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17 幼馴染みってやつは
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美玖ちゃんと崇晴くんは仲が良い。
……いや、凄く語弊があるな……。美玖ちゃんは一方的に崇晴くんと仲が良いつもりで、崇晴くんは美玖ちゃんを恐れている。それは私から見ていても崇晴くんのちょっとした反応でわかるんだけど、美玖ちゃんは気付いていないらしい。
美玖ちゃんは別に意地悪な子でもないし、ボクっ娘ではあるけどもそれ以外は凄く癖があるわけでもないし、面倒見が良い子だ。
ハンカチを忘れた子に貸してあげたり、落とし物にすぐ気付いて拾ってあげたり。明るい姉御肌とでも言うのかな。のんびり屋で忘れ物とか落とし物が多い崇晴くんとは相性が良さそうに思えるんだけども。
「ねー、たかくん、ほっぺたにご飯付いてるよ」
「え、あ、う、うん」
お昼のお弁当を食べているとき、美玖ちゃんはだいたい崇晴くんの側にいる。そして100%親切心でソースこぼしたよとか、牛乳パックたためる? とか世話を焼くのだけれど、その度に崇晴くんは一瞬ビクッとしているのだ。
お昼の後に遊んでいて崇晴くんが転んだときも、さっと美玖ちゃんがやってきて崇晴くんの手を引いて桂太郎くんのところへ行き、傷を治してもらっていた。
「たかくん、ぼーっとしすぎだよ。ボクがいなかったらどうするの?」
「美玖がいなかったら……別に、変わらないと思う」
うん、私も別に何も変わらないと思うな。
ちょっと美玖ちゃんは過保護というか、崇晴くんのことが特別というように見える。特にこっちの世界に来てからそれは加速した。
「美玖ちゃんは崇晴くんと仲が良いね。幼稚園一緒だったんだっけ?」
「えっ、違うよ?」
「違うよ!」
ふたりが同じ言葉を返してくる。しかしそのニュアンスは全く違って、美玖ちゃんはけろりとした顔で「幼稚園が一緒だったか」に付いて違うと答えているのに対し、崇晴くんは「仲が良いね」と言う点に対して必死で否定しているように見えた。
「あのね、ボクとたかくんはね、同じ病院で一日違いで生まれたの。で、ママ同士がそこで出会ってずっと仲良しなんだ」
ちょっと得意げな顔をした美玖ちゃんの説明に、崇晴くんはぶんぶんという勢いで「それ以上のことはありません!」と言いたげな顔で頷いている。
「そうなんだー! そっか、同じ病院で一日違いか……ふふっ」
「ママが言ってたんだけどね、ボクはちっちゃくて、たかくんは凄く大きい赤ちゃんで、なのに泣き声がすっごく似てたんだって」
「へええ、面白いね」
なんとなく謎が解けた。幼稚園どころの話じゃなくて、ふたりは生まれたときからの付き合いなのだ。それも、「ママ同士が友達」という本人たちには選択しようがない理由で。
「だからねー、ママと一緒にボクもたかくんのおうちによく行ってたし、幼稚園と保育園で別々でも遊んだし、スイミングも曜日一緒なの」
「あー、なるほど」
うちのクラスでもスイミングクラブに通っている子は多くて、全体の1/3くらいいる。芽依ちゃんのように「選抜クラスで週4」という子は他にいないけども、週1で通っている子がかなりの数いる。年度の初めに提出してもらった調査票をチェックしたときに、その多さに驚いたくらいだ。
それで曜日が一緒ということは、おそらくママ同士がそこで会いたかったからだろう。なるほどなるほど。
楽しげに話す美玖ちゃんに対して、崇晴くんは若干頬を引きつらせていた。
その後で美玖ちゃんが他の子と一緒に遊んでいるタイミングで、私はそっと崇晴くんの側に行って気になっていることを尋ねてみることにした。
「崇晴くん、美玖ちゃんのこと怖がってない?」
美玖ちゃんの名前が出て、崇晴くんは普段とは違う様子でビクン、と肩を揺らした。
「う、うん。実は……怖いって言うか、勝てない……」
「勝てない?」
若干ずれた答えが返ってきて、私は思わず問い返す。
崇晴くんは美玖ちゃんと充分に距離が開いていることを確認してから、しゃがんだ私の耳に向かって内緒話をした。
「俺ね、2歳くらいの時なんだけど、美玖と遊んでたときにプロレスごっこみたいになったことがあって」
「2歳……」
2歳の記憶があるのか、凄いなあ。私なんて幼稚園より前の記憶はほとんどないというのに。
「さっき美玖が言ってたけど、俺って小さいときは他の子より大きくて、小学校に入る時に美玖に身長並ばれてショックだったんだ。……だけどね、そのプロレスごっこの時に俺より小さい美玖が、きゃははって笑いながら腕ひしぎ十字固めをしてきて」
「どういうこと!?」
私は驚きのあまり大声を出してしまい、慌てた崇晴くんの手で口を塞がれた。
2歳児が腕ひしぎ十字固めって何事だ!?
「なんでかわかんないけど、気がついたら腕を取られてぎゅーってされてて、美玖の足で首押さえられてて。息ができないし、腕が痛くて死ぬかと思った。後で、あれは腕ひしぎ十字固めだなってわかったんだけど。忘れられないんだ、それが」
崇晴くんはこれ以上ないほどの真顔で。お、おう……それは怖かっただろうな。
「本当に小さいときだったから、美玖は覚えてないみたい。でも……うん、だからかな。あの技が偶然だったとしても、俺の方が大きいのに喧嘩しても一度も勝てたことがなくて。俺、そんな美玖がちょっと怖い」
「それは……仕方ないね」
トラウマなんだろうな……。一度勝てないと思った相手には思い込みもあって勝てなかったりするもんだ。
「今ならいきなりあんな技掛けられたりしないと思うし、美玖が悪い子じゃないのは知ってるんだけど」
そこまで言ってから、崇晴くんはじたばたと足踏みをした。
「なんか、なんか怖い。苦手ってやつ? 来年クラス離れてくれないかなあって思ってる」
「そこまで……」
うちの学校は1学年3クラスだから、来年同じクラスになる確率というのはめちゃくちゃ高いものではない。けど、こういう腐れ縁っていうのは意外と切れなかったりするんだよね。
「バレンタインにチョコもらったのは美味しかったけど、それ以外良い思い出があんまりない」
崇晴くんは心底悔しそうにしていた。
美玖ちゃんー! 好意の表し方が完全に空振ってるよー!
「多分ね……美玖ちゃんしっかり者だから、のんびり屋さんの崇晴くんのことが心配なんだと思う。それで、幼馴染みだしボクが面倒見なきゃ! って思ってるんじゃないかな」
「うん、わかってる。でも俺自分のことは自分でできるもん」
「だよねー」
折を見てあんまり構い過ぎるなとちょっと忠告すべきなのかな。
そうして私が崇晴くんと内緒のおしゃべりをしている間に、何かに気付いたらしい聖那ちゃんがバタバタと走ってきた。
「先生、先生! 大変!」
「どうしたの!?」
またジャイアントモスか? と思ったけども、聖那ちゃんの様子は嫌悪というよりも純粋に慌てたものだった。
「川のね、あっちの方にでっかいモンスターが出てるの! それで、人間と戦ってる!」
「ええっ!?」
聖那ちゃんが指さしたのは向こう岸の上流の方。慌てて立ち上がって目を凝らせば、確かにその先には風もないのに土埃が立っていた。
どうしよう。
私は躊躇してしまった。先日の村人のことがあったから、情報収集をしなければという気持ちと、この世界の人と関わるのが怖いという気持ちが同時に存在している。
「助けてあげないと」
そんな私のためらいを吹き飛ばしたのは、いつものようにちょっとのんびりと、当たり前のように言った崇晴くんの言葉だった。
そうだ、人がモンスターに襲われているなら、戦う力がある私たちはそれを助けるべきだ。
見捨てたなら、「困っている人を見捨てた」ことが子供たちにとってトラウマになりかねない。あの村のような経済的な困窮は私たちにはどうしようもないけども、モンスターの襲撃に立ち向かう力はあるから。
「みんなー、集まって! 川のあっち側でモンスターが人と戦ってる!」
自分の中の怯えを押さえ込んで、私は大声で子供たちを呼び集めた。
……いや、凄く語弊があるな……。美玖ちゃんは一方的に崇晴くんと仲が良いつもりで、崇晴くんは美玖ちゃんを恐れている。それは私から見ていても崇晴くんのちょっとした反応でわかるんだけど、美玖ちゃんは気付いていないらしい。
美玖ちゃんは別に意地悪な子でもないし、ボクっ娘ではあるけどもそれ以外は凄く癖があるわけでもないし、面倒見が良い子だ。
ハンカチを忘れた子に貸してあげたり、落とし物にすぐ気付いて拾ってあげたり。明るい姉御肌とでも言うのかな。のんびり屋で忘れ物とか落とし物が多い崇晴くんとは相性が良さそうに思えるんだけども。
「ねー、たかくん、ほっぺたにご飯付いてるよ」
「え、あ、う、うん」
お昼のお弁当を食べているとき、美玖ちゃんはだいたい崇晴くんの側にいる。そして100%親切心でソースこぼしたよとか、牛乳パックたためる? とか世話を焼くのだけれど、その度に崇晴くんは一瞬ビクッとしているのだ。
お昼の後に遊んでいて崇晴くんが転んだときも、さっと美玖ちゃんがやってきて崇晴くんの手を引いて桂太郎くんのところへ行き、傷を治してもらっていた。
「たかくん、ぼーっとしすぎだよ。ボクがいなかったらどうするの?」
「美玖がいなかったら……別に、変わらないと思う」
うん、私も別に何も変わらないと思うな。
ちょっと美玖ちゃんは過保護というか、崇晴くんのことが特別というように見える。特にこっちの世界に来てからそれは加速した。
「美玖ちゃんは崇晴くんと仲が良いね。幼稚園一緒だったんだっけ?」
「えっ、違うよ?」
「違うよ!」
ふたりが同じ言葉を返してくる。しかしそのニュアンスは全く違って、美玖ちゃんはけろりとした顔で「幼稚園が一緒だったか」に付いて違うと答えているのに対し、崇晴くんは「仲が良いね」と言う点に対して必死で否定しているように見えた。
「あのね、ボクとたかくんはね、同じ病院で一日違いで生まれたの。で、ママ同士がそこで出会ってずっと仲良しなんだ」
ちょっと得意げな顔をした美玖ちゃんの説明に、崇晴くんはぶんぶんという勢いで「それ以上のことはありません!」と言いたげな顔で頷いている。
「そうなんだー! そっか、同じ病院で一日違いか……ふふっ」
「ママが言ってたんだけどね、ボクはちっちゃくて、たかくんは凄く大きい赤ちゃんで、なのに泣き声がすっごく似てたんだって」
「へええ、面白いね」
なんとなく謎が解けた。幼稚園どころの話じゃなくて、ふたりは生まれたときからの付き合いなのだ。それも、「ママ同士が友達」という本人たちには選択しようがない理由で。
「だからねー、ママと一緒にボクもたかくんのおうちによく行ってたし、幼稚園と保育園で別々でも遊んだし、スイミングも曜日一緒なの」
「あー、なるほど」
うちのクラスでもスイミングクラブに通っている子は多くて、全体の1/3くらいいる。芽依ちゃんのように「選抜クラスで週4」という子は他にいないけども、週1で通っている子がかなりの数いる。年度の初めに提出してもらった調査票をチェックしたときに、その多さに驚いたくらいだ。
それで曜日が一緒ということは、おそらくママ同士がそこで会いたかったからだろう。なるほどなるほど。
楽しげに話す美玖ちゃんに対して、崇晴くんは若干頬を引きつらせていた。
その後で美玖ちゃんが他の子と一緒に遊んでいるタイミングで、私はそっと崇晴くんの側に行って気になっていることを尋ねてみることにした。
「崇晴くん、美玖ちゃんのこと怖がってない?」
美玖ちゃんの名前が出て、崇晴くんは普段とは違う様子でビクン、と肩を揺らした。
「う、うん。実は……怖いって言うか、勝てない……」
「勝てない?」
若干ずれた答えが返ってきて、私は思わず問い返す。
崇晴くんは美玖ちゃんと充分に距離が開いていることを確認してから、しゃがんだ私の耳に向かって内緒話をした。
「俺ね、2歳くらいの時なんだけど、美玖と遊んでたときにプロレスごっこみたいになったことがあって」
「2歳……」
2歳の記憶があるのか、凄いなあ。私なんて幼稚園より前の記憶はほとんどないというのに。
「さっき美玖が言ってたけど、俺って小さいときは他の子より大きくて、小学校に入る時に美玖に身長並ばれてショックだったんだ。……だけどね、そのプロレスごっこの時に俺より小さい美玖が、きゃははって笑いながら腕ひしぎ十字固めをしてきて」
「どういうこと!?」
私は驚きのあまり大声を出してしまい、慌てた崇晴くんの手で口を塞がれた。
2歳児が腕ひしぎ十字固めって何事だ!?
「なんでかわかんないけど、気がついたら腕を取られてぎゅーってされてて、美玖の足で首押さえられてて。息ができないし、腕が痛くて死ぬかと思った。後で、あれは腕ひしぎ十字固めだなってわかったんだけど。忘れられないんだ、それが」
崇晴くんはこれ以上ないほどの真顔で。お、おう……それは怖かっただろうな。
「本当に小さいときだったから、美玖は覚えてないみたい。でも……うん、だからかな。あの技が偶然だったとしても、俺の方が大きいのに喧嘩しても一度も勝てたことがなくて。俺、そんな美玖がちょっと怖い」
「それは……仕方ないね」
トラウマなんだろうな……。一度勝てないと思った相手には思い込みもあって勝てなかったりするもんだ。
「今ならいきなりあんな技掛けられたりしないと思うし、美玖が悪い子じゃないのは知ってるんだけど」
そこまで言ってから、崇晴くんはじたばたと足踏みをした。
「なんか、なんか怖い。苦手ってやつ? 来年クラス離れてくれないかなあって思ってる」
「そこまで……」
うちの学校は1学年3クラスだから、来年同じクラスになる確率というのはめちゃくちゃ高いものではない。けど、こういう腐れ縁っていうのは意外と切れなかったりするんだよね。
「バレンタインにチョコもらったのは美味しかったけど、それ以外良い思い出があんまりない」
崇晴くんは心底悔しそうにしていた。
美玖ちゃんー! 好意の表し方が完全に空振ってるよー!
「多分ね……美玖ちゃんしっかり者だから、のんびり屋さんの崇晴くんのことが心配なんだと思う。それで、幼馴染みだしボクが面倒見なきゃ! って思ってるんじゃないかな」
「うん、わかってる。でも俺自分のことは自分でできるもん」
「だよねー」
折を見てあんまり構い過ぎるなとちょっと忠告すべきなのかな。
そうして私が崇晴くんと内緒のおしゃべりをしている間に、何かに気付いたらしい聖那ちゃんがバタバタと走ってきた。
「先生、先生! 大変!」
「どうしたの!?」
またジャイアントモスか? と思ったけども、聖那ちゃんの様子は嫌悪というよりも純粋に慌てたものだった。
「川のね、あっちの方にでっかいモンスターが出てるの! それで、人間と戦ってる!」
「ええっ!?」
聖那ちゃんが指さしたのは向こう岸の上流の方。慌てて立ち上がって目を凝らせば、確かにその先には風もないのに土埃が立っていた。
どうしよう。
私は躊躇してしまった。先日の村人のことがあったから、情報収集をしなければという気持ちと、この世界の人と関わるのが怖いという気持ちが同時に存在している。
「助けてあげないと」
そんな私のためらいを吹き飛ばしたのは、いつものようにちょっとのんびりと、当たり前のように言った崇晴くんの言葉だった。
そうだ、人がモンスターに襲われているなら、戦う力がある私たちはそれを助けるべきだ。
見捨てたなら、「困っている人を見捨てた」ことが子供たちにとってトラウマになりかねない。あの村のような経済的な困窮は私たちにはどうしようもないけども、モンスターの襲撃に立ち向かう力はあるから。
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