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神を殺す武器の巻

閑話 失恋した人たち・2

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「これから、この木刀でここの木を斬り倒してもらう! 以上!」

 立石の説明は簡潔極まりなく、彩花の口からは「は?」と当然のように疑問の声が漏れた。しかも、説明を求めようとした倉橋は彩花のことなど気にせず、水を得た魚のように駆けだして行ってしまい、状況に置いてけぼりを食らっている。

「なるほどランバージャック……」

 サザンビーチダンジョンダンジョン4層。見上げるほどの木々が生い茂る森林エリアで彩花は気の抜けた声で呟いた。確かに柚香が諏訪ダンジョンの木を斬るのは見たが、稽古でそれをやる流派があるなんて考えたこともなかった。

「キエェェエエエアアアアァァァ!」

 参加者のひとりが物凄い叫びを上げて木に向けて木刀を振り下ろす。メシャ、というおよそ木と木がぶつかり合ったとは思えない音が響き、生えていた木が抉られて木片が辺りに散らばった。
 その光景を目の当たりにして、彩花は思わず乾いた笑いを漏らしていた。

「木刀で木を斬るって……いやー、大概あたおかじゃん?」

 呟きながらも、手にした木刀を握り直す。通常の木刀よりも重く、刀の形というよりはまさに木の棒そのままに見える。
 目がいつのまにか倉橋を探していた。彼は稽古とは思えない鬼気迫る表情で走り、その勢いを木刀に載せて木に打ち付けている。メリメリという音がして、倉橋が斬った木は抉られるどころか斬られた部分から折れた。

「見てた?」

 倉橋が振り向いてにこりと笑う。その瞬間に、直前まで彼を覆っていた鋭い気が散っていく。彩花は思わず詰めていた息を吐いた。

「あたおか……」
「それが常識的な感想だよなー。でも、運動エネルギーを攻撃に載せるっていうのが自顕流の破壊力の源みたいなもんでさ。柳川とか高AGIじゃん? うちの道場の剣術学んでから鬼みたいに強くなったよな。デスナイト戦の三段突きとかマジで震えた」
「ああ、確かにゆずっち向きだよね。でもボクに向いてるかっていうと」
「え? 長谷部は武器が違うんだから向いてなくてもいいんじゃない? 今日はその木刀で木を斬りまくってストレス発散しようぜ!」

 道場に勧誘する気もなく、向いてなくてもいいと言い切る倉橋に彩花は内心驚いていた。

「由井聖弥よりよっぽど王子じゃん」

 聖弥は優しげで華やかだが行動には大抵裏がある。王子は王子でも腹黒王子と言われる所以ゆえんだ。
 けれど倉橋は何も裏がなかった。彩花も倉橋が柚香に惹かれていたことは薄々気づいていた。自分が柚香を見ているとき、蓮と倉橋の視線もまた柚香に集まっていたのだから。
 失恋したのは彼も同じはずなのに、自分にとっては何の得にもならないはずなのに、彼は彩花にストレス発散しようと誘ってくれたのだ。

「……よし、やるか」

 よたよたと歩いてきた化けキノコを木刀の一撃で倒し、彩花は力強く一歩を踏み込む。

「やあぁぁ!」

 ――運動エネルギーを攻撃に載せる。倉橋の言葉を念じながら、彩花は目の前の木を敵と想定して渾身の一撃を叩き込んだ。重い打撃のせいで、手が痺れるほどの反動を感じる。

 倉橋が倒せたんだから、にできないわけないじゃん。
 
 不敵な笑みを浮かべた彩花の目の前で、生木が裂ける音が響く。やがて地面に重い物が倒れる音と振動が広がった。

「あ、やばい、これちょっと癖になるかも」
「おーい、長谷部! 叫び声出すな! 敵が寄ってくるぞ!」
「そういう師範の声がいつでも一番大きいんですよ!!」

 思わず彩花がにやけていると、立石の大きな声が響き、漫才のように倉橋がツッコミを入れている。
 
「あはははは! 楽しい!」

 飛びかかってきたミニアルミラージをフルスイングでホームランのように飛ばした立石を見て、彩花は柚香に出会ってから初めて、ただ無邪気に笑うことができたのだった。

 
「はいー、お疲れさん。ミルクティーでいいか? 女子高生っていったらミルクティーだよな?」
「じゃあ、ここは敢えてブラックコーヒーで」
「マジか……眠れなくなっても知らないぞ」

 ランバージャック稽古が終わり、稽古中に倒したモンスターのドロップ品を換金した後で参加者には飲み物が配られた。
 彩花は立石が差し出したいくつかの飲み物の中から、缶コーヒーを取り上げる。何故かその彩花の様子に立石はがっくりとうなだれていた。

「長谷部、こっちこっち」

 自分はミルクティーのペットボトルを持った倉橋が、ダンジョンハウスの外階段で彩花を呼ぶ。思う存分暴れ回った後は、冬の夜風は冷たいけれども心地よかった。

「ここ座れるから」
「あー、楽しかったー! 今日声掛けてくれてありがとね。倉橋のこと見直したよ」
「え、見直したって事は、元はマイナス評価だったってこと?」
「あったり前じゃん。ゆずっちを巡るライバルだったんだもん」

 パキッと音を立てて倉橋がペットボトルのキャップを外す。そしてそれを一口飲んでから、彼は弱々しい声でひとりごちるように呟いた。

「俺、文化祭の時に柳川に告白したんだ」
「文化祭の時……」

 彩花にとってもそれは忘れようとしても忘れられない日だった。蓮と手を繋いで教室に戻ってきた柚香の顔は自分に向けるものとは違っていたし、蓮が堂々と付き合い始めたと宣言したのは心臓が潰れるかと思うほどのショックだったから。

「俺が告白した後、突然柳川が泣き出してさ……俺のことは仲のいい友達だと思ってるけど、付き合うとかそういうのは全然考えたことないって。振られた方じゃなくて、振った方が泣いてたんだよな。それで、ごめんね、って言われて。
 振られるとは思ってたよ。柳川は安永のことが好きなんだって体育祭の時から気づいてたし。でも、頭でそう思っても気持ちはどうにもなんなくて、自分に引導渡すために告白したんだ。……なのに、柳川は俺にごめんねって言いながら泣いてて。好きだったんだよ、そういう柳川が好きだったんだ」

 言葉の途中から倉橋の声は掠れ始め、最後には嗚咽が混じっていた。
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