最強の1年1組、理不尽スキル「椅子召喚」で異世界無双する。微妙なスキルしか無い担任の私は「気持ち悪っ!」連発しながら子供たちを守り抜きます!

加藤伊織

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22 子供の傷痕と、半ケツの騎士

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 焚き火って、なんかいいよね。
 パチパチという木が燃える音も、炎の揺らめきも。じっと見ていても、全然見飽きることがない。
 完全に日が落ちてから外にいるのは本当に久しぶりのことで、少々はしゃいでいる子供もいる。
 
 椅子テントを出して見せたところ騎士たちは大いに驚いていて、腰を抜かしそうになってた人もいるくらいだ。
 更にそれが完全にモンスターの襲撃を防ぎ、中には入ってこられないようになっていると説明すると、言葉を失っていた。朝起きたときに外でコボルトが待機していたことがありますよ、と話したらクリスさんとジェフリーさんは笑っていたけども。
 
「私はあまり神を信じる人間ではありませんが、これはもはや加護としか言いようがないですね」
 そう言ったのは、副団長のレイモンドさん。一番お弁当をじっくり見て、「これがなんなのか」を考えながら食べていたように見えた。
 別に私の観察力が凄いわけではなくて、目の前にいたんだよね……。副団長というだけあって、一際落ち着いていて思慮深そうに見える。

「神の加護……この世界の『神』とは、どのような存在でしょうか。ええと、私たちの世界では、『神は唯一の存在である』と掲げる宗教と、『神様はどこにでもいて800万くらいいる』という宗教などいろいろありまして……。実のところ、神の実在を信じられる国で育ってはいないのです」
 いやほんと、日本の宗教観ってめちゃくちゃだしね……。
 除夜の鐘をお寺で撞いた後にそのままお寺で初詣からの近所の神社をはしごして初詣、4カ所目で焚き火に当たりつつ甘酒を振る舞ってもらうのが高校時代の私の定番コースだったし、そもそも年末は西洋文化のクリスマスから始まるし。
 
「800万!?」
 レイモンドさんが目を剥いている。ですよねー。
「まあ、厳密に800万の神様がいるわけではなく、『そんな数ほど、とてもたくさんいる』という例えだと思いますが」
「なるほど……。実際それだけいたら、生まれる子供ひとりひとりに神が専属で加護を与えてもまだ余りますね」
「しかも、特に何もしない神様とかもいますから」
「この世界の神もそうですよ。崇められてはいるが、特に何もしない」
「レイモンド、そんなことを言っていると教会に睨まれるぞ」
 止めに入ったクリスさんも苦笑いをしている。ふふん、なるほど?

 つまり、この世界には「特に何もしない神がいる」、もしくは「神はいない」ってことになるかな。ますます謎だ……。
 特に何もしない神が、私たちにだけは過干渉? それは不自然が過ぎないだろうか。
 私の脳内に書き出されている仮説に、どんどん「?」が付いていく。
 
「ミカコさんにわかりやすいように説明をしますと、我々は世界創世の神を奉じています。唯一にして絶対の、尊く名もなき創造の神。教会の教えでは、神のもっとも重き役目はこの世界を創りだした事なのだから、生きとし生けるものは今自分が『生きられている』ことに感謝を捧げよということなのです」
「ああ、それはちょっと理解できます」
 唯一神であることを除けば、それは日本神話の国造りの神であるイザナギ・イザナミに近いかな。

 待て待て、そうすると、宗教集団とかが大規模魔術などで私たちを召喚した線もほとんど消えるかな。今の話を聞いた限り、教会はかなり穏便な組織に感じる。「創世主への感謝」を教義に掲げる教会が、革新的なことをするとは思いにくい。
 
「他には、大きな宗教はないのでしょうか?」
「私の知る限りではないですね」
「そうですか……ううううーん」
 レイモンドさんの慎重な言葉に、私はこめかみをぐりぐりとしながら唸ってしまった。

「ミカコさん?」
 突然の私の奇行に、クリスさんが顔を覗き込んでくる。近い! イケメン圧凄い! 混乱すら吹っ飛ぶわ!
「はい! いえ! 大丈夫です!」
 私は背筋をしゃっきりと伸ばして元気よく返事をした。
 ついでに立ち上がって、まだ遊んでいる子供たちに声を掛ける。

「そろそろ寝る準備してー! 颯太そうたくんは男子用のお風呂とトイレをいつもの倍出して。一翔かずとくん、悠真ゆうまくん、桂太郎けいたろうくんは騎士さんたちにお風呂とトイレの使い方を教えてあげて!」
「風呂……そんな物まであるんですか」
 クリスさんは目を見開いて驚いている。思わず私はふふっと笑った。驚くのはこれからだ。男子風呂は最近進化して、壁に富士山のタイル画があるんだから。

「足を伸ばしてお湯に浸かると疲れもよく抜けますよ。この世界での入浴がどうなのかは知りませんが、私たちの国ではお湯を溜めて肩までじっくり浸かるのが一般的なんです。おそらく、快適で驚くと思いますし。できれば子供たちと一緒に入っていただけないでしょうか。
 鎧などを珍しがる子もいますし、父のように兄のように信頼感を与えられる存在は、子供たちにとって必要だと思うのです。――正直、私ひとりでは荷が重いと思うこともあります」

 そう、私は騎士たちとの間に信頼関係を築きたい。それは本当のことだ。この前の村のこともあって、一部の子供には大人不信の傾向もある。
 だから、俊弥しゆんやくんとあおいちゃんとは、きちんと話をしなければ。
「子供は早く寝かさなければいけませんから。お話はまた後でさせてください」
 一緒に焚き火を囲んでいる騎士たちに頭を下げ、私は子供たちのテントへと向かった。


「先生、なんであの人たちと楽しそうに話できるの?」
 私の顔を見るなり固い声で問いかけてきたのは葵ちゃんだった。その葵ちゃんを捕まえ、俊弥くんも確保して、焚き火の明かりがギリギリ届くテントの裏で私はしゃがみ込んだ。
「俺も、あの人たちのこと信じられない」
 俊弥くんが騎士たちに向ける目は冷たかった。ああ、子供がこんな顔をしてしまうなんて、本当に嫌だなあ。
「うん、葵ちゃんと俊弥くんは、ご飯食べてるときからそういう顔してた。だから先生はお話をしに来たの」
 
 葵ちゃんと俊弥くんは、あの村での悲惨な出来事を身をもって思い知った子。桂太郎くんのように誰にでも慈悲を注げるわけではなく、楓ちゃんのように苦しみ抜いた挙げ句に割り切ったわけでもない。
 この子たちの胸には、未だに棘が刺さったままなのだ。むしろ、それが普通。慎重派としては普通。
 太一くんみたいに、掴まってバタバタしたくせにまた無防備に馬に乗ってヒャッハーしてるほうが脳天気が過ぎるんだよ。いっそあそこまでいくと長所に見えてくるけど。
 
「楓ちゃん、あの人たちにトロルまん分けたりしてた。あんな酷い目に遭ったのにおかしいよ」 
「うん、楓ちゃんはあの時凄く泣いてたのに、なんで許せるの? 俺、許せない。先生も許さなくていいって言ったじゃん」
「言ったよ。そもそも先生も、あの村の人たちのこと許してないしこれからも許さない」
「じゃあ、何で!?」
 大きい声を出した葵ちゃんの目の前で、唇に指を当てて声が大きいとジェスチャーで示す。

「日本人がさ、外国で悪いことしたとするでしょ? 悪いのはその人だけなのに、その国の人全員に『日本人は悪い奴だ』って思われたらどうする?」
「そんなのおかしい! 悪いことしたのはその人だけなんでしょ?」
 子供らしいまっすぐな正義感を示して声を荒げる葵ちゃんに対して、俊弥くんは私が言わんとしたことに気付いたらしい。まだ納得できないという表情をしているけども、黙り込んだ。
「そういうことだよ、逆の立場で考えてみよう。私たちはあの村の人たちに酷いことをされました。だからといってこの世界の人全員が悪いって言える?」
 葵ちゃんははっと息を呑み、悔しげに唇を噛んだ。

 ふたりの頭に手を乗せてぽんぽんと軽く叩き、私は天を指した。
「ねえ、こっちに来てから最初にみんなでお星様を見たときのことを覚えてるかな?」
「うん、覚えてるよ」  
「流れ星を初めて見た日だ」
「先生ねえ、あの時が生まれて初めて流れ星を見た日なんだよ」
「俺も!」
 俊弥くんの声がいくらか明るくなった。

「おかしくない? 空はいつでも上にあるのに、なんでそれまで見なかったんだろうね」
「うん……? なんでだろう」
「そういえば、あの時までお星様に気付かなかった」
 ふたりは真剣に考え込む。これはとても重要なことだ。私はすぐに答えを与えないで、しばらくふたりに考えさせておいた。

 子供の頭で考えるには難しいことだろう。だからこそ、答えが出なくても「何故」と考えさせる。もし答えに辿り着いたら、それは凄い経験になるはずだから。

 しばらく考えても答えが出なかったらしく、俊弥くんがため息をつく。それを契機にして、私は私なりの答えを示した。
「この世界に来てさ、モンスターは襲ってくるし、訳わかんなかったでしょ? ご飯は食べられるけど、最初はお風呂もトイレもなかったし、みんな大変だったじゃない」
「うん、トイレがないの大変だった」
「大変なときはね、生きることでいっぱいいっぱいすぎて、他のことを考えられないの。先生もあの時に星を見て、それまで空を見上げてもなかったって気付いたんだよ。……あの村の人たちは、私たちみたいにモンスターを倒したらご飯が食べられるわけじゃなくて、多分ご飯を食べて生きていくために必死で」

 優雅は無駄のあるところに生じると言ったのは、茶道楽の友達の言葉だ。大学時代からバイトしてそのお金で台湾行きまくって、凄く美味しいお茶をときどき私に飲ませてくれた。
 彼女は向こうの流儀でお茶を淹れ、小さな急須である「茶壺ちやふう」に注いだお湯を盛大にこぼしながら、「優雅は無駄のあるところに生じる」と言った。含蓄あるなあと思ったけどその時は実感できなくて、今それを私は噛みしめている。
 
 クリスさんの優雅な動作とかは、要は無駄なものなのだ。「衣食足りて礼節を知る」なんて言葉があるくらいで、衣食が足りてない段階の貧しさではあれは生まれない。
 
「心に余裕がない時ってね、心がガッサガサになるの。100万円持ってたら道に落ちてる100円は拾わないかもしれないけど、1円しか持ってなかったら100円拾うのは凄くラッキーだよね。私たちはその、道に落ちてる100円玉だった」
 俊弥くんと葵ちゃんは、私の言葉に対して神妙な顔で考え込んでいた。

 その時――。

「うおおおお!! 尻に、尻に水が!!」
 半ケツのジェフリーさんがトイレから転がり出てきた……。
 お尻洗浄のボタンを間違えて押しちゃったんだな。初めてのあれは多分衝撃だ。見とうなかった、騎士の半ケツ……。

「……ほら、あの人たちは、私たちと同じ人間でしょ。多分、私たちを『100円玉』って見たりしないよ」
「ぷっ」
「そうかも」

「すぐに信じろって言わないから。『信じない!』って言うんじゃなくて、『信じられる相手かな』って自分たちで考えてあの人たちを見て欲しい。先生は、俊弥くんと葵ちゃんのそういう考え方が深いところ、悪くないと思うよ」
 私の言葉に、ふたりは素直に頷いた。
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