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夏休みのあれこれの巻

閑話 その裏側

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「弱いなあ、もう」

 絶命した相手の胸から剣を引き抜き、黒服の少女が無表情で呟く。

「ステータス頼り、武器頼りだからダメなんだよ。ま、現代人じゃしょうがないかな」

 殺す殺されるに慣れてなんかないもんねえ。
 軽い調子で呟かれる言葉は、少女が見た目に寄らず数多の死線をくぐり抜けてきたことを示していた。

「由井聖弥は気に食わないけど、自分たちを狙ってる相手を一網打尽にしたことだけは褒めてあげてもいいな。全く、ゆずっちは余計なものまで引き寄せすぎ」

 足下に転がる死体は5体。
 それ以外に実際に柚香たちを襲ったグループがあったのも確認したし、他パーティーが別の襲撃犯を片付けたのにも彼女は気づいていた。

「うーん、この調子だとあと1組くらいはいてもおかしくないなあ。――撫子なでしこ

 少女が撫子、と名を呼ぶと、彼女の背後に白い服を着た幼子が不意に現れた。現実味もなければ影もない。明らかに人外のモノである。

「他に不穏な動きをしている輩がいないか、見て参れ。それと、こやつらの持っている金になりそうな物は全て回収しておけ。あとはいつも通りに傀儡くぐつどもに任せよ」
「御意」

 白い幼子は短く呟いて頭を下げる。尼削あまそぎの絹糸のような黒髪がサラサラと流れた。

 撫子が去るのを確認することもなく、殺人を犯したとは思えぬいつも通りの様子で、長谷部彩花は軽い足取りで歩き出す。

 スマホでourtubeを開いてY quartetの現在の状況を確認し、彼女は満足そうに頷いた。
 その様子は学校の自転車置き場を歩いている時と全く変わらず、ダンジョンの中にソロで潜っている高校1年生に相応しい立ち居振る舞いではない。

「こっちは目的達成、無事離脱、っと。もうちょっと時間潰さないといけないから、10層辺りまで潜るかな-」

 初心者が持つショートソードを手にしているにしては、彼女の言葉はあまりにも当然のことのように響いた。


 時は遡って配信前日の夜。
 鎌倉ダンジョンのダンジョンハウスには合計12人の男女が集まっていた。
 本名を明かさずハンドルネームでの自己紹介が始まったところで、勢いよくドアが開き、13人目が登場した。

「どうもどうも、みなさんこんばんは。娘たちのために動いてくださってありがとうございます」

 遅れたことに悪びれもしない13人目の人物は、羽の付いた仮面を被って怪しさ爆発だった。けれども、スレッド民にとって彼女は見慣れた存在である。

「ゆ~かちゃんのお母さん!?」
「さ、サンバ仮面……」
「ええ、諸事情あって顔バレしたくないもので、この状態で失礼しますね」

 果穂は仕草だけは優雅に、口元に手の甲を当てる。すらりとした立ち姿に落ち着いた服装。サンバ仮面がなければちょっと上品にすら見えるのに、平然とサンバ仮面を着けている辺りに豪胆さと残念さが滲み出ていた。

「どうしてここに」

 身のこなしの隙のなさから冒険者と見えるひとりの男性が、当然の疑問を果穂に向かって尋ねる。

「私もスレ民なもので。娘も驚いてましたけど、根っからのオタクなのでその辺の情報収集は抜かりなく」
「スレ民ー!?」
「ゆ~か母が!」
「ぎょええええええ!!」

 ダンジョンハウスには、「観察対象の母親に全部見られてた」事態に対する阿鼻叫喚の声が響き渡った。


 全員が落ち着くには少しの時間が必要だったが、集まっているのは冒険者である。一度正気に返れば、盤上の戦術議論に真剣な表情を見せた。

「襲撃は5層……なるほど、確かにそれは説得力がある」
「襲撃犯も複数いるだろうという可能性は、その通りですね。危険の割にボロい儲けですし。ヤマトさえ押さえておければ」
「ゆ~かちゃんの、これまで袖すり合った程度の縁しかないSE-RENをこれだけ援助してるような優しい性格を考えたら、人質を取られたら抵抗できるわけないですもんね」
「まして今回はダンジョンエンジニアがゲスト参加すると言ってるし、普通に考えたらゲストは寧々ちゃんで、彼女も強くないことが知られてるし」
「でも俺たち、なんだかんだ言っても、ゆ~かちゃんのそういう甘いところを微笑ましく見てますし……少なくとも、ここに集まった奴らはそうでしょう」
「ありがとうございます」

 自分たちにとっての利益もないのに、娘たちのために駆けつけてくれたスレ民兼冒険者の面々に、果穂は深々と頭を下げた。

 そこで果穂が説明したのは、まだネット上でも存在が知られていない寧々のアルミラージを主軸にした奇襲計画だった。

 マスターの寧々、それとキーであるアルミラージのマユ、そして彼女らの護衛は幻影魔法を使って5層に潜み、配信を見ることで柚香たちの行動を把握しながらすぐに助けに入れる位置をとり続ける。

 Y quartetは攻撃力と防御力は高いが、トリッキーなことができる構成ではないことが知られているため、幻影魔法に対する耐性については襲撃側も準備はないだろう。

「じゃあ、明日はこのリボンを肩に付けて味方の印にしましょう」

 果穂がごそごそとバッグから出したのは、しっとりとした艶のあるオレンジ色のサテンのリボンに安全ピンを付けたものだ。小さいながらも存在感があり、目印としては悪くない。
 
「用意がいいですね」

 20代半ばに見えるが落ち着き払った青年が、感心したように袋を覗き込み、リボンをひとつ取った。
 それに対して、にこやかなままで果穂が答えた内容には、数人が頭を抱えた。

「コスプレしてるもので、常時家にこういう物はあるんですよ」
「あ、この色って、もしかして『春風ストライクス』の!?」
「やだー! 分かって貰えたー! そう、ノリくん推しなんですー!」

 数少ない女性参加者のひとりが反応を示し、一気にテンションの上がったサンバ仮面が飛び跳ねる。

 もしその場にいた彼らがスマホを取り出せ、スレッドに書き込める状況だったらこう書いていただろう。

『カオスwww』と。


「もしそれを付けた人間が敵対行動を取ったら……」

 それぞれがリボンをひとつずつ取ったところで、果穂が真顔で警告を発しようとした。けれど、言葉を引き継いだのは別の女性だ。

「容赦なく潰します。獅子身中の虫はいらない」

 軽い微笑みとともに告げられるのは、自身の実力に裏打ちされたような重みのある言葉だった。彼女の後ろで背の高い青年が頭の後ろで手を組んでため息をつく。

「アネーゴに呼び出されてきたけど……もしそんな裏切り考えてる人がいたら、明日来ない方がいいよー。本当に死ぬぜー」
「アネーゴ……もしかしてSE-REN推しのモブ姐さん?」
「ううん、それは私」

 果穂と春風ストライクスの話題でひとしきり盛り上がった眼鏡の女性が頭を振り、代わりに、「アネーゴ」と呼ばれた女性が自己紹介をする。
 落ち着いた口調には威厳すら感じられ、高LV冒険者であることが窺えた。

「名乗っておきますね。私は『横須賀のじようつい』こと『ライトニング・グロウ』の藤堂颯姫さつきです」

 県内ではそれなりに知られた名に、その場の冒険者たちがざわめいた。
 配信こそしていないが、「ライトニング・グロウ」と言えば上位を窺える位置にある成長株のパーティーとして時折話題になる。

「横須賀の破城槌が女性だったなんて」
「驚いて。しかも私これでもウィザードなの」
「ウィザード!? 武器が角材なんだよな!?」
「なんか多彩すぎたらしくて、適正武器に角材出てきたときは崩れ落ちましたけど……一応角材でも魔法発動できるんで。白兵戦もできるし使い勝手いいですよ」

 何か少し諦めた調子で笑う颯姫に、周囲も乾いた笑いを浮かべた。

「スレ民は私だけなんだけど、うちのパーティー全員連れてきたから戦力的にはかなり高いと思うんです」
「パーティー分けしましょう。『ライトニング・グロウ』はそのメンバーで動くとして……」

 ダンジョンハウスでの話し合いは、深夜近くまで続いたのだった。
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