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柚香の再修行の巻
第257話 伝説のテイマー・回想2
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――なんだ、この人間は。
ドラゴンは自分の進路を塞ぐ人間にまずは「不快」という感情を抱いたのだろう。
右足を一歩引く、その動作で長い尾がうねりを上げて果穂に襲いかかった。
「思ったより遅い」
ビシィッと空気を裂く音が鳴り響く。果穂は腰に下げていた鞭を掴むと、軽やかにバックステップで距離を取りながらドラゴンの尾に向けてそれを振るった。
鞭は多彩な戦い方ができる武器だ。ただ打ち付けるだけでなく、相手を絡め取ることもできる。それは、鞭を振るうときの動きの違いひとつだ。
果穂はドラゴンの尾を鞭で絡め取り、自分に対しての攻撃を回避して見せた。
普段ならばここで更に鞭を使って敵を引き寄せ、サブ武器で攻撃というパターンで畳み掛けるのだが、今回はあっさりとドラゴンの尾を解放する。
「ガァァァア!」
敢えてダメージを与えようとせずに解放された屈辱からか、ドラゴンが吠えた。音が振動となってフロアを伝わり、遠巻きに見ていたモンスターたちが全力で逃げて行く。
果穂のパーティーメンバーも後ろへと下がる動きを止めることはできなかった。
威圧がフロアを荒れ狂う中、ひとりだけが下がることなく立ち続けていた。――果穂だ。
「……聞き分けないわね」
地の底から響くような低音が、果穂の口から漏れる。怒気をはらんだ、けれど激しくはない彼女の声に本物の恐怖を感じたのか、パーティーメンバーがひとり気を失った。
「もう一度言うわ。『うちの子になりなさい』」
それは圧倒的強者の命令。鞭を持った女の姿をした厄災が、大きさで遥かに勝るドラゴンを存在感で圧していた。
ドラゴンは口を開けて息を吸う動作を見せた。どう考えてもそれはブレスの予備動作で、フレイムドラゴンのブレスを浴びればいくら果穂でもひとたまりもない。
「私に向かって、通じると思うの?」
敢えて鞭を巻き取って見せながら、果穂はドラゴンに問いかける。それは駆け引きとしての強がりだったが、果穂にとって幸運なことにはドラゴンは果穂ほど性格が悪くなかった。
威圧に屈せず、ブレスを恐れない人間。ドラゴンがブレスを中断し、ほんの一瞬だけ恐れのようなものを抱いた瞬間を果穂は見逃さない。
「私が決めたの。従いなさい」
それは決して大きな声ではない。だからこそドラゴンに対しては不可解な恐怖を感じさせたのかもしれなかった。
結局、ドラゴンはそのまま果穂と睨み合いになった。
ドラゴンの目は果穂を探るように見つめてくる。おまえは、マスターとして相応しいか。フレイムドラゴンはドラゴン四天王とも呼ばれ、レア湧きでしか出現することはない。
全てを凍らせると言われるアイスドラゴン・嵐と雷鳴を操るストームドラゴン・その耐久力では他に並ぶものがないアースドラゴンと並び称される「本来の」強者だ。
その自分を、おまえは従わせるに足る存在か?
ドラゴンの目に変化が現れた。果穂を探り、強さを計ろうとし始めたのだ。
もちろん、果穂は人間としては破格に強いがドラゴンと比べられる物理的な強さを持っているわけではない。彼女の強さは相手の行動の裏をかけ、真実にしか見えないはったりを貫き通せる腹黒くも賢い人間としての強さだ。
そうした睨み合いは数時間に及び、パーティーメンバーには緊張感に耐えかねて気絶する人間すら現れた。
ドラゴンの視線は、時間が経つにつれ凶暴性を薄れさせていった。それは、長時間にわたって自分に対抗し続ける果穂に対する好奇心が増してきていることを表す。
だが、決め手がなかった。果穂もそれはわかっていた。今まで沈黙を貫くことで自分の強者たる姿をドラゴンに見せつけていたが、もう一度「下れ」と言葉を発するべきか、頭の中で必死に計算する。
それは決めの一手になるかも知れないが、こちらの焦りをドラゴンに伝えることにもなる。賭けとしての勝率は五分。もっと格下相手ならその率でも賭に出たが、フレイムドラゴンをここまできた段階でテイムできなければ、死へと繋がるだろう。
その時、場の緊張感を台無しにするように、果穂の腹の虫が鳴いた。
「……そういえば、お腹空いたわ」
呟いて、果穂は内心「しめた」と思う。ドラゴンは今興味を持って彼女を見ているからだ。自分が何をするか、見届けようとするだろう。
だからこそ果穂は自分のリュックからサンドイッチケースを取り出し、ドラゴンの目の前で食べ始めた。この行動に、更にパーティー内でぶっ倒れる人間が出た。
食事と排泄は生物にとって最大の隙である。生きるか死ぬかの意思のせめぎ合いの最中、突然当たり前のようにその「隙」であるはずの食事を始めた果穂を見て、ドラゴンすらも目を見開き、あんぐりと口を開けて驚いていた。
――勝ったわ。
ドラゴンが果穂の隙を突かなかったことで、果穂は勝利を確信した。堂々とサンドイッチを食べてみせると、自らドラゴンに歩み寄り、今自分が食べた物と同じサンドイッチを差し出す。
「あなたも食べる?」
その余りの豪胆さに、パーティーリーダーの毛利は地面に頭を打ち付けた。
ドラゴンはしばらくじっと果穂を凝視していたが、果穂のその行動を「隙を見せても問題ない強者故のこと」と捉えたのだろう。
それまでもかなり自分に対して引かない人間に対して好奇心が勝ってきていたようだが、そこへもって更に見知らぬものが目の前に差し出されている。
人間はそれを食べて見せた。自分が食べなければ、こちらが弱者と認めるのと同じ。モンスターは特殊な一部を除いて概して知能が高いわけではないが、ドラゴンとなれば別格である。それでも、まんまと果穂の策略に嵌まったのだ。
果穂の差し出したサンドイッチに向かって首を伸ばし、フンフンと匂いを嗅ぎ、やがてドラゴンは舌を伸ばしてサンドイッチをペロリと食べた。――初めてドラゴンが口にした物は、ふわふわとしたものの間に塩気がある何かが挟まっていて、「もっと食べたい!」という誘惑を掻き立てるものだった。
『個体Ωが柳川果穂をマスターと認定。柳川果穂にジョブ【テイマー】を付与します』
「アギャ!」
「やった! うちの子ゲットだぜー!」
頭の中にアナウンスが響いたのと、ドラゴンが威圧感を消して一声鳴いたのは同時で、果穂はドラゴンに駆け寄ってその首に抱きついていた。鱗はルビーのような色合いで綺麗に重なり合っており、間近で見れば更にその美しさが際立っている。
「え、かほたん……………………マジでテイムしたの?」
魂が抜けたような声で毛利が尋ねてきたので、「したわよ!」と果穂は満面の笑みで返す。
ダンジョンアプリを見れば、ステータス画面に従魔として【個体Ω】と記載が増えている。その文字をタップするとフレイムドラゴンのステータス画面に切り替わったので、ステータスチェックの前に果穂は名前を考え始めた。
「赤いドラゴンだからやっぱりアグモ……はまずいかしら。んー、じゃあ一文字足してアグえもん。これでいいか! アグさん、今日からうちの子よ、よろしくね!」
「ギョ……ギョロロ……グルグルグル」
自分に抱きつき嬉しそうに体を撫でてくるマスターに対して、フレイムドラゴンは一瞬戸惑ったもののすぐに甘えた声を出し始めた。
従魔は他のモンスターと同じく、ものを食べなくても生きていける。
それを知りながら、果穂はペットを溺愛するようにアグさんに様々な食べ物を与えた。
「うちの娘もこれ好きなのよー。噛み応えがあって美味しいわよね」
「グワ!」
アグさんがいればフロアのど真ん中も安全地帯になる。平然とおやつのコーラグミを分け合って食べながら、果穂は娘の柚香の話を従魔に語った。
端から関係性だけを見ていれば、それは愛情と信頼で結ばれた従魔とテイマーだったろう。
けれど彼女らはただの従魔とテイマーではない。ファイター時代から巧みな戦術と強さで名を轟かせた果穂と、ボスより強いと言われるレア湧きモンスターのコンビである。既に一部で「歩く災害」という二つ名で呼ばれ始めていた。
それまでも「次代のトップパーティー候補」と呼ばれていた彼らは、ここから異次元の快進撃を始める。理由はもちろんアグさんの規格外の強さだった。
LV1でもそこいらのモンスターでは太刀打ちできないステータスを持っていたアグさんだったが、上級ダンジョンでの戦闘を重ねることで凄まじい勢いでLVアップし、更に強さを増していく。
そしてそれは、パーティーメンバーも同様だった。アグさんよりもLVが高かった関係上多少はLVアップのスピードは落ちたが、すぐに県内トップと言われる域に到達した。
その間に果穂は稼いだ金で「理想の家」を建てて引っ越しをし、何も事情を知らない柚香は様々な習い事に夢中になりながら、朗らかに元気の良い少女に成長していった。
果穂はアグさんを普段ダンジョンの1層に待機させていた。家にドラゴンを連れ帰るのはさすがの果穂も無理だと判断したからだ。
けれど他の冒険者から危害を加えられたことはない。強さが別格過ぎるのだ。
そうして数年、稼ぎに稼いでいた果穂は苦渋の思いで引退を決意した。
彼女とアグさんがダンジョンに現れると、他のパーティーがあからさまに嫌そうな顔をし、舌打ちをして去って行くのだ。
中には「いつどこで狩りするのか予告しろよ、避けるから」と棲み分けを提案してくる者たちもいたが、モンスターを狩り尽くしてしまうせいで自分たちが良く思われないことはひしひしと感じる。
恨みがこれ以上重なれば、顔が知られている以上ダンジョン外で何らかの報復を受けるかもしれない。
自分と夫は対処できるだろう。しかし、未だ中学生になったばかりの娘は――。
日々友達と庭で木刀を振り回している娘を想像し「案外いけるかも?」と一瞬は思ったが、高LV冒険者が複数で柚香を襲えば太刀打ちできるわけがない。
そして、ちょうどその頃果穂にはもうひとつ引退しようと思える理由ができたのだった……。
ドラゴンは自分の進路を塞ぐ人間にまずは「不快」という感情を抱いたのだろう。
右足を一歩引く、その動作で長い尾がうねりを上げて果穂に襲いかかった。
「思ったより遅い」
ビシィッと空気を裂く音が鳴り響く。果穂は腰に下げていた鞭を掴むと、軽やかにバックステップで距離を取りながらドラゴンの尾に向けてそれを振るった。
鞭は多彩な戦い方ができる武器だ。ただ打ち付けるだけでなく、相手を絡め取ることもできる。それは、鞭を振るうときの動きの違いひとつだ。
果穂はドラゴンの尾を鞭で絡め取り、自分に対しての攻撃を回避して見せた。
普段ならばここで更に鞭を使って敵を引き寄せ、サブ武器で攻撃というパターンで畳み掛けるのだが、今回はあっさりとドラゴンの尾を解放する。
「ガァァァア!」
敢えてダメージを与えようとせずに解放された屈辱からか、ドラゴンが吠えた。音が振動となってフロアを伝わり、遠巻きに見ていたモンスターたちが全力で逃げて行く。
果穂のパーティーメンバーも後ろへと下がる動きを止めることはできなかった。
威圧がフロアを荒れ狂う中、ひとりだけが下がることなく立ち続けていた。――果穂だ。
「……聞き分けないわね」
地の底から響くような低音が、果穂の口から漏れる。怒気をはらんだ、けれど激しくはない彼女の声に本物の恐怖を感じたのか、パーティーメンバーがひとり気を失った。
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それは圧倒的強者の命令。鞭を持った女の姿をした厄災が、大きさで遥かに勝るドラゴンを存在感で圧していた。
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敢えて鞭を巻き取って見せながら、果穂はドラゴンに問いかける。それは駆け引きとしての強がりだったが、果穂にとって幸運なことにはドラゴンは果穂ほど性格が悪くなかった。
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それは決して大きな声ではない。だからこそドラゴンに対しては不可解な恐怖を感じさせたのかもしれなかった。
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その自分を、おまえは従わせるに足る存在か?
ドラゴンの目に変化が現れた。果穂を探り、強さを計ろうとし始めたのだ。
もちろん、果穂は人間としては破格に強いがドラゴンと比べられる物理的な強さを持っているわけではない。彼女の強さは相手の行動の裏をかけ、真実にしか見えないはったりを貫き通せる腹黒くも賢い人間としての強さだ。
そうした睨み合いは数時間に及び、パーティーメンバーには緊張感に耐えかねて気絶する人間すら現れた。
ドラゴンの視線は、時間が経つにつれ凶暴性を薄れさせていった。それは、長時間にわたって自分に対抗し続ける果穂に対する好奇心が増してきていることを表す。
だが、決め手がなかった。果穂もそれはわかっていた。今まで沈黙を貫くことで自分の強者たる姿をドラゴンに見せつけていたが、もう一度「下れ」と言葉を発するべきか、頭の中で必死に計算する。
それは決めの一手になるかも知れないが、こちらの焦りをドラゴンに伝えることにもなる。賭けとしての勝率は五分。もっと格下相手ならその率でも賭に出たが、フレイムドラゴンをここまできた段階でテイムできなければ、死へと繋がるだろう。
その時、場の緊張感を台無しにするように、果穂の腹の虫が鳴いた。
「……そういえば、お腹空いたわ」
呟いて、果穂は内心「しめた」と思う。ドラゴンは今興味を持って彼女を見ているからだ。自分が何をするか、見届けようとするだろう。
だからこそ果穂は自分のリュックからサンドイッチケースを取り出し、ドラゴンの目の前で食べ始めた。この行動に、更にパーティー内でぶっ倒れる人間が出た。
食事と排泄は生物にとって最大の隙である。生きるか死ぬかの意思のせめぎ合いの最中、突然当たり前のようにその「隙」であるはずの食事を始めた果穂を見て、ドラゴンすらも目を見開き、あんぐりと口を開けて驚いていた。
――勝ったわ。
ドラゴンが果穂の隙を突かなかったことで、果穂は勝利を確信した。堂々とサンドイッチを食べてみせると、自らドラゴンに歩み寄り、今自分が食べた物と同じサンドイッチを差し出す。
「あなたも食べる?」
その余りの豪胆さに、パーティーリーダーの毛利は地面に頭を打ち付けた。
ドラゴンはしばらくじっと果穂を凝視していたが、果穂のその行動を「隙を見せても問題ない強者故のこと」と捉えたのだろう。
それまでもかなり自分に対して引かない人間に対して好奇心が勝ってきていたようだが、そこへもって更に見知らぬものが目の前に差し出されている。
人間はそれを食べて見せた。自分が食べなければ、こちらが弱者と認めるのと同じ。モンスターは特殊な一部を除いて概して知能が高いわけではないが、ドラゴンとなれば別格である。それでも、まんまと果穂の策略に嵌まったのだ。
果穂の差し出したサンドイッチに向かって首を伸ばし、フンフンと匂いを嗅ぎ、やがてドラゴンは舌を伸ばしてサンドイッチをペロリと食べた。――初めてドラゴンが口にした物は、ふわふわとしたものの間に塩気がある何かが挟まっていて、「もっと食べたい!」という誘惑を掻き立てるものだった。
『個体Ωが柳川果穂をマスターと認定。柳川果穂にジョブ【テイマー】を付与します』
「アギャ!」
「やった! うちの子ゲットだぜー!」
頭の中にアナウンスが響いたのと、ドラゴンが威圧感を消して一声鳴いたのは同時で、果穂はドラゴンに駆け寄ってその首に抱きついていた。鱗はルビーのような色合いで綺麗に重なり合っており、間近で見れば更にその美しさが際立っている。
「え、かほたん……………………マジでテイムしたの?」
魂が抜けたような声で毛利が尋ねてきたので、「したわよ!」と果穂は満面の笑みで返す。
ダンジョンアプリを見れば、ステータス画面に従魔として【個体Ω】と記載が増えている。その文字をタップするとフレイムドラゴンのステータス画面に切り替わったので、ステータスチェックの前に果穂は名前を考え始めた。
「赤いドラゴンだからやっぱりアグモ……はまずいかしら。んー、じゃあ一文字足してアグえもん。これでいいか! アグさん、今日からうちの子よ、よろしくね!」
「ギョ……ギョロロ……グルグルグル」
自分に抱きつき嬉しそうに体を撫でてくるマスターに対して、フレイムドラゴンは一瞬戸惑ったもののすぐに甘えた声を出し始めた。
従魔は他のモンスターと同じく、ものを食べなくても生きていける。
それを知りながら、果穂はペットを溺愛するようにアグさんに様々な食べ物を与えた。
「うちの娘もこれ好きなのよー。噛み応えがあって美味しいわよね」
「グワ!」
アグさんがいればフロアのど真ん中も安全地帯になる。平然とおやつのコーラグミを分け合って食べながら、果穂は娘の柚香の話を従魔に語った。
端から関係性だけを見ていれば、それは愛情と信頼で結ばれた従魔とテイマーだったろう。
けれど彼女らはただの従魔とテイマーではない。ファイター時代から巧みな戦術と強さで名を轟かせた果穂と、ボスより強いと言われるレア湧きモンスターのコンビである。既に一部で「歩く災害」という二つ名で呼ばれ始めていた。
それまでも「次代のトップパーティー候補」と呼ばれていた彼らは、ここから異次元の快進撃を始める。理由はもちろんアグさんの規格外の強さだった。
LV1でもそこいらのモンスターでは太刀打ちできないステータスを持っていたアグさんだったが、上級ダンジョンでの戦闘を重ねることで凄まじい勢いでLVアップし、更に強さを増していく。
そしてそれは、パーティーメンバーも同様だった。アグさんよりもLVが高かった関係上多少はLVアップのスピードは落ちたが、すぐに県内トップと言われる域に到達した。
その間に果穂は稼いだ金で「理想の家」を建てて引っ越しをし、何も事情を知らない柚香は様々な習い事に夢中になりながら、朗らかに元気の良い少女に成長していった。
果穂はアグさんを普段ダンジョンの1層に待機させていた。家にドラゴンを連れ帰るのはさすがの果穂も無理だと判断したからだ。
けれど他の冒険者から危害を加えられたことはない。強さが別格過ぎるのだ。
そうして数年、稼ぎに稼いでいた果穂は苦渋の思いで引退を決意した。
彼女とアグさんがダンジョンに現れると、他のパーティーがあからさまに嫌そうな顔をし、舌打ちをして去って行くのだ。
中には「いつどこで狩りするのか予告しろよ、避けるから」と棲み分けを提案してくる者たちもいたが、モンスターを狩り尽くしてしまうせいで自分たちが良く思われないことはひしひしと感じる。
恨みがこれ以上重なれば、顔が知られている以上ダンジョン外で何らかの報復を受けるかもしれない。
自分と夫は対処できるだろう。しかし、未だ中学生になったばかりの娘は――。
日々友達と庭で木刀を振り回している娘を想像し「案外いけるかも?」と一瞬は思ったが、高LV冒険者が複数で柚香を襲えば太刀打ちできるわけがない。
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