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1-24 Side シュウ
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なんだか深い眠りについているような安心感がある。
「うまい!」
大きな声に驚いて、目を開くとそれは自分の声だったらしい。目の前には少し照れたようにそっぽを向きながら視線だけ興味津々に向けるユウリがいた。
その様子に懐かしい気持ちが込み上げる。
長い間ずっと一緒にいたけれどユウリはあの時から寂しいも楽しいも口には出さなかった。それは自分に一線引いているようで、少し不服だ。シュウはアメジストの瞳を細めてその様子を見た。
———もっとユウリのそばにいたい。
ユウリはさみしい時に左耳につけているピアスを何気なく意地って、いつの間にか近くに座っていたりする。他の人が知らないであろうその癖はシュウの秘密だ。
シュウがここまでしてユウリに執着するのはまさしくシュウが探している人というのが唯一無二の半身ともいえる大切な幼馴染であるユウリのことであるほかにない。6歳で初めて出会って、何度もけんかをしたけれどそれ以上に一緒にいることが楽しくて、いつの間にか友達の枠では、親友の枠では、物足りなくなってしまった。成人したら思いを伝えて、できるなら永遠の誓いをしようと思っていた。誰にもとられたくなくて、何でもあいつの一番でありたくて、恋焦がれてきた相手だった。どんな手段でも一緒にいられることが一番の喜びだった。
まるで映像を見せられているかのような感覚にこれはまたあの時のことを見せられるのかと頭が可笑しくなりそうだ。
明確に覚えていることは、俺の人生が終わったあの日にこの世界の神の一人だという女が俺に声をかけてきたということだけで。
———突然だった。
「あなたはかわいそうな子ね。」
突然そう声をかけられた。
ユウリがいなくなってもう目の前が見えなかった。黒い霧がかかったようにはっきりしなくて感覚がなくて声が出なかった。手を握れば暖かくなるはずなのに冷え切っていて、一向に暖かくならない。ひたすら声をかけ続けているのに微動だにしない。
(——なぜ)
いきなり現れたその女は白いひらひらした服に身を包んでこちらを見ていた。
「あなたは孤独から逃れられないわ。でもわたしならあなたとここにずっといることができるわよ?どう?ここで一緒に暮らしましょう?あなたは私のお気に入りだから何でも願いをかなえてあげるわ。」
一方的に女はそういうと手を差し出してきて、手からポンポンいろいろなものを見せる。形のあるものも、幸せと呼べる概念もなんでも手の平の上だった。
シュウはボーっとしたままそれを眺めた。
どれくらいそうしていたかも明確ではなかったが、しばらくたってもどうしようもないシュウを女はずっと楽しそうに見ていてにこにこしていた。
いろんなことを話し続けていてもシュウの心は岩山のように冷たく、少しも動かされることはなかった。だから女の話すことはシュウにはどうでもよくて、一つも頭に入ってきてはいなかった。
女はそんなシュウを見て何を思ったのか、ある言葉を口にした。
「ユウリ」
———なんで。その名前を…?
なんでその言葉を今口にしたのかわからなくて、シュウは咄嗟に女に顔を向けた。
女は嬉しそうに笑う。たとえ自分とは何の関係のない男の名前だろうと、自分に関心が向けられたことに喜んだかのように一つの提案をした。その笑顔は何を考えているのかわからなくてシュウはあまり好きではなかった。
「そんなに願うならあなたを彼の元に戻してあげる。うれしい?でもあなたはまた戻ってきてね?だってあなたは——————だもの!そうね、対価はあれにしましょ?ね、いいでしょ?」
次の瞬間、あたりが真っ白に染まってシュウはいったい何が起きたのかしばらくわからなかった。何をするでもなく佇んでいると、次第に視界も安定してきて真っ白くなったのは大量の光があの一瞬であふれたからだと気づいた。しかし目を凝らしてその先を見ようとかすかに開けた隙間から見えたのは見慣れた景色だったのだ。
今さっきまで戦場と化していた土地が戦争なんてなかったみたいに元通りで、ここがエイデン領の中心街だと気づいた。さっきまでの出来事が夢でも見ていたみたいに遠い時間に感じた。
「…っはは。何だ夢だったのか」
無性に笑いが込み上げてきて、絶望を感じていたのがうそみたいだ。
それでも、あれが事実だったのかもしれないと思うと夢の中の女が「ユウリの元へ戻してくれる」といったことに頭の中はすぐに支配された。
だから無我夢中で走って、ユウリを探す。だからいつもだったら街中で声をかけてくれるものが無反応でシュウの横を通り過ぎていることに全く違和感もなかった。
ユウリの家に着くとそこにはいつもと変わらない様子のユウリがいて安堵する。
大きな声で叫んで手を伸ばして、そこで異変に気付く。
『お前は誰だ?俺の知り合いか?』
ユウリは何も覚えていなかった。幼いころにたくさんケンカしたことも、一緒に悪戯したことも、くだらないことで笑ったことも、一緒に出掛けた話も、全部全部記憶になくてシュウを知らない人だといった。
シュウの頭は一気に真っ白になった。親愛なる相棒が自分のことを覚えていないというのか。周りの音が一気に遠くなって、ユウリも何か話しているけど聞こえなくて。
シュウは何の冗談かと思った。もしかしたら、出会う前の時間に戻ってしまったのかと考えたけれど、手足は出会った当時のサイズではなく、十分大人に近づいているものでこの時の年頃ならば、出会ってから何年かは経過していたはずだった。
———それから何度も何度も同じような体験を繰り返した。
初めは、タイムループによって出た影響だと思いしばらくたったら治るだろうと思っていた。でも一向に思い出す気配はなくて何度も繰り返す記憶の中で、やっと気づいた。
ああ、そうだったのかと。
なんて都合のいいように考えていたんだろう。自分が心から望んだ人と代償もなしにそう簡単に再会できるなんて、あるわけないのに。
死んだユウリの両親は帰ってこなかった。幼いころにパンを分けてくれたおばちゃんも、いつも変な夢を見たと話してくれる面白いお爺さんもみんな死んだら帰ってくることはなかったというのに。
あの時のユウリはもういない。一緒にいたときの記憶を全部あの時間において来てしまったのだろうか。
これがユウリに会いたいがために支払った対価だったのだと悟った。ユウリに会いたいのは自分なのに、どうして自分ではなくてユウリからその記憶を抜いてしまったのかと。そして誰一人として自分を覚えていないのだから、この世界にまるで取り残されてしまったかのようだ。
自分はユウリとの思い出を犠牲にしてしまったのだ。
「うまい!」
大きな声に驚いて、目を開くとそれは自分の声だったらしい。目の前には少し照れたようにそっぽを向きながら視線だけ興味津々に向けるユウリがいた。
その様子に懐かしい気持ちが込み上げる。
長い間ずっと一緒にいたけれどユウリはあの時から寂しいも楽しいも口には出さなかった。それは自分に一線引いているようで、少し不服だ。シュウはアメジストの瞳を細めてその様子を見た。
———もっとユウリのそばにいたい。
ユウリはさみしい時に左耳につけているピアスを何気なく意地って、いつの間にか近くに座っていたりする。他の人が知らないであろうその癖はシュウの秘密だ。
シュウがここまでしてユウリに執着するのはまさしくシュウが探している人というのが唯一無二の半身ともいえる大切な幼馴染であるユウリのことであるほかにない。6歳で初めて出会って、何度もけんかをしたけれどそれ以上に一緒にいることが楽しくて、いつの間にか友達の枠では、親友の枠では、物足りなくなってしまった。成人したら思いを伝えて、できるなら永遠の誓いをしようと思っていた。誰にもとられたくなくて、何でもあいつの一番でありたくて、恋焦がれてきた相手だった。どんな手段でも一緒にいられることが一番の喜びだった。
まるで映像を見せられているかのような感覚にこれはまたあの時のことを見せられるのかと頭が可笑しくなりそうだ。
明確に覚えていることは、俺の人生が終わったあの日にこの世界の神の一人だという女が俺に声をかけてきたということだけで。
———突然だった。
「あなたはかわいそうな子ね。」
突然そう声をかけられた。
ユウリがいなくなってもう目の前が見えなかった。黒い霧がかかったようにはっきりしなくて感覚がなくて声が出なかった。手を握れば暖かくなるはずなのに冷え切っていて、一向に暖かくならない。ひたすら声をかけ続けているのに微動だにしない。
(——なぜ)
いきなり現れたその女は白いひらひらした服に身を包んでこちらを見ていた。
「あなたは孤独から逃れられないわ。でもわたしならあなたとここにずっといることができるわよ?どう?ここで一緒に暮らしましょう?あなたは私のお気に入りだから何でも願いをかなえてあげるわ。」
一方的に女はそういうと手を差し出してきて、手からポンポンいろいろなものを見せる。形のあるものも、幸せと呼べる概念もなんでも手の平の上だった。
シュウはボーっとしたままそれを眺めた。
どれくらいそうしていたかも明確ではなかったが、しばらくたってもどうしようもないシュウを女はずっと楽しそうに見ていてにこにこしていた。
いろんなことを話し続けていてもシュウの心は岩山のように冷たく、少しも動かされることはなかった。だから女の話すことはシュウにはどうでもよくて、一つも頭に入ってきてはいなかった。
女はそんなシュウを見て何を思ったのか、ある言葉を口にした。
「ユウリ」
———なんで。その名前を…?
なんでその言葉を今口にしたのかわからなくて、シュウは咄嗟に女に顔を向けた。
女は嬉しそうに笑う。たとえ自分とは何の関係のない男の名前だろうと、自分に関心が向けられたことに喜んだかのように一つの提案をした。その笑顔は何を考えているのかわからなくてシュウはあまり好きではなかった。
「そんなに願うならあなたを彼の元に戻してあげる。うれしい?でもあなたはまた戻ってきてね?だってあなたは——————だもの!そうね、対価はあれにしましょ?ね、いいでしょ?」
次の瞬間、あたりが真っ白に染まってシュウはいったい何が起きたのかしばらくわからなかった。何をするでもなく佇んでいると、次第に視界も安定してきて真っ白くなったのは大量の光があの一瞬であふれたからだと気づいた。しかし目を凝らしてその先を見ようとかすかに開けた隙間から見えたのは見慣れた景色だったのだ。
今さっきまで戦場と化していた土地が戦争なんてなかったみたいに元通りで、ここがエイデン領の中心街だと気づいた。さっきまでの出来事が夢でも見ていたみたいに遠い時間に感じた。
「…っはは。何だ夢だったのか」
無性に笑いが込み上げてきて、絶望を感じていたのがうそみたいだ。
それでも、あれが事実だったのかもしれないと思うと夢の中の女が「ユウリの元へ戻してくれる」といったことに頭の中はすぐに支配された。
だから無我夢中で走って、ユウリを探す。だからいつもだったら街中で声をかけてくれるものが無反応でシュウの横を通り過ぎていることに全く違和感もなかった。
ユウリの家に着くとそこにはいつもと変わらない様子のユウリがいて安堵する。
大きな声で叫んで手を伸ばして、そこで異変に気付く。
『お前は誰だ?俺の知り合いか?』
ユウリは何も覚えていなかった。幼いころにたくさんケンカしたことも、一緒に悪戯したことも、くだらないことで笑ったことも、一緒に出掛けた話も、全部全部記憶になくてシュウを知らない人だといった。
シュウの頭は一気に真っ白になった。親愛なる相棒が自分のことを覚えていないというのか。周りの音が一気に遠くなって、ユウリも何か話しているけど聞こえなくて。
シュウは何の冗談かと思った。もしかしたら、出会う前の時間に戻ってしまったのかと考えたけれど、手足は出会った当時のサイズではなく、十分大人に近づいているものでこの時の年頃ならば、出会ってから何年かは経過していたはずだった。
———それから何度も何度も同じような体験を繰り返した。
初めは、タイムループによって出た影響だと思いしばらくたったら治るだろうと思っていた。でも一向に思い出す気配はなくて何度も繰り返す記憶の中で、やっと気づいた。
ああ、そうだったのかと。
なんて都合のいいように考えていたんだろう。自分が心から望んだ人と代償もなしにそう簡単に再会できるなんて、あるわけないのに。
死んだユウリの両親は帰ってこなかった。幼いころにパンを分けてくれたおばちゃんも、いつも変な夢を見たと話してくれる面白いお爺さんもみんな死んだら帰ってくることはなかったというのに。
あの時のユウリはもういない。一緒にいたときの記憶を全部あの時間において来てしまったのだろうか。
これがユウリに会いたいがために支払った対価だったのだと悟った。ユウリに会いたいのは自分なのに、どうして自分ではなくてユウリからその記憶を抜いてしまったのかと。そして誰一人として自分を覚えていないのだから、この世界にまるで取り残されてしまったかのようだ。
自分はユウリとの思い出を犠牲にしてしまったのだ。
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