118 / 271
冒険者科夏合宿の巻
第110話 さすやな
しおりを挟むセミナーハウスの食堂へ向かいながら、私は午前中に起きたことを反省してた。
原因は聖弥くんではあるけども、パーティーリーダーなのに行動確認をしっかりしなかった私のミスだ……。
聖弥くんとダンジョン行ったのは大涌谷だけだけども、普段が腹黒いくらいしっかりしてるから、油断してた。
冒険者歴が私たちより浅く、専門教育も受け始めてから間もない。知識も心構えも足りない、それに気づけなかった。ついつい、他のクラスメイトを基準にしちゃってるんだよね。
蓮はビビりだから、割と心構えは過剰な方だ。それも悪く働いた。
「はー、午後はちゃんと口に出して全部確認取らないとねー」
「ヨシ! って?」
手を洗って合流してきたかれんちゃんが、フラグにしか思えないセリフとポーズをとる。それはやめて……。
「なんかあったの?」
「まあちょっとねー」
今は詳しく説明する気になれない……と若干しょんぼりしつつ食堂に入ったら、中から歓声が聞こえてきた。
「やったー、牛丼だー!」
「これはラッキー」
「去年は3日目だったもんね」
牛丼? そんなに先輩たちが沸くほど美味しいんだろうか。
テーブルにはザルに入った生卵が置いてあって、「掛けたい奴は好きに掛けろ」という事らしい。
列に並んでトレイの上に牛丼とサラダを受け取って、朝と同じテーブルに着く。
全員揃ってから「いただきます」なんだけど、「牛丼だぞー! 早くしろー!」って声まで掛かって、速やかに列が形成されて、どんどん席に着いていく。なんだこれは。
「噂の牛丼……」
「先輩がこんなに気合い入れるほど美味しいのか」
「うまそー」
丼の白いご飯の上に乗ってるのは、ちょっとお店のより色が濃いめの煮込んだ牛肉とタマネギだ。汁は少なめ……に感じるけど。
「1年生ー! アレルギーない奴は絶対卵も掛けろよ!」
そんな注意まで飛んでくる。……凄すぎない? 先輩の牛丼への気合い。
さすがに私たちもざわついてたら、先生たちが凄いスピードで滑り込んできて、3年生の担任の先生が声を張り上げた。
「冷める前に食べるぞー! いただきます!」
「いただきます!!」
うわっ、2年生と3年生、声がぴったり揃ってる! 昨日の夕食でも今朝の朝食でもこんなことなかったのに!
卵掛けろと言われたから、ザルから卵をひとつ取って、牛丼の真ん中をちょっとへこませてそこに卵を割り入れる。小鉢みたいなものはなかったので、丼の中で直接卵を崩してお肉と絡めてから、ご飯も一緒に口に――ファッ!?
「おいしー!?」
「美味しい!!」
「なにこれー」
「んまー!? なにこれ、今まで食べた中で一番美味しい!」
私の周りからも次々に上がる驚きの声!
味が濃いめなんだけど、甘みが強いわけではなく、くどくなくてペロッといけちゃう! しかも、かなり煮込んでるらしいお肉がご飯と同じくらいの固さで、噛むとお肉が溶けていく。
牛丼って言うか、これはもはやすき焼き丼!? みたいな味だよ。
「美味しっ! やばー、お替わりあるかな? 早いもん勝ち?」
お肉に厳しいあいちゃんまでもがそわそわする牛丼! チェーン店のとは全然味が違う。
隣のテーブルの中森くんなんか、丼で顔が隠れる勢いでかっ込んでるよ。
これが、セミナーハウス名物の牛丼か。美味しい、美味しいよー!
「牛丼に卵掛けて食べるの初めてなんだけど、美味しいねー」
寧々ちゃんも卵掛け牛丼にハマったみたいで、いつもとは全然違うスピードで食べてる。
「ハイハイ、お替わりあるよー! ひとり1回、大盛り、並、小盛りって指定してねー!」
調理のおばさんが声を張り上げたので、1年生は歓声を上げた。既に上級生の中では1杯目を食べ終わってお替わりに行く人すらいる。早いよ!
結局――大盛りでお替わりしてしまった……。というか、クラス全員お替わりしてた。とんでもねえ。
「牛丼偉大……悩みが吹っ飛んだ」
お腹いっぱいすぎると動きが鈍るとか、そんなこと言ってられるかー! って味だったよ。もう、一口ごとに幸せなんだもん。肉と生卵のハーモニーは正義だね。
夏休みの間にパパとママも連れてきたいな。絶対ママに食べて貰って再現して欲しい。あー、でも毎日じゃないんだよね。先輩たちも去年は3日目だったって言ってるし。
「牛丼って何日に1回出るんですか?」
うちとかれんちゃんの班が皿洗い当番だったので、食堂のおばさんに訊いてみた。訊かずにいられないよ!
「お昼はカレーと牛丼が交互なんだよ。美味しかったでしょー。カレーより牛丼の方が圧倒的に人気があってね」
「すっごい美味しかったです! うちの母にも食べさせたいと思って! じゃあ、2泊すれば確実に食べられるんですね」
やったぜーとウッキウキになってたら、丼を洗いながらかれんちゃんが半目になって呟いた。
「確か一般だと1泊4500円だよね……」
「お昼足すと5000円だよ」
「宿泊施設としては安いかもしれないけど、周りに観光するような場所何もないのに」
口々に水を差すクラスメイトたち! そんな! さっきあんなに盛り上がりながら一緒に牛丼食べたじゃない!?
「さすやな……」
虚無顔で柴田さんがぼそっと言った。
そんな「さすが柳川」を略されても……。
13
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる