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46 神々のやらかし

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「今回の騒動、妾にも責任の一端があってな……」

 私の横でしょんぼりと背中を丸めるジュスタさん。なんですと!? と私が絶句していると、彼女はぼそぼそと喋り始めた。

「まず、今回神がこの世界の基幹システムに手を加え、若干魔力と存在力を底上げした上でその巡りを良くしようとしたのは、妾の要望によるものであったのだ」
「え、あの、世界にちょっと肥料を足そうとしたら気付かないところにバグが発生してたって話ですか?」
「いかにも。――そなたから見てこの世界の発展具合はどう思う?」

 なんだか話の前後が見えないけど、その内全部が繋がることを期待して私は質問に素直に答えた。

「ええと、私たちの世界より、数百年文明が遅れていると思いました」
「それよ。実は、そなたらの世界とこちらの世界の文明は、発生時期にそれほど違いはないのじゃ。星の命から考えれば、たかだか500年など誤差の範囲ではあろうがな。むしろ、人類が発生し文明が起きたのはこちらが早かった。
 しかし、神が既に大昔にも一度やらかしておっての……。この大陸は本来はもっと広大だった上に別の大陸もあったのじゃが、システムをいじったときの不具合で大規模な気候変動を起こして、そこそこまで文明の発達した大陸をひとつ海に沈めておる」
「大陸ひとつ!? やらかしってレベルじゃないですね!? 失礼ですけどあの神様、プログラマーとかシステムエンジニアの素質ないのでは!?」

 私が思わず大きな声を出してしまったら、ジュスタさんに険しい顔で「しっ」と言われた。彼女が指し示すのは周りで寝ている子供たちだ。

「大きな声を出すでない。子らが起きてしまう」
「……すみません、つい。衝撃的な話でしたので」

 ジュスタさんの見た目は子供だけど、完全にお母さん目線だよ、この人。

「そういったことも過去にあったのでな、三歩進んで二歩下がったとでも言うか、そなたが実際に感じたよりもこの世界は歩みが遅いのじゃ。それで、少しは弾みを付けようと調整を提案したのが約50年前。その後のことは知っての通りという訳でな……」

 ジュスタさんは深いため息をつき、私はうううん、と唸った。
 基本的に、この世界の神は「在るだけでいい」存在だな……。何かするととんでもないことにばかりなってる気がする。

「ちなみに、あの神様ってそういうやらかしに関して反省とかしてるんですか?」
「反省? するわけなかろう。あの性格ぞ? 南の大陸が沈んだときも『よその世界でもこんなことはあったよね』と平然としておったわ」

 ああ、アトランティスだかムー大陸だったか、確かに私たちの世界でもそんな話は聞いたことがあるなあ……。

「本来あやつは表には出ぬ。妾と違ってな。だから関心も薄いのじゃ。
 元々この場所は世界の中心にあり、ふたつの大陸には行き来もあった。――その頃は、妾は魔王ではなく女神と呼ばれておってな。ジュスタという名も、今はない南の大陸の民がそう呼んだのよ」

 ジュスタさんは寂しそうに微笑んだ。
 なんという……。あのシステム管理者はノー反省で、ジュスタさんは悲しんでるのか。ますますあのいけ好かない神にヘイトが溜まっていくわ。
 あれ? でも、世界の中心って事は、ここは赤道直下ってこと?

「あの、世界の中心というのは、地理的にでしょうか、それとも、文明的な意味で」
「地理的に、じゃ。今は赤道はもっと南にある。簡単に言うと、神のやらかしで地軸がずれた結果として大規模な気候変動が起きておる」
「セカンドインパクト起こしとるんかーい!」
「これ、ミカコ、声が大きいと言うに……」
「あ、すみません」

 またもやジュスタさんに叱られてしまった……。でも、子供たちは随分ぐっすり眠っているのか起きる気配がない。そりゃそうだ、あれだけ走った後だし、ここは涼しくて気持ちいい上に、寝心地のいいベッドだもんね。

「そういえば、さっきは話が逸れて答えを聞けませんでしたけど、ジュスタさんは子供が好きなんですか?」

 私が改めて尋ねると、隣の少女は私を見上げてふふっと笑った。    

「妾は神とは違って世界の『表』に在って魔力を司るもの――人を嫌うわけがなかろう。いや、人だけではない、動物も魔物も、この世界に生きとし生けるものは妾にとっては等しく愛を注ぐ対象なのじゃ。……とはいえ、顔も見えぬ存在に愛を注ぐのは難しい。こうして近くにおって言葉を交わせれば、格別に愛おしいと思うのは仕方ないの」

 そう言って彼女が子供たちを見つめる目は、どこかレティシアさんに似ていた。
 慈愛、というべきものが感じられる。それは確かに女神らしく、地母神という言葉が自然と浮かんでくる。

「凄く女神様らしいと思います。あの神様よりは……。なんで今は『魔王』って呼ばれてるんでしょうね」
「ああ、それは南の大陸が沈んだ後、まだこの場所は今よりは人の訪れがあってな。妾が魔力を司り、流れを調節しておるという話をしたら『魔の王だから魔王』と呼ばれるようになったのじゃ。……しかし、妾の力不足か隅々まで魔力が行き渡らぬ。そのせいでもっと発展するはずだった人間の魔法も行き詰まっておるな。はぁ、我ながら不甲斐ない」
「魔法がなくても人は生きていきますよ。私たちの世界には魔法がないですしね、多分」
「そうか、確かにそうであったな。少なくとも、魔力を糧とする魔物にとっては必要なものじゃ。――妾は、不要な存在ではないの」

 そう言って笑うジュスタさんの幼い笑顔が痛々しくて。
 私は手を伸ばして思わず彼女を抱きしめていた。

「不要なんかじゃないですよ。こんなに優しい魔王様が、不要なわけないじゃないですか。ここよりずっと離れた北に暮らす人々だって、あなたに敬意を向けてるんですよ」
「ふふふ、そなたは優しいのう。じゃがの、見た目がこうでも妾は子供ではないゆえ、……そう、その手じゃ。頭は撫でなくてもよい」
「あ、すみません、つい癖で」

 頭を撫でるのは我が家のスキンシップだった。だからついつい私もやっちゃうんだよね。いっけなーい、不敬不敬。

「妾の居るこの場所は、最も魔力が濃い。今は少し遠ざけておるが、魔物も多い。いかに神の失敗で増えすぎた魔物といえども、本来間引くことは妾の本意ではないのだが……。今回ばかりは、仕方がない。世界にもバランスは必要じゃ。
 そなたたちはこの城に住んで必要なだけ魔物を狩るがいいぞ。早く元の世界に帰りたかろう?」
「とても助かります、ありがとうございます」

 私は腕から解放した魔王様に、深々と頭を下げた。


 屋根があってベッドがあるところで眠れるっていいなあ!
 翌日は朝からみんな元気いっぱいだった。ジュスタさんがあれこれと気を配ってくれてるから、子供たちもすぐに懐いたし。

「じゃあ、いつもの通り、まず八門遁甲の椅子でバリアを作ろう!」
「オー!」

 友仁ともひとくんが元気よく返事したけど、君は八門遁甲の椅子は出せないでしょ……。
 魔王城のエントランスを中心に、ぐるっと半円に八門遁甲の椅子を配置。そこでジュスタさんに魔物避けをやめてもらって、モンスターを集める。

 凄い、オウムの先導とジュスタさんのおかげで見なかったモンスターが、ざっくざくやってくるよ!
 ゴブリン、オーク、キメラ……今まで見かけたモンスターが大集合だ。それどころか、明らかにドラゴンまでいるんですけど!?
 そして、当然の如く「アレ」もいるわけで。そして、「アレ」がいる以上、あまり考えないようにしてたけど、その前段階もいるわけで。

「いっやあああああああああああああ!!」

 今までで最大級の聖那せいなちゃんの絶叫が響いた。そして指示する前からガンガン連射される椅子。その向かう先は――。

 …………ジャイアントワーム。そりゃそうだよね、ジャイアントモスがいるからにはワームもいて当然だった。
 
 これがまた、赤黒黄色の斑模様で見た目がエグい!
 私が「椅子召喚」という指示を出す前から、一部の子供たちが聖那ちゃんほどではないけど悲鳴を上げつつジャイアントワームに向かって椅子を投げつけていた。
 わかる。私もあまり直視したくない。小さいならともかく、ゾウレベルの太さがあるエグいイモムシなんて嫌すぎる!

 結局、そのまま戦闘班全員が椅子投擲になだれ込み、物凄く成り行き任せでぐだぐだなまま戦闘は進んでいった。

 ……あれ? 指揮官的存在の私、いらなくない?
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