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神を殺す武器の巻

閑話 失恋した人たち・1

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「長谷部、髪の毛切ったんだな」

 実技実習の後に、武器を片付けながら彩花に話し掛けたのは倉橋だった。

「うん、切った。だって、失恋したら髪を切るってお約束じゃん?」
「ああ……失恋……したことになるのか? あれ? 今朝も『好きー!』って柳川に抱きついてたじゃん」

 最初こそ「なるほど」という顔をしていた倉橋は、途中から悩み始めた。今朝の彩花の行動は、どうみても失恋した人間の態度ではない。

「ううううう、頭ではわかってるんだよう、感情が納得できなくて暴走しちゃうときもあるけどさあ」
「だよな、わかる」

 彩花と一緒に一緒に箱を持ち上げながらしみじみと言う倉橋に、彩花は軽く目を見開いた。そこで穏やかな肯定が返ってくるとは思っていなかったのだ。

「……俺の経験則だけどさ、うちの道場のランバージャック稽古が今晩あるから来てみる?」
「は? なんか話が繋がってないんだけど」
「えーと、柳川から聞いたことない? 俺と柳川が通ってる湘真館って道場でやってる稽古なんだけど、サザンビーチダンジョンの森林エリアで木を斬り倒しまくるんだ。無心になれるしストレス解消になるよ。体育祭の時とか俺も柳川もストレス溜まってて、猿叫しまくりながら木を斬り倒しまくって、結構すっきりした。柳川最近ダンジョン出入り禁止だろ? だから来られないけど長谷部なら平気なんじゃない?」

 倉橋の彩花を思いやるような誘いに、彩花は僅かに俯く。その口から漏れたのは、我ながら嫌になるほど恨みがましい声だ。

「……いいな、倉橋は。ゆずっちと道場一緒で、ふたりだけの思い出とかあってさ」

 ケッ、と続けた彩花に向かって、今度は倉橋が唇を尖らせた。

「それを言ったら俺は中学一緒じゃなかったから、中学時代の柳川とか知らないし。そこはお互い様だろ。どう? 来てみる? 参加費無料で終わったらジュースくらい出るけど」

 沈んだ顔をしていた彩花は、ややあってこくりと頷いた。

「そういえば、諏訪ダンジョンの時ゆずっち伐採してたなあ。今宵の虎徹は血に飢えている……行ってやろーじゃん」
「ダンジョンハウスに8時に集合な。補正の付く装備は禁止だから、初心者の服着て来なよ。師範には俺から話しとくから。武器も道場にある予備のを貸すし」
「うん。……倉橋、ありがとー」
「お礼は稽古終わってからな」

 倉庫に武器をしまい終わると、ふたりはそのまま別れて次の授業のために教室へ向かった。

 湘南は温暖で有名だ。それでも冬の夜の海辺は、震えるほど風が冷たい。
 ダンジョンハウスでコートを脱ぎ初心者の服に着替えた彩花は、落ち着かない様子で周囲に視線を投げていた。

 冷たい風を避けるためか、初心者の服を着た若者が5人ほどダンジョンハウスにいる。この時間といい場所といい、倉橋と柚香の同門の人間だろう。
 ひとりでさまようことは慣れていても、彩花は知らない人の中でひとりでいることには慣れていなかった。

「ごめーん、遅くなった」

 そこへ倉橋が駆け込んできた。その言葉は彩花だけでなくその場の全員に向けた物らしく、口々に「遅刻ケツバットだよ」「倉橋が遅れるなんて珍しい」などと言い合っている。
 知った顔を見てほっとする自分がいるのを彩花は感じていた。一瞬前までの、居心地の悪さは今はない。

 倉橋慎十郎――柚香のラウル。一時期の恋敵のひとり。穏やかな性格はなんとなく知っていたけれども、必要な事以外話したことはないし、彩花にとって親しい人間ではない。倉橋に比べたら、一方的に彩花が喧嘩を売るという形ではあったがまだ蓮の方が話すくらいだ。
 ただのクラスメイトというだけの繋がりの相手が、何故かそこにいるだけでほっとした。

「おー、悪い悪い、遅れたわー。今日の体験者って誰だ?」

 倉橋の更に後に、20代後半とおぼしき男性が入ってくる。明るい声は周囲の空気を一変させる力を持っていて、彩花は落ち着いて手を上げることができた。

「私です。……クラスメイトの倉橋の紹介で。長谷部彩花です、よろしくお願いします」
「うわっ!? 驚いた! 美少女だな! 倉橋、柚香といい彩花ちゃんといい、どうしておまえの周りは可愛い子が多いんだ?」
「師範、長谷部と呼んでください。初対面で彩花ちゃんとか言うな、セクハラだぞ」

 密かに彩花が思っていたことを倉橋が代わりに言ってくれた。それどころか、青筋を立てたまま口元だけ笑顔で師範の首を絞めている。

「ギブ! ギブ! 悪かった! じゃあ長谷部、これ今日使う木刀な。普段は武器は何使ってる?」

 大げさに両手を挙げてみせる師範のジェスチャーで、倉橋は師範を解放した。そして、足下に置かれた荷物から、師範は木刀とも言い難い木の棒を取り出して彩花に放り投げてくる。

「普段は剣です。ショートソードとかのことじゃなくて、日本刀の剣」
「うひ、レア武器使ってるなあ。剣使いは見たことないわ。じゃあ、まあ今日の稽古は『こんな流派もある』程度に体験してってくれ。笠間自顕流は冒険者の流派だ。あんまりうるさいことは言わない。冒険者科なら一通り武器の扱いはやってるだろうし、踏み込みの勢いとかを木刀に載せて、一撃で敵を屠る! そんな剣術だと思ってくれ」
「一通り扱ってるどころか、長谷部はうちのクラスで白兵戦最強ですよ。柳川と手合わせしたときは形の上で降参してたけど、あれわざとなのが見え見えだったし」
「ひえー、柚香より強いってマジか? 今日のランバージャックは楽しみだな!」

 立石と名乗った師範は、いかにも楽しそうにコートを脱ぎながら更衣室に入っていった。

「悪い、師範って悪気はないんだけどとにかく空気読まない人でさ。あと異様に馴れ馴れしいからそれは先に俺が謝っておく」

 倉橋は肩を縮めて彩花に謝った。彼も立石師範がいきなり「彩花ちゃん」と呼ぶとは思っていなかったのだろう。

「んー、倉橋が制裁してくれたから許しとくよ。しょうがないね、ボクって美少女だし!」
「何も知らない人が見ればそう思うのかも知れないけど……」

 彩花に聞こえるかどうかの微かな声で倉橋がぼやく。彼はそのつもりだったのだろうが、彩花は常人以上に耳聡かった。

「私の特技は肉をそぐことですが?」

 立石から受け取った木刀を倉橋の首に当てて彩花がわざと平坦な声で言うと、倉橋は顔を引きつらせた。

「やめてください長谷部様。今の髪型と合いすぎてて怖すぎる」

 その言葉を聞いて、彩花は初めて倉橋の前で笑った。
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