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50 夢での再会

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 白い靄の中で私はひとり佇み、これからこの場所を訪れる人々を待っていた。

「ミカコさん!?」
「レティさん!」
 
 最初に現れたのはレティシアさんだった。私たちは駆け寄ると勢いで抱き合ってキャッキャと飛び跳ねる。

「これは、夢? 夢よね」
「はい、夢です。伝えたいことがある人たちがいるから、魔王様にお願いしてこうして夢で会わせてもらうことにしたんです」
「魔王様? ミカコさんたちは今は南の魔王様のところにいるのね?」
「そうです。あの時レティさんが子供たちをうまく逃がしてくれたから、ちゃんと合流してうまく行ったんですよ。本当にありがとうございました!」
「もしや、貴女が『千里眼の聖女』レティシア様ですか?」

 手を取り合ってる私たちに後ろから声が掛かる。振り向くとそこにはハーストン伯がいた。

「ええ、私がレティシアです」

 瞬間的に聖女モードに入るレティシアさん。夢の中でも猫は被るんだなあ。
 まあ、夢と言っても複数の人間の意識を繋いでいる以上、奇妙に現実感があるのかもしれない。

「ちょっと待ってて下さいね。あと4人来るはずですから」
「これは一体どういった状況なのかな?」
「面倒なので全員集まってから説明しますね」

 ひとりひとり説明してたら、本当に面倒だもん。
 ほとんど間を置かずに、クリスさん、ライリーさんが姿を現した。ふたりとも辺りを見回し、その場にいる面々を見て驚いている。

 そして――。

「ああ、あんたは……あの時の」
「何故余の夢にそなたがおるのだ」

 最後のふたりは、私たちがこの世界で初めて会った村人のマックスさんと、フロードル国王リチャード3世。

「最初に言っておきますが、これは夢です。夢ですが、魔王様のお力を借りてみなさんの意識を繋いでいます。夢であることは間違いないですが、ただの夢だとは思わないでください」

 私がきっぱりと言うとマックスさんは苦しげに目を伏せ、リチャード3世は不快そうに眉を寄せた。

「私たちはこの世界に増えすぎた魔物を倒すために元の世界から喚ばれました。マックスさん以外はこのことをご存じですね? そして、間もなく目的を達成して元の世界へと戻るでしょう。それは神の定めたことです」

 マックスさんが驚愕を顔に貼り付けている。リチャード3世は無言だけど、あとの4人はうんうんと頷いていた。

「この世界で、色々なことがありました。親切にされたり、利用されそうになったり……。だけど、ここよりも豊かな世界から来た私たちは思ったのです。『ここに、もっといっぱい食べ物があればいいのにね』って。戦争を起こさずに国を富ませ、気候が険しい地域でも食べていくのに不自由しないようになればいい、と」

 私の言葉にマックスさんが勢いよく顔を上げ、リチャード3世が目を見開く。特に紹介はしなかったけども、ハーストン伯は彼の態度に何かを察したようだった。

「なので、私たちからあなた方への気持ちとして、これを置いていきます」

 私の言葉で、足元に2種類の苗が現れた。それは、ジャガイモの苗と、サツマイモの苗。
 お礼を言いたい、恨み言を言いたい、全部含めて、私たちは置き土産を残していくことにしたのだ。

「これはジャガイモと言います。野菜ですが穀物の代わりになる食べ物です。寒いところでも育つし、年に2回収穫できます。私たちの世界でも過去に何度もこの野菜が飢饉から人々を救ってきました。
 そして、こっちはサツマイモ。これも痩せた土地でも育つし、繁殖力が強くて育てやすく、しかも甘いので人気がある野菜です。2種類あるのは、ひとつの作物に頼ると病害が起きたときにとんでもない飢饉に見舞われる危険があるからです。
 育て方と食べ方の注意はここに書きました。私たちの世界の文字ですが、魔王様のお力でこの世界の人でも読めるようにしてあります。これがただの夢でないということを忘れないで下さい。あなた方が目覚めたとき、この注意書きと苗が側にありますから、それを育てて広めてください」

「そなたは、我らに憐れみをかけるつもりか?」
 
 険しい顔をしたリチャード3世に、私は真正面から言い返した。

「そうですよ! 気候が険しく痩せた土地が多い国を憐れんだが故です。本当に自分勝手ながら、満足に食べられない人がいることを『可哀想』と思ったのでこうしました。
 貧しさのために戦争を起こす? 本末転倒でしょう! 戦争なんてしなくてもお腹いっぱい食べられるようになればそれでいいじゃないですか! 偉い人ほど身近で大事な幸せに気付かなくなるんですよ、馬鹿みたい! ねえ、マックスさん、そうですよね? とにかく村の人が食べるのに困らず、穏やかに生きていければいいと思いませんか?」

「あ、ああ……。あんたの言うとおりだ。食い物が足りなければ心がすさむ。もっと足りなければ、食う人間を減らすしかなくなる。食うために盗賊まがいのことに手を染めたり……俺はそういうことは嫌だ」
「ですって。聞きましたか、リチャード3世。あなたは、こういった民を救おうとして、真逆のことをしようとしたんじゃないですか? 『富むための戦争』で命が失われるなら、本当に馬鹿馬鹿しい! 私はそんなことで見知った騎士が死んだりしたら、遠くの世界から呪いますよ。
 大事な話をします。この世界に魔物が突然増えてしまったのは、なかなか文明が発展しない世界を哀れんで、魔王様が神様に『地を富ませたい』と頼んだ結果、神様が少し失敗したからです。この世界には全ての人々を慈しむ存在が実在することを知っておいて下さい。そして、その存在が大いなる力を持っていることも。
 この作物で人々のお腹は満たされて、人口も増えるでしょう。だからって戦争を起こそうとはしないように後々まで伝えて下さいね。そんなことに利用したら、毒となるようにしましたからね!」

 最後の一言だけは嘘だ。ジャガイモもサツマイモも、そんな使い方をしても毒になったりはしない。でも、脅しは必要だった。神も言っていたけど、爆発的な人口増加は戦争を引き起こす可能性が高いから。

「まあ、口で言っても忘れたり伝わらなくなったりするかもしれないので、その辺も注意書きに入れておきました。それと、これは試食です。食べてみてください」

 今度はそれぞれの手に皿とスプーンが現れる。皿の上に乗っているのは、牛乳と塩を足して作った簡単なマッシュポテトと、塩味のフライドポテト、そして焼き芋と、希望のぞみちゃんが今日の昼間作ったスイートポテトだった。

「ああ、懐かしい味ですね。貴女方と旅をしているとき、確かに食べました」

 マッシュポテトを口に運んでクリスさんが笑顔になる。その隣では焼き芋を頬張ってレティシアさんがよく似た笑顔を浮かべていた。

 皿を持ったまま、マックスさんがまだ苦悩を浮かべた顔で私に問いかけてきた。

「俺たちの村は、あんたたちに酷いことをした。あの時、許さないと言っていたな。あの声が、俺は未だに耳から離れない……。なのに何で、こんなことをするんだ?」
「今でもされたことを許したわけじゃないですよ。でも、結局貧しさのために村の人たちがああいう行動に出ざるを得なかったのなら、ここに解決策があると伝えたかったんです。私の世界に『罪を憎んで人を憎まず』という言葉があります。まあ、私は心がそんなに広くないので憎みますけどね! ……でも、マックスさん、多分あなただけは村の他の人と違ったから。あなたにこの苗を託したら、そのうちあの村の子供たちはこれ以上苦しまなくていいようになるだろうし、その結果ビニーさんや村長さんには大いに反省してもらいたいと思ってます!」
「は、はは……そうか。憎んでるから反省させたいのか。そりゃあいい。――ああ、うまいなあ。腹一杯食べられれば、確かにみんな喜ぶだろうし、あんたたちを売ろうとした奴らは居たたまれないだろうな」

 吹っ切れたようにマックスさんは笑い、しみじみと皿の上の料理を味わった。

「これは、オルミア国内にも広めていいのですね?」

 確認してきたのはライリーさんだ。ハーストン伯は顔を綻ばせながらスイートポテトを頬張っている。ちょっと待って、聞いてくる人逆じゃないの?

「ええ、オルミアだけでなく、この世界中に広めて下さい。それは教会のお力を貸していただければ、と思います」
「わかりました。まずは増やしてから広めましょう。そこは聖女レティシアの力もお借りして」
「ええ、これはいわば神からの賜り物ですもの。フロードルやオルミアと関係なく人々に広めましょう」

 聖女モードのレティシアさんの言葉がチクリとリチャード3世を刺す。
 ミカルさんは彼を「若いながら手堅い統治をしている」と評価していた。私は彼に会ったとき、能力はあっても環境的に発揮できないのだと感じた。
 それらが本質的に正しいならば――。

 リチャード3世は無言で皿の上のものを全て食べると、少しの間目を閉じて、それから私にまっすぐ視線を向けてきた。

「――感謝する。余の名において、主に辺境地域を中心にこれらの作物の栽培を推奨することを約束しよう。そして、できうる限り戦争は愚かしいものだと子孫に語り継ぐことも」
「ありがとうございます!」

 まさかこの人から、ここまで殊勝な言葉が返ってくるとは思わなかった!
 よかった、リチャード3世、やっぱり「できる」王様だった!


 リチャード3世とマックスさんにはご退場いただいて、それと入れ替わりに子供たちがやってきた。
 みんなはこれが夢だとわかってるけど――わかってるからこそ、かもしれないけど、クリスさんに抱きついたりハーストン伯に抱き上げてもらったり、レティシアさんとライリーさんを囲んで今まであったことを話したりして、とても賑やかにしている。

 それは僅かな時間でしかなかったけど、とても満ち足りた時間だった。
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