【柴犬?】の無双から始まる、冒険者科女子高生の日常はかなりおかしいらしい。

加藤伊織

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文化祭!ダンジョンダンジョンダンジョン!の巻

第175話 記憶の残滓

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「お化けイヤッ! ぎょわーー!!」

 彩花ちゃんが叫びながら、剣をぶんぶんと振り回す。さっきまでの鮮やかな動きとは全く違って、本当に嫌な物に向かって木の枝で威嚇してる小学生みたい。

 幼い少女はそんな彩花ちゃんを見て目を見開き――すうっと消えていった。

「ぎゃー!」
「消えたァァァ!!」
「お化けー!」

 私たちは3人揃ってパニックになり、そこら辺に落ちてるドロップ品を急いで拾い集めるとそのまま1層への階段を上がった。途中で彩花ちゃんはべしょっと転んだ。

「はーっ、はーっ」
「消えた……消えたよ……なにあれ」
「良かった、付いてきてない」

 息を切らせながらダンジョンから出て、隣のダンジョンハウスに駆け込む。そこでやっと「ここは安全」と思えて、私たちは息を整えた。

「今日の狩りはもうやめよ。帰ろう、ね?」

 眉尻を下げて情けない顔で彩花ちゃんが言うので、蓮と顔を見合わせて頷く。
 そのまま私たちは男女別れて更衣室に入った。

 防具を脱いで制服に着替え、彩花ちゃんから貸してたインカム型頭部防具を返してもらうと、スマホがブルブルと震えた。
 手に取って見ると、すぐ隣の部屋で着替えてるはずの蓮からのメッセージだ。

『長谷部には見せるな』

 まず一言そんな文字が目に飛び込んできて、思わず彩花ちゃんからスマホが見えない角度で続きを読む。

『長谷部には見せるな。あいつ、態度がおかしかった』

 態度がおかしい……確かに、彩花ちゃんらしくなかったとは思ったけど、パニックでそれどころじゃなかったしなあ。
 蓮のメッセージに、どうして彼がそう思ったかを私は尋ねる文章を打ち込む。

『なんで? さっき彩花ちゃんだけ不自然だった?』
『鎌倉ダンジョンにいたときはゴーストとかに対して一切怖がってなかった。さっきの女の子も幽霊じゃない。思わず俺もビビったけど違う。幽霊とアンデッドモンスターの区別が付けられて怖がらない長谷部が、さっきの女の子を怖がるのはおかしい』

 蓮の指摘が余りにも的確で、私はすうっと背筋が寒くなるのを感じた。
 そうだよ、蓮はお化けが怖い人間だけど鎌倉ダンジョンのモンスターは怖くないんだ。区別付けられてるから。
 それに考えてみたら、今まで一緒にいて彩花ちゃんが心霊現象の類いを怖がってるのなんて見たことないわ。

 彩花ちゃんは、あの女の子を怖がる理由がない。幽霊も怖がらないし、モンスターも怖がらないんだから。
 じゃあなんだったと言うんだろう。
 私が考え込んでいると、付け足す様にもう一言メッセージが届く。

『影はなかったけどな、幽霊っていうのとはなんか違う』

 ぐえっ。思わずそんな声が出た。足下が裸足だって気づいたのに、影のことは気づかなかった!

「ゆずっちー? 出るよー?」
「あ、う、うん、今行く」

 制服に着替え終わって背中の刀袋に剣をしまった彩花ちゃんが、ドアのところで私を呼んでいた。
 更衣室を出ようとした瞬間、隣の彩花ちゃんに手を握られる。
 彼女の目は、戦闘中と変わらないくらい真剣だった。

「ゆずっち、これからはひとりでダンジョンに入っちゃダメだよ。できればボク……せめて由井聖弥とか安永蓮と一緒に入って」
「どうして?」
「危ないから」

 彩花ちゃんの声は落ち着いていて、私に言い聞かせる様な響きで。
 さっき「ぎにゃああああ!」とか叫んでいた人と同一人物とは信じられないくらい。

「私だけ危ないみたいな……」
「うん、ゆずっちだけ危ない。そんな気がするからとにかくひとりでは入らないで。さっきの女の子見たでしょ? 影がなくて、あんなところにいるとは思えない様な小さな子。――あれは、人間じゃないよ」

 淡々とさっき見た女の子について語る彩花ちゃんは、私のよく知ってる彩花ちゃんだ。蓮と同じく影がなかったことまで気づいてた。
 うん、むしろこっちの態度の方が長谷部彩花「らしい」。
 じゃあ、さっきの取り乱した行動は一体何だったんだろう?

「……わかった。なんかよくわからないけど、彩花ちゃんがそう言うなら」
「いい子。……あー、そうだ、ボクの剣持ってみる? ちょっと持ってみない?」

 頭撫でられて、いつもと違うなと思った次の瞬間にはいつもの彩花ちゃんに戻ってて、こっちの頭が混乱するわ。

 興味はあったから持たせてもらったら、なんか思ってた通りの重さと質感の剣だった。予想通りというか、まるでよく知ってるものみたいな。

「なんか思い出したりしないー?」
「いやー? 敢えて言うなら横浜の歴史博物館でこんな剣見たなって事を思い出したかな」
「えっ、土偶とかと一緒に置いてある銅剣じゃん?」
「まさにそれじゃない?」
「ひっどー。これヒヒイロカネなのに」

 あっ、そうだ、ヒヒイロカネだったね。やだなあ、そんな大事なことも……って、今私何考えてた?
 まるで、この剣がヒヒイロカネ製であることを、前から知ってたみたいに。

 また、背筋がぞくりとした。冷たい汗が額に滲む。

「これ……返すね」
「えー、もっとじっくり見てくれてもいいんだよ? なんなら鑑定しても」
「いやいや、ママじゃあるまいし、私刀は好きだけど剣は守備範囲外だよ。まして草薙剣くさなぎのつるぎなんて持ってるの怖いし」
「やっぱ怖いかあ。じゃ、しまうね」

 彩花ちゃんは満足げにニコッと笑うと、反りのない形の剣を刀袋に収めて背中に背負った。

「じゃー、換金してマジックポーション買って帰ろ! マジックポーションは明日学校で渡せばいいよね」
「……うん」
「ゆずっち? 顔色悪いよ?」

 ――私、なんて言った?
 草薙剣なんて持ってるの怖い、どうしてそう言えたの?
 鑑定もしてないのに。

 でも、私は知ってた。妙に馴染みあるあの剣が「草薙剣」だって事を。

「ゆずっち? 大丈夫!?」

 耳鳴りがする。頭の中でざざんざざんと。
 耳鳴りじゃなくて波の音? わからないけど、彩花ちゃんの声も遠くなって……。


 次に私が目を覚ましたとき、ママが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
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