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10 嵐の前触れ

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 翌日の朝。起きて椅子テントの布をめくるとコボルトが待機していた。
「ガルルルゥ!」
「ぎゃっ!」

 慌てて布を元に戻すと、唸り声は聞こえてくるけどテントの中には入ってこない。
 本当に、テントの中は安全なんだな!
 ちょっとほっとしたけど、これでは外に出られない。

「せんせー、おはよ……どうしたの?」
 私の悲鳴で目を覚ましてしまったのか、崇晴たかはるくんがもそっと起き上がってきた。
「おはよう、崇晴くん。あのね、テントの外にコボルトが何匹もいて、私たちが出てくるのを待ってるの」
「えー、やだなー、それ。トイレ行きたいのにー」

 崇晴くんはひとつため息をつくと、希望のぞみちゃんを起こした。このテントで寝ている子は戦えない子が多いのだ。椅子を投げられるのは、崇晴くんと希望ちゃんくらい。
「……んー、なーにー?」
 希望ちゃんは凄く寝起きが悪い。頭をゆらゆらさせながらなんとか目を開けていた。
「外にモンスターがいるから、僕と希望ちゃんで倒さなきゃ」
「……わかった、たおすー」
 なんだろうな、この緩さ……。大丈夫なのかな、希望ちゃん半分寝てるけど。
 
「先生がいちにのさんって言って布開けてー。そしたら椅子投げるから」
「わ、わかった」
 焦った様子のない崇晴くんは凄く大物に見えた。普段はマイペース過ぎて困ることもちょっとあるんだけど。
「希望ちゃん、準備するよー。椅子召喚」
「いす、しょーかん」
 ふたりの手に椅子が現れる。それを確認して、私は布にそっと手を掛けた。
「準備いい? 行くよ? いちにの、さんっ!」
 私は掛け声と同時に思いっきり布をめくった。すかさず椅子が飛んでいって、煙幕がコボルトを包む。
 
「椅子召喚」
「いすしょーかん」
「椅子召喚」
「いすしょーかん」
「椅子召喚」
「いすしょーかん」
 崇晴くんと希望ちゃんは煙が晴れるのを待たず、続けざまに坦々と何個も椅子を投げた。
 10個くらい投げたところで、希望ちゃんがパタリと倒れてまた寝てしまった。崇晴くんもそこで椅子召喚をやめて、外の様子を窺う。
 
 多分、これはオーバーキルだろうな。連投ができるのをいいことに、至近距離からこんなに投げつけたんだもん。
 案の定、煙が晴れた後にはコンテナがひとつきり。中身を見たらヨーグルトだった。
 おはヨーグルト……。いや、要らないから朝と夜くらいは平和に過ごさせて欲しい。
「せんせー、片付いたよー」
 椅子テントから顔を出して外を見回して、崇晴くんがのんびりと言う。そして、靴を履いて外に出るとテントの隣に設置してある椅子トイレにそのまま入っていった。
 あの子、将来きっと大物だな。

 コボルトの次にやってきたのはオークの群れで、その頃にはクラス全員が起きていたので、陣形を組んで危なげなく倒すことが出来た。倒して出てきたのはたくさんのサンドイッチ。
 こっちに来てからサンドイッチを見たのは初めてで、みんな喜んで好みの物に手を伸ばす。宗久むねひさくんと希望ちゃんだけは「白いご飯が良かった」と言っていたけども。
 言った割りにはちゃんと食べるよね。食べてくれなきゃ困るけど。


 異変は、朝食の後に移動しているときに起きた。

「先生、疲れた」
 私より先に疲れたと言いだしたのは智輝ともきくんで。昨日は全然そんなことはなかったので、私はおや? と思った。
「みんなー、止まってー!」

 進む隊列を止めて、急いで智輝くんのところへ行く。その顔は頬が赤くなっていて、ぽやんとしていた。
「ちょっとごめんね」
 智輝くんの服をめくってお腹を触ると、明らかに熱い。発熱してるのは間違いない。この感じはおそらく38度以上の熱が出ている。
 智輝くんはクラスで一番誕生日が遅くて、その分体も小さい。ステータスもVITの値が私の次に低かったし、他の子にとっては平気だったけども、彼の体は疲れに対応しきれなかった可能性は充分ある。

「智輝くん、熱が出てる……。誰か、テント出して!」
「わかった!」
 友仁ともひとくんが素早くテントを出し、りんちゃんが脱衣所を出した。脱衣所? と思ったら付いている水道でタオルを濡らして、椅子テントの中に寝かせた智輝くんの額に乗せてくれた。なるほど、女子の脱衣所には鏡付きの洗面台があるもんなあ。

「今日はここで止まろう。でもご飯とかは欲しいから、戦える子は外にいて。桂太郎くん、一応治す椅子を投げてもらっていい?」
「わかりました」
 桂太郎くんの癒やしの力を持った椅子を智輝くんにぶつけてみたけど、効果は出なかった。怪我には効くけど病気には効かないのかもしれない……。発熱の原因はわからないけど疲労だとしたら、とにかく休ませるしかないし。

 私たちは結局一日そこで待機することにした。凛ちゃんと桂太郎くんが甲斐甲斐しく額のタオルを冷やしてくれたりして、逐一智輝くんの様子を報告してくれる。
 私は念のために、他にも疲れている子がいたら椅子の中で休むようにと指示を出した。戦闘に参加する子の中にも何人かテントの中で寝始めた子がいて、昨日のハイペースの移動が負担になったのだと改めて私は反省をした。
 いや、ハイペースになったのは子供たちが歩くのが速かったせいなんだけど、子供というのはえてして自分の体力の限界をわかっていないものだ。大人の私が、無理をさせないようにしなければいけなかったのに……!

 唇を噛みしめても、事態は何も良くならない。幸い友仁くんやかえでちゃんは元気で、戦えない子たちの分もガンガン戦ってくれたし、お昼前に倒したスライムは冷えた保冷枕を何個も落としてくれた。なんてありがたい!
 
 テントの中で智輝くんの様子を見ると、赤い顔ながら保冷枕を使ってすうすうと眠っていた。それに幾分ほっとしつつ、残りの保冷枕の保存に悩む。
「このまま置いてたらぬるくなるよね。うーん、川に漬けてこようかなあ」
 私がぼやいていると、悠真ゆうまくんがテントの隅でそっと「椅子召喚」と囁いた。
 現れた椅子は普通の椅子に見えるけど……?

「先生、椅子冷蔵庫出した」
「いすれいぞうこ……」
「この中に入れると冷えるようにしたから」
 悠真くんは真顔だ。いやそんな、ほいほいと変な物を思いつくもんだなあ……。
 椅子トイレ、光る椅子に続いて椅子冷蔵庫。悠真くんは確かに頭の回転が速い子だけど、私には想像も付かない事をやってくれる。
「ありがとう。悠真くんは将来発明家になれるかもね」
 
 とりあえず、椅子冷蔵庫なるものに余っている保冷枕を入れる。確かに椅子の脚の間に手を入れると、中はひんやりとしていた。冷気が漏れないのどうなってるんだろうな……ちょっと気持ち悪い。 

 智輝くんはヨーグルトやプリンはなんとか食べられたけれども、それ以上食べることも出来なくて。時々水を飲みながらひたすらに眠り続けた。

 どうしよう、明日も熱が下がってなかったら、お医者さんに見て欲しいところだけど。
 人間の集落、みつけられるかな……。
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