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神を殺す武器の巻

閑話 失恋した人たち・3

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 倉橋の「好きだったんだ」という言葉は自分の感情とシンクロして、彩花も胸が締め付けられる。

「ああ、そうか……なんでボク声を掛けられたんだろうって思ってたんだけど、振られた者同士でしかできない話ってのもあるよね。……うん、わかる、わかるよ。明るくて、優しくて、やることはめちゃくちゃに見えるのに実はいっつも他の人のこと考えててさ。ボクも、そういう彼女が好きだった。好きすぎて、死に別れても諦めきれなくて、生まれ変わる度に彼女を探して……2000年近く掛かったんだよ、ようやく出会えたのに、女同士って信じられる? あ、その前に、生まれ変わりって倉橋は信じられる?」

 今まで秘めていた事を倉橋にはすんなりと話せる自分に、彩花は驚いていた。突拍子もないことを言い出した自分を倉橋はどんな目で見ているだろうと思うと、少し怖い。

「……信じるよ。それが長谷部が柳川を好きになった切っ掛けだったっていうなら」

 けれど、返ってきたのは彩花の語ったことをそのまま受け入れる言葉だった。小碓王おうすのみこの魂が長いこと掛けて弟橘媛を求めて旅してきたことが、倉橋には受け入れられたのだ。そのことに、彩花の中の小碓の魂が震えた。

「信じられないかも知れないけど、ボクのずっとずっと昔の前世は小碓王って呼ばれてた。現代で言うとヤマトタケルっていう方が通りがいいけどね。……ゆずっちは、小碓の幼馴染みで弟橘媛おとたちばなひめっていったの」

 ヤマトタケルという古代史上余りに有名な英雄の名前を出しても、倉橋は驚いた声も上げずに黙ってじっと彩花を見つめていた。
 時折頷きながら話を聞いてくれる彼は「信じるから、全部話してみなよ」と彩花の背中を押してくれているかのようだ。

「結婚の約束をしてたけど、ボクは成人もする前に西に熊襲くまそ退治に行けって大王おおきみである父から言われて、死ぬかも知れない熊襲討伐をしてきてさ。武功も立てたし、これで日嗣皇子ひつぎのみことして穏やかに過ごせるって思ってやっと弟橘媛と結婚したのに、子が生まれたと思ったらすぐ今度は東にまつろわぬ者たちがいるから従わせてこいって。
 ……ボクさあ、強すぎて父の地位を脅かすからって嫌われてたんだよね。でも当時は、一生懸命言うことに従ってれば、いつか二心ないことをわかってもらえると思ってたんだよ。今思うと馬鹿だったよねえ。
 故郷のやまと――今の奈良県あたりなんだけど――そこから離れて、また長い旅が始まったんだけど、今度は一緒に弟橘媛が付いてきてくれたんだ。まだ幼い息子を置いて、彼女はボクを支えるために一緒にいてくれた。実はね、その時神の使いの白い狼も案内役として付いてきてくれててさ、それがゆずっちのヤマトなんだ」
「え、思わぬところに話が飛んで今混乱してるんですけど」

 倉橋の言葉は率直だ。それについ笑いが漏れる。
 辛かった、苦しかったと思っていた記憶は、思ったままに口にしてみるとそれほど彩花を苦しめなかった。

「ヤマトって実はボクの従魔になるはずだったみたい。でもたまたまその日ってダンジョン行かなくてさあ、ヤマトは先にゆずっちと出会っちゃったんだよね。それで神使の狼は長いこと共に旅をした仲良しの媛の従魔になっちゃったってこと。
 まあ、それで、旅の途中も焼津で焼き討ちに遭って剣で周りの草を刈って迎え火を付けることで難を逃れたり、いろいろトラブルがあったんだよ」
「その話って草薙剣の話だろ? それはさすがに俺も知ってる」
「うん、だからボクのクラフトしてもらった武器は草薙剣なんだ。今度見せてあげようか?」
「いいの? うわー、凄すぎ、見せて!」

 しんみりとしていたのに、草薙剣と聞いて目を輝かす倉橋に思わず彩花は笑った。さすがは日本刀を武器に選ぶだけあって食いつきが凄い。

「話逸れたけど、横須賀の辺りから東京湾を渡って房総半島に船で渡ろうとしたときにね、海が穏やかだったから当時のボクは調子こいて『こんな海など一飛びで渡れる』とか吹いちゃったんだよね。それが綿津見わだつみ――海の神の怒りを招いて、海は荒れ狂ってとても渡れない状態になっちゃって。
 海の神を怒らせたのはボクだから、本当はボクが神の怒りを鎮めるために生け贄にならないといけなかった。でも、弟橘媛はボクの身代わりになって自ら海に飛び込んだ……。今でも忘れられないんだ、最愛の人が、ボクの手を振り切って神に身を捧げるために自分から死に行こうとする姿が。
 今とは時代が違うから、弟橘媛以外にも妻はいたけどさ、生涯通して一番愛したのはあの人なんだよ。その愛する人は、ボクのせいで死んだ……」
「謝りたかったんだな、本当は。その愛する人に、生まれ変わった柳川に」

 すすり泣きを始めた彩花の背を、倉橋がゆっくり撫でた。言われた言葉がストンと胸に落ちて、自分の中にしみ通っていくのを彩花は感じた。

「だから、だから忘れられなかった……ボクが記憶を持ったまま生まれ変わる度、きっと彼女にも記憶があるはずだって思いながら彼女を探して……。でもゆずっちは覚えてなかったんだよ。あんなにも昔と変わらないのに、記憶だけなくて! ねえ、信じられる? 2000年愛し続けた人に『私も大好きだよ』って抱きしめられるの。友達として! 大好き、愛してる、結婚しよう――ふざけてるみたいな本音をずっと言いながら、ボクはずっと絶望してたんだよ!」

 今まで誰にも吐露できなかった本心を叫びながら、彩花は号泣していた。その背を倉橋がずっと幼い子をあやすように撫で続けている。

「なんか……ごめん。俺の好きと長谷部の好きじゃ重さが違いすぎたよ。俺、誰かに話して楽になりたかったんだ。長谷部なら俺の気持ちわかると思ったから話したんだけど、長谷部の方はそんな軽い気持ちで出すことじゃなかったんだよな。ごめん」

 しばらく彩花がわんわんと泣き続けていたとき、間近で重い音がした。驚いて隣を見れば、木刀を持った立石と頭を押さえて呻く倉橋がいる。

「慎十郎~……おまえは何をしてるんだ! 女の子泣かして!」
「あっ! ちが、違うんです! 倉橋はボクの話聞いてくれてて。てか、ボクらふたりとも同じ人好きになって失恋してて、その傷を見せびらかし合ってた? みたいな」

 般若のような形相の立石に、彩花は目元を拭って慌てて言い募る。傷を舐め合っているとは言いたくなかったから、見せびらかし合うなんて言葉を使ってしまったことを思うと自分がどれだけ混乱しているかがよくわかる。

「慎十郎と長谷部が……え? 同じ人好きになって……え? え? それって柚香ちゃんだよな。え? えーーーーー」
「もういいからあんた黙っててくださいよ! ややこしくなる! あと、慎十郎って呼ぶなってば!」

 立ち上がった倉橋が立石にヘッドロックを掛ける。唖然としてそれを見ていた彩花は、いつの間にか泣き止んでいた。

「わー、楽しそうー、私もこの道場に入門しようかなー」
「おー、歓迎歓迎。『二の太刀要らず』の笠間自顕流をみっちり教え込むぞー」
「やめときなよ、ランバージャック稽古だけなら門下生じゃなくても参加できるし」

 ヘッドロックをされながらにこやかに立石が勧誘し、嫌そうな顔で倉橋が却下する。技を掛けていても加減しているのだろう。その辺の信頼感が彼らの間には見えた。

「倉橋ってほんといい奴だよね。あーあ、今世で彩花として好きになるなら倉橋みたいな人にしようっと」
「えっ? 長谷部様はちょっと俺には荷が重いっていうか、次元が違いすぎて畏敬の念しか抱いてないんですけど」
「全部片付いて小碓の意識がもっと薄くなったら、有り余る女子力で落としてやるから覚悟しろ!」
「女子力? 長谷部の女子力? ……安永の女装の方が遥かに現実味があるんだけど」
「うっさいわ! これから女子力鍛えるんだもん!」

 真顔で首を傾げる倉橋の腹に、彩花は力を加減してパンチを叩き込んだ。加減したはずなのだが、倉橋は言葉にならない悲鳴を上げて体をくの字に折り、立石はそのあおりで放り出される。

「いやー、また楽しくなりそうだなー」

 砂浜を転がってから立ち上がってダンジョンハウスに戻りながら、倉橋と彩花を見て立石が心底楽しそうに呟いた。
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