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最終話 卒業
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それからの日々。僕は引き続き、登校を続けた。あの一件以降教員サイドの監視も強まり、その後の学校生活でのいざこざは、あっけないほどに無くなっていった。だが僕とは関わらないように、というような空気はより一層増していく。でもそれでよかった。今は通過点。わかってる。世界なんて、そう簡単には変わらない。それでも自分で選んだ結果の、長い回り道。一年以上のタイムロスを考えれば、一分一秒と、時間を無駄にするなんてできない。
そんな中でも、通り過ぎてゆく季節。
瞬く間に、春夏が過ぎ。季節は、秋冬の兆しへ。
高校3年、12月。訪れた担任との面談。そこで打ち明けた決意。今の僕にとって、何段階と背伸びをした高校への進学希望。流石に眉をしかめる先生とは対照的に、同席した母は喜んで応援してくれた。きっと母はどんな選択肢であろうと、僕が前を向いていること――それそのものが嬉しかったのかもしれない。
結果がどうであろうと構わない。その後も変わらず、僕は邁進を続けていた。目標へと集中していれば、周囲の雑音にいちいち反応などしていられない。日々時を刻むごとに、自分が少しずつ変わってきているのがわかる。僕はもう、未来しか見ていなかった。
そして――。
◆
「では最後に、卒業生の皆さん。これから先の未来のご健勝とご活躍をお祈りいたしまして、送辞とさせて頂きます」
時は経ち。校長からの激励に、場内に響き立つ拍手。
その後全生徒が起立し、美しいピアノの音色が会場全体を包み込んだ。
『白い光の中に 山なみは萌えて』
『遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ』
「旅立ちの日に」の伴奏が流れ、合唱を始める卒業生たち。その中には、僕も。
『限り無く青い空に 心ふるわせ』
『自由を駆ける鳥よ ふり返ることもせず』
一同が並ぶ列の隙間から、僕は保護者用に用意されていた観覧席を見渡した。
僕がいる場所から、一番遠くの席。そこに映る初めて目にする装い且つ、それでいてどこか見覚えのあるシルエット。この日のために新調したであろう杏子色のセレモニースーツに、真珠のネックレスが光る。そして胸元に彩られた鮮やかなコサージュが、上下に揺れていた。
『勇気を翼にこめて 希望の風にのり』
『このひろい大空に 夢をたくして』
席に座る母は静かに傾聴しながらも、手にしたハンカチで目元を拭っていた。
『いま、別れのとき 飛び立とう未来信じて』
『弾む若い力 信じて』
まだだよ、母さん。
これからもっと、返していくから――。
大合唱の中。ひとり僕は母に向け。
歌唱と共にそう、心から送り続けた。
『いま、別れのとき 飛び立とう未来信じて』
『弾む若い力 信じて』
『このひろい このひろい青空に』
ほどなくして。式を終え、校内外でひたすらにざわめく生徒たち。
この3年間の大部分、僕は「友」との時間を持つということはできなかったけれど。また、新しい未来が待ってる。そう思うだけで強くなれた。
「ユウ、帰ろっか」
「うん」
喧騒を背に、僕たち2人は校舎を後にする。
「ねえ、母さん」
「じつは、行きたいとこがあるんだけど」
「行きたいところ?」
「うん」
「サクラ、見に行こ」
そう言って僕は母を誘い、あの公園へと向かった。
公園に向かう途中の大通り。窓を開けると、風に乗った桜の花びらが車内へと舞い込む。両サイドに並ぶ木々が、春を祝福するかのように。さやさやと音を立て、まるで微笑んでいるかのよう。
「あ、父さんからだ」
途中、ポケットの中で振動した携帯電話。開くと、父から「卒業おめでとう」のメッセージが届いていた。と同時に、事情を知った僕はすかさず返事を返す。
1年越しのひだまり公園。
それはあの日のようで、けれど少し違う。
僕は、母さんのとなりを歩いていた。
「桜、キレイだね」
「ええ、そうね」
いつもと変わらない笑顔。
だが母のその瞳には、透明の玉光がキラリ、ゆらめいているように見えた。
「あ、父さん! こっちこっち」
やがて、僕らがいるずっと先から。
ビジネスバッグにスーツを纏った父が、手を振りながら駆けつけて来る。
「ユウ。それに母さんも。悪かったな」
「あれ、あなた。どうして……」
「ああ。何とか仕事のほうが片付いてね。ユウにここにいるからって、さっきメール貰ってさ」
「ごめんなユウ。卒業式、行ってあげられなくて」
「ううん、大丈夫」
そうして父と母、そして僕。
親子3人で、満開の桜並木を歩く。
「すいません」
「写真、お願いしてもいいですか?」
「はい、いいですよ」
偶然通りかかったベビーカーを引く女性に、僕は声を掛けた。
大きな桜の木を背に、卒業証書の持った僕、そして父と母が並ぶ。
「あれ……母さん?」
すると後ろに立つ母の身体が、小刻みに震えているのがわかり、僕は振り返った。
「かあさん……」
母は泣いていた。はじめて見た姿だった。膝を曲げうつむき、手で口を塞ぎながら。今にも崩れてしまいそうなほどに、母は号泣していた。
「ちょっと母さん、はやくしないと」
「ほーら、母さん。撮るよ」
僕と父は一緒になって、母を茶化す。
「それじゃあ、撮りますよ。 ハイ!」
「パシャ」
そうやって、僕たちは。
このかけがえのない時間を。
この優しい時間を。
思い出の中へと、幾重にも重ね合わせてゆく。
青空の下、家族3人で見る桜も。
そしてあの日。
母と2人で見た雨桜も。
どれもがこの上なく美しく、愛おしかった。
これから先、きっと僕は。
何度もまた、つまずくだろう。
それでも再び、立ち上がる強さを。
時には、全力で逃げる勇気も。
僕は多くの事を、この学校生活で学んだ。
そして、そのきっかけをくれたのは。
いつだって、母さんがそばにいてくれたから。
僕は母の手を握り、笑顔で答えた。
「ありがとう、お母さん」
「僕はもう、大丈夫だから」
終
そんな中でも、通り過ぎてゆく季節。
瞬く間に、春夏が過ぎ。季節は、秋冬の兆しへ。
高校3年、12月。訪れた担任との面談。そこで打ち明けた決意。今の僕にとって、何段階と背伸びをした高校への進学希望。流石に眉をしかめる先生とは対照的に、同席した母は喜んで応援してくれた。きっと母はどんな選択肢であろうと、僕が前を向いていること――それそのものが嬉しかったのかもしれない。
結果がどうであろうと構わない。その後も変わらず、僕は邁進を続けていた。目標へと集中していれば、周囲の雑音にいちいち反応などしていられない。日々時を刻むごとに、自分が少しずつ変わってきているのがわかる。僕はもう、未来しか見ていなかった。
そして――。
◆
「では最後に、卒業生の皆さん。これから先の未来のご健勝とご活躍をお祈りいたしまして、送辞とさせて頂きます」
時は経ち。校長からの激励に、場内に響き立つ拍手。
その後全生徒が起立し、美しいピアノの音色が会場全体を包み込んだ。
『白い光の中に 山なみは萌えて』
『遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ』
「旅立ちの日に」の伴奏が流れ、合唱を始める卒業生たち。その中には、僕も。
『限り無く青い空に 心ふるわせ』
『自由を駆ける鳥よ ふり返ることもせず』
一同が並ぶ列の隙間から、僕は保護者用に用意されていた観覧席を見渡した。
僕がいる場所から、一番遠くの席。そこに映る初めて目にする装い且つ、それでいてどこか見覚えのあるシルエット。この日のために新調したであろう杏子色のセレモニースーツに、真珠のネックレスが光る。そして胸元に彩られた鮮やかなコサージュが、上下に揺れていた。
『勇気を翼にこめて 希望の風にのり』
『このひろい大空に 夢をたくして』
席に座る母は静かに傾聴しながらも、手にしたハンカチで目元を拭っていた。
『いま、別れのとき 飛び立とう未来信じて』
『弾む若い力 信じて』
まだだよ、母さん。
これからもっと、返していくから――。
大合唱の中。ひとり僕は母に向け。
歌唱と共にそう、心から送り続けた。
『いま、別れのとき 飛び立とう未来信じて』
『弾む若い力 信じて』
『このひろい このひろい青空に』
ほどなくして。式を終え、校内外でひたすらにざわめく生徒たち。
この3年間の大部分、僕は「友」との時間を持つということはできなかったけれど。また、新しい未来が待ってる。そう思うだけで強くなれた。
「ユウ、帰ろっか」
「うん」
喧騒を背に、僕たち2人は校舎を後にする。
「ねえ、母さん」
「じつは、行きたいとこがあるんだけど」
「行きたいところ?」
「うん」
「サクラ、見に行こ」
そう言って僕は母を誘い、あの公園へと向かった。
公園に向かう途中の大通り。窓を開けると、風に乗った桜の花びらが車内へと舞い込む。両サイドに並ぶ木々が、春を祝福するかのように。さやさやと音を立て、まるで微笑んでいるかのよう。
「あ、父さんからだ」
途中、ポケットの中で振動した携帯電話。開くと、父から「卒業おめでとう」のメッセージが届いていた。と同時に、事情を知った僕はすかさず返事を返す。
1年越しのひだまり公園。
それはあの日のようで、けれど少し違う。
僕は、母さんのとなりを歩いていた。
「桜、キレイだね」
「ええ、そうね」
いつもと変わらない笑顔。
だが母のその瞳には、透明の玉光がキラリ、ゆらめいているように見えた。
「あ、父さん! こっちこっち」
やがて、僕らがいるずっと先から。
ビジネスバッグにスーツを纏った父が、手を振りながら駆けつけて来る。
「ユウ。それに母さんも。悪かったな」
「あれ、あなた。どうして……」
「ああ。何とか仕事のほうが片付いてね。ユウにここにいるからって、さっきメール貰ってさ」
「ごめんなユウ。卒業式、行ってあげられなくて」
「ううん、大丈夫」
そうして父と母、そして僕。
親子3人で、満開の桜並木を歩く。
「すいません」
「写真、お願いしてもいいですか?」
「はい、いいですよ」
偶然通りかかったベビーカーを引く女性に、僕は声を掛けた。
大きな桜の木を背に、卒業証書の持った僕、そして父と母が並ぶ。
「あれ……母さん?」
すると後ろに立つ母の身体が、小刻みに震えているのがわかり、僕は振り返った。
「かあさん……」
母は泣いていた。はじめて見た姿だった。膝を曲げうつむき、手で口を塞ぎながら。今にも崩れてしまいそうなほどに、母は号泣していた。
「ちょっと母さん、はやくしないと」
「ほーら、母さん。撮るよ」
僕と父は一緒になって、母を茶化す。
「それじゃあ、撮りますよ。 ハイ!」
「パシャ」
そうやって、僕たちは。
このかけがえのない時間を。
この優しい時間を。
思い出の中へと、幾重にも重ね合わせてゆく。
青空の下、家族3人で見る桜も。
そしてあの日。
母と2人で見た雨桜も。
どれもがこの上なく美しく、愛おしかった。
これから先、きっと僕は。
何度もまた、つまずくだろう。
それでも再び、立ち上がる強さを。
時には、全力で逃げる勇気も。
僕は多くの事を、この学校生活で学んだ。
そして、そのきっかけをくれたのは。
いつだって、母さんがそばにいてくれたから。
僕は母の手を握り、笑顔で答えた。
「ありがとう、お母さん」
「僕はもう、大丈夫だから」
終
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