128 / 271
冒険者科夏合宿の巻
第120話 損と得
しおりを挟むエルダーキメラを倒して、私たちは隠し部屋へ向かう。
その途中でどうしても気になったことがあったので、私は安達先生に思いきって訊くことにした。
「先生、今倒したのって、エルダーキメラで間違いないんですよね? 変異か何かでちょっと大きくなったキメラって言うわけじゃなくて」
「なんだなんだ、変なフラグを立てようとするんじゃない。あれはエルダーキメラで間違いなかったぞ。なんなら魔石を鑑定するか? どうしたんだ?」
「エルダーキメラ、思ったより小さかったんですけど」
私の疑念の正体に、安達先生が一瞬ポカンとした顔で私を見る。
あれ? 変なこと言いましたかね?
「いや、あの大きさで間違ってないぞ? ドラゴンもあのくらいだからな」
「私が見たフレイムドラゴンはもっとでっかくて、赤い小山かな? ってくらい大きかったので」
「柳川……どこで見たかは知らないけど、フレイムドラゴンと普通のドラゴンを一緒にしちゃダメだ……あれは上位種だぞ。大きさが違う」
そっかー! エルダーキメラが小さいと思ってしまった理由、基準としてるドラゴンの大きさがそもそも間違ってたんだ!
アグさんって普通のドラゴンより大きかったんだー!
そういえば、普通のドラゴンは見たことないわ!
「わかりました! 根本から私の基準が間違ってました……」
自分の勘違いにちょっとへちょんとしながら笑って誤魔化すと、安達先生は「何事もこれからの経験だな」と先生らしくまとめてくれた。
そして、隠し部屋が近くなってきたとき――。
「待て、変な音がする」
安達先生が手を少し上げて後続を止めた。一瞬にして私たちに緊張が走り、不測の事態に備える。
耳を澄ませば、くぐもった声以外にもドタンバタンという音。例えば人が派手に暴れているというほどではないけど、ジタバタしてるような。
「橋本パーティーにはヒーラーはいますが、何か緊急事態かもしれない」
「だとしても、大泉先生からこちらに連絡が入るはずだが……突入しましょう」
安達先生と片桐先生は頷き合い、隠し部屋に駆け込んだ。
そこで私たちが見た物は――。
『ここをキャンプ地とする、じゃあないんだよォ!』
「う、うぐっ……」
「ふふ……ふふ」
地面に置かれたスマホから大泉先生の声が流れ、その周りで震えながらうずくまったり転がったりしている5人の2年生の姿だった。
橋本パーティーは全員が無事だった。
隠し部屋に逃げ込んだ時点では怪我してる人もいたそうなんだけど、全てヒーラーが治療済み。
安達先生と片桐先生が私たちを連れて救助に向かっている間、スマホのバッテリーを確認しながらではあったけど、悲観に走って不用意な行動を取らないように、大泉先生がずっと喋っていたらしい。
喋っていた、というか、漫談? お笑い? 先輩曰く「R-1いける」って凄い力強く言ってたけど。
食堂で喋っていたらしく、スマホ越しに背後でどっかんどっかん笑いが起きてたのが聞こえたそうだ。
でもここは隠し部屋。遠慮無く笑い転げたりしたら、部屋には入ってこられないにしろモンスターを呼び寄せてしまう。橋本パーティーの先輩たちは全員口にハンカチ詰めたり指を噛んだりして大声を出すことを堪えながら、ジタバタと悶えていたそうな。――それが、安達先生の聞いた変な音の正体。
そんなことを、地上に向かって帰りながら聞いた。
モンスはぼちぼち湧き始めてたけど、戦力飽和パーティー+普通のパーティーでの移動だし、今度は急ぎじゃないから全く問題にならず。
せっかくなので、五十嵐先輩に痺れ毒を付与してもらった棒手裏剣も使ってみたりした。中距離かつ先制で麻痺を付与できるのはいいね。当たればだけど、私は棒手裏剣の習熟度は高いのだ。
ひとつ出て来た問題は、毎回棒手裏剣を回収しないといけないこと。これがなければ使い勝手いいのになあ。
前に彩花ちゃんと1on1をやったときに「サブ武器にならないサブ武器を持つ奴」って言われたけど、ちょっと実感。いざというときに使い捨てできる投擲武器を考えないといけないね。
まあ、倒したらドロップを拾いに行くから、大体は回収できるんだけども。例えば逃げながら足止めのために使ったりする場面では、アポイタカラ製はちょっとね。
「あっ、ゆーちゃん! お帰り」
私たちがセミナーハウスの食堂に入ると、涙を指で拭きながらあいちゃんが迎えてくれた。その涙は――うん、笑いすぎだね。口元引きつってるし。
「大泉先生が面白い話してたって?」
「そーなの! もー、お腹よじれるかと思った! 何人か過呼吸起こして部屋で休んでるよー。私も思い出し笑いで時々――んふっ」
「なにそれ私も聞きたかったぁぁぁぁ!」
片桐先生と安達先生と一緒に潜ったのは、凄い勉強になった。的確な指示出しができる人といると、こんなにも楽に戦えるんだって目から鱗が落ちた。
特に蓮の運用については、私か聖弥くんがその「的確な指示」を出せるようになったらベストだと思ったよ。私よりは聖弥くんの方が、役割分担やコンビネーションの面からみて適役かもしれない。
どうしよう、私たちだけ追加ですっごい得してない? ……なんて思ってたんですよ、さっきまで!
ところが、食堂に残ってる生徒と橋本パーティーは大泉先生の爆笑トークが聞けたから、めちゃくちゃ楽しかったらしい。誰か録音してないかと思ったけど、まさかそんな面白いことになるとは最初誰も思っておらず、途中からは完全にみんなが聞くことに必死になってしまって、録音はされてなかった。残念!!
遅い夕飯を食べてから、もう一度お風呂に向かう。そしたら、橋本パーティーのメンバーだった先輩がふたりお風呂にいた。
「あっ、ゆ~かちゃんだ! さっきは来てくれてありがとう!」
「立候補してくれたんだって? 嬉しかったよー」
そんな風に言ってもらえると、行ってよかったなって思うよね。私も救われるー。
向こうは私のことは知ってたけど、私はまだ名前も聞いてなかったのでお風呂で今更自己紹介をしあう。
西山蛍先輩はヒーラー。原田陽葵先輩は近接ファイター。ふたりとも戦闘専攻で、普段から橋本パーティーとしてダンジョンに潜ってるそうだ。
「今まで上級生に知り合いがいなかったので、先輩たちと話せて嬉しいですよー」
「夏休みが明けたら体育祭もあるし、仲良くしようねー」
「うんうん、冒険者科は大変だからさ。行事で縦の繋がり作らないとね。いろんな情報も貰えるし」
「そういえば、合宿に来る前に3年生の五十嵐先輩も同じ事言ってましたけど、体育祭そんなに凄いんですか?」
「北峰の体育祭は――もはや戦いだからさ」
「普通科、おかしいよ。ひとつの行事に掛けるエネルギーじゃないよ、あれは。進学校って頭おかしい人が多いわ……」
西山先輩と原田先輩は一瞬遠い目をして、物騒なことを言った。
え、待って?
確かに北峰の普通科は地元では有名な進学校だけど、体育会系の冒険者科がドン引く体育祭ってどんななの!?
13
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
逆ハーレムエンドは凡人には無理なので、主人公の座は喜んで、お渡しします
猿喰 森繁
ファンタジー
青柳千智は、神様が趣味で作った乙女ゲームの主人公として、無理やり転生させられてしまう。
元の生活に戻るには、逆ハーレムエンドを迎えなくてはいけないと言われる。
そして、何度もループを繰り返すうちに、ついに千智の心は完全に折れてしまい、廃人一歩手前までいってしまった。
そこで、神様は今までループのたびにリセットしていたレベルの経験値を渡し、最強状態にするが、もうすでに心が折れている千智は、やる気がなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる