上 下
4 / 42

1-3

しおりを挟む

「おい、ついたぞ。」

そうユウリをここまで連れてきてくれた男、シュウは言う。その男はさらっと自分の名を述べるとそれ以上は言わず、安定感のある足取りでここまでたどり着いたらしかった。

そうしてどうやら寝ている間にシュウは迷うことなくユウリの家にたどり着いたようだ。
その声に意識が浮上してこんなに寝こけてしまったことに警戒と不安が入り混じる。
しかししっかりと目を開けると見慣れた扉の前だ。

「よく、迷子にならなかったな?礼を言う。…ここでおろしてくれて構わない。少しそこのソファーに座ってろ。」

そういうと勢いのままにユウリは背中から飛び降りようとした。
しかし思ったように体が抜けなくて妙にブラブラと垂れ下がる足の重さに顔をしかめた。
シュウがぎゅっとユウリを離さなかったせいらしい。

「おいっ!でもその足じゃ歩くのがきついんじゃないか?代わりにやろうか?」

「いやこのくらいなら問題ない。というかお前は客人だ。」

「チッ…。けが人は甘えてろ。俺がそこまで運んでやる。」

そういうと中へそのまま入って、キッチンの近くまで運ぶ。
足取りは軽い。
ユウリは横眼に男の姿を確認しながら紅茶をお気に入りのティーカップに入れる。
正直、俺はお気に入りとか言ったけどいつからこのカップが家にあったかよく覚えていない。
なんとなく大切なのだ。
その時、茶の水面に眩しく何かが移った気がして顔をあげた。
しかしそこにいたのは運んできてくれた張本人のみで、それ以外に見当たらない。

眩しさの原因は何だろうか…?

そう思っていると風になびいて今度は直接教えてくれる。
暗い森の中では気づかなかったが、シュウの灰色かと思っていた髪も少し太陽に当たると銀色に輝く星屑のようだった。歩きながら聞いた話によると年も同い年というから、偶然にしてはめずらしい。
しかも、シュウだなんて名前、この国ではトップ20には入るくらい良くある名前だ。
こんな美人がこのような偏狭な地に一人で、怪しく森の中で、…絶対偽名だな、そう結論づけた。

ユウリが程なくして入れたお茶を目敏く確認すると立ち上がって何も言わずにソファーに戻る。
まるで家の中を知っていたかのようだ。

「家の中は武器が多いな?全部お前が使っているわけじゃないんだろう?」

そんなことも気づくのか…。
細かな指摘に単なる貴人ではなさそうだと見当をつけつつもその芸当に目を見張る。
確かに一見するとどこの武器倉庫かと見間違えるほどの武器の数ではあるが、そう簡単に言い切れるものではないだろうに。
「俺は普段ギルドで傭兵や護衛の仕事をすることが多くて、武器を使い分けているんだ。でも確かに全部は俺のじゃないな。」
何だか当てられたことが面白くて初対面は気づかないくらいの微笑を浮かべた。

「じゃあ、今日はそいつが相棒か?」

視線で、さっきまで背負っていた大剣を指すとニヤッと笑う。

「ああ、普段使いはこっちだ、父が選んでくれたものなんだ。」

やっぱりこいつ見る目あるな。
ますますユウリはシュウがいいやつだと評価したのだった。

「それよりもどうしてお前は森の中にいたんだ?あそこらへんはあまり人が立ち寄らないだろう?」

紅茶に口をつけながらそんなことを口にする。そのことにふとユウリは行動を止めてカップを元に戻した。

「………そのことを忘れていた。」

「は?忘れてたって……」

俺は気づいたときにあそこに立っていた。
気づいた時には足が痛くなっていたし、どうしてあんな所にいたのかも思いだせない。確か今日の朝はいつも通り起きたはずだ。

「…。」
———今朝何かあったかな。記憶がない…

「なんでいたのか忘れた。」

「忘れたって……今日の朝の話だ、そんなことあるのか?」

シュウはいたって真面目に答えたユウリの顔を見ると笑いながらも少々あきれた表情でそう返す。
真面目に悩み始めたユウリを見て、シュウはユウリの頭をくしゃくしゃと撫でた。

人に頭を触られるなんて何年ぶりだろう。
ユウリは幼いころに両親と別れてからこんな風に人と接したことがあっただろうか、と記憶の彼方に記憶を馳せた。
ギルドの親父には頭をはたかれることもあったが、最近じゃそんなもの少なかった。何しろ命と隣り合わせだ。
親父からは強いげんこつが愛情表現というものだ。

しばらくその手はどかなくて、いつまでするんだろうと思いながら頭の端で浮かんだのは肉屋の番犬ジローだった。
『ジローちゃん』『ジローちゃん』『ジロ』『じろ』……と。

「じゃあ次はボーっとしないように気を付けないといけないな」

そういうと目を細めもう一度頭を撫でてきた。
めったに撫でられることのないはずの頭を撫でられて少しくすぐったさを覚えるとなんだか、むずがゆくて、腕をつかんだ。

「——っ、お、俺は犬じゃねえってば‼」
———犬みたいによしよししやがって…。

今朝のことと言われても覚えていないものはどうにか思い出そうとしても難しいのだ。
頑張って思い出している途中で何というマウントの取り方だとユウリは顔をしかめた。
忘れたかもしれない内容を、唸って考えてみるけれどさっぱりひらめかない。ユウリはつかんだ腕を下に向けながら、シュウと目を合わせた。

「それよりもお前、お礼がしたい。なにがいい?」

じっと見つめるとシュウはキョトンとした顔でこっちを見つめ返した。

「なんかしてくれるのか?いいのか?」

「さすがに足を怪我しているから「何でも」は無理だが、できることなら」
———どうせ初対面に図々しい奴じゃないはずだ。

正直捻挫していても困るようなことは要求されないと思っていたから、主導権はあっちで問題ない。そんなことよりも借りを作るのはごめんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

overdose

水姫
BL
「ほら、今日の分だよ」 いつも通りの私と喜んで受けとる君。 この関係が歪みきっていることなんてとうに分かってたんだ。それでも私は… 5/14、1時間に1話公開します。 6時間後に完結します。 安心してお読みください。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て運命の相手を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ──────────── ※感想、いいね大歓迎です!!

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...