそこにあったのは、仔猫達の親猫2匹。それは、すでに原型を留めてはおらず、斬り刻まれ、ハラワタが剥き出しとなった変わり果てた親猫の姿だった。
鋭利な刃物で斬り裂かれた親猫達。それはまるで、試し切りをした様なそんな有様。しばし、絶句した2人。親猫の姿に、近寄ろうとする仔猫達により、2人は、我に返った。
ひょいひょい。と、仔猫を抱き上げた2人は、とりあえず近場の部屋へと仔猫を閉じ込めた。
みゃあ。みゃあ。と後ろに聞こえる鳴き声。しかし、今は、目の前の猫の遺体をどうにかせねばならない。それは、人がしたものなのか、妖の仕業なのか。出来れば後者であって欲しいと、2人は思ったに違いない。自分達と同じ人がやったのなら、正気の沙汰では無い行為だ。しかも、投げ込まれたのは、自分達が生活を送る試衛館である。
何かの前触れを知らせる様な猫の遺体は、2人の手によって、試衛館の片隅に埋められ、小さな墓が立てられた。墓と言っても、大きな石を立てただけの質素なものであったが、あの亡骸を見て埋めるだけでは忍びないとの想いでの事だ。
無邪気に墓の前で遊ぶ仔猫達。ただ、クロ猫だけは、墓を見つめて微動だにしなかった————。
仔猫の数は、6匹だ。それぞれに個性があって、山口は、1匹ずつ眺めながら口を開いた。
「皆、色が違うのだな。」
クロ猫も居れば、白猫も居る。まだらに白と黒の模様が入って居る仔猫も居て、山口は、クロ猫に視線を移し、首の後ろを掴み上げた。
「にゃっ!!」
突然の事に、ただ驚き、声を上げたクロは、手足をバタバタと動かして、身をよじった。
「暴れるな。さぁ、寝るぞ?クロ。」
クロ猫に、名前など無い。なにしろ人に飼われて居ないのだから。人を見た事はあったが、名前なんて付いては居なかった。
普通の猫に人の言葉などわからない。ただ、首の後ろを掴まれたまま、さっき男が敷いた白いモノの上に降ろされた。
ふかふかで、柔らかいそれは、まるで親猫に包まれて居るかの様に温かく、頬をすり寄せてみる。気持ち良さそうなクロの姿に、警戒して居た仔猫も近寄って来た。仔猫が6匹布団の上に乗ったのを見て、山口は、布団へと横になり掛け布団を掛けた。
「にゃっ!」驚いた様に声を上げた仔猫達だったが、危害を加えるつもりは無いと分かれば、布団の温かさに、心地好さそうに、眠り出す仔猫が続出した。
クロもまた、うつらうつらと船を漕ぎ出し、目を完全に閉じる前、最後に見たのは、山口の優しい笑みであった。
此処に住みだして随分と長居をしてしまったな。と、山口は天井を見上げながらそう思った。
山口一は、父・山口祐助、母・ますの三子として生まれる。姉に勝。父は、播磨国明石藩の足軽であったが、江戸へ出て石高1,000石の旗本・鈴木家の足軽となった。後年、御家人株を買って御家人になったというが、実際は鈴木家の公用人(家来)であった。
【試衛館】それが、オンボロ道場の名前だ。山口が此処に来た時は、ただ、腕試しをしに来ただけだった。しかし、こんな道場に腕の立つ奴らが集まって居たのだから驚きだ。
道場主である近藤勇。此処の門人である、沖田総司。土方歳三。
食客と呼ばれる永倉、原田、藤堂。それに山南。皆、こんな道場に居るのが不思議な程、腕が立つ。彼らの過去などは、詳しくは知らないが、己の腕を磨くには、丁度よく、そして、何より、居心地が良かった————。
心地好さそうに眠る仔猫の様だな。自分は………。
そんな事を思いながら、山口は視界に仔猫達を映す。
「寝るか。」
1人そう呟き、目を閉じた。仔猫の温もりに、いつもより深い眠りへと誘われていったのであった————。
————翌日の事。
山口の後をついて行く仔猫達。クロ猫も例外では無い。その姿は、まるでカルガモの親子の様だ。
「はじめくん。その仔猫どうしたんです?」
声をかけて来たのは、後の新選組一番組長。沖田総司である。
可愛らしい仔猫をしゃがんで見つめる彼は、当たり前だが、未だ、人を手にかけた事などない。仔猫の前に指を動かし遊んで居た。
「親猫が帰って来ないみたいでな。昨日、鳴いていたんだ。」
「どの辺でです?僕、気づかなかったな。」
と、言う沖田は、クロ猫を抱き上げた。
「あぁ。丁度、俺の部屋の下だったからな。」
「それじゃあ、僕は、気づかないや。」
俺の部屋は、山口の部屋から離れて居る。それに加え、昨日の雨じゃあ気付くはずも無い。
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「————っ。誰がこんな事!」
2人の行く手を阻む様にそこにあったのは、仔猫達の親猫2匹。それは、すでに原型を留めてはおらず、斬り刻まれ、ハラワタが剥き出しとなった変わり果てた親猫の姿だった。
鋭利な刃物で斬り裂かれた親猫達。それはまるで、試し切りをした様なそんな有様。しばし、絶句した2人。親猫の姿に、近寄ろうとする仔猫達により、2人は、我に返った。
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何かの前触れを知らせる様な猫の遺体は、2人の手によって、試衛館の片隅に埋められ、小さな墓が立てられた。墓と言っても、大きな石を立てただけの質素なものであったが、あの亡骸を見て埋めるだけでは忍びないとの想いでの事だ。
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