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日本にはたくさんダンジョンがある
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――梅田はダンジョン。新宿地下なんか目じゃない。その証拠にあそこにはセーブポイントもある。
そんな話を笑って聞いていた昔の俺の肩を掴んで「おまえマジで聞いとけよ」と真顔で言いたい。
新大阪で新幹線を降りてJRの大阪駅に着き、「乗り換えのついでに地下街でご飯食べようかなー」なんて甘いことを思っていた俺は日本屈指のダンジョンと知らずに梅田の地下街に入り込んでしまった。
ひとつ、言い訳をさせてもらうなら、今日は雨だったんだ。
新宿辺りは地下がかなり繋がっていて、駅数個分くらい余裕で地上を歩かずに移動することができる。それと同じ感覚でいた。――即ち「雨が降ってるなら地下を歩けば良いじゃない」と。
結論から言うと甘かった。新宿ダンジョンはほぼ一本道なのに対して、梅田は比較にならないくらい複雑だった。しかも多階層だ。
最初は気楽に歩いていた俺も、自分がどこにいるかわからないという事態に陥って冷たい汗が背中を流れていった。手遅れになってようやく、梅田ダンジョンの恐ろしさを思い知ったのだ。
落ち着け、俺。落ち着け、俺。そうだ、一度地上に出よう。
新宿ミ○ードで迷ったときもそれで解決できるじゃないか。地上に出れば、方向案内板に惑わされることもなく、使い慣れた地図アプリを使って移動することができる。
慣れない場所で混乱を極めた俺は、一番手近にある階段を何も考えずに上り始めた。
石造りの階段は狭く、異様に長かった。「えっ、梅田の地下街って深いなあ」と思ったけど東京生まれ東京育ち新宿駅は庭同然の俺にとっては「まあ、都営大江戸線の新宿駅も深いしな」くらいにしか思わなかった。階段が狭いのも、東京の地下鉄にはとてもありがちなことなので全く気にしなかった。
この時、少しでも疑問に思えば良かったのに。
まだ引き返せたかもしれなかったから。
うんざりするほどの長い階段の先から日が差し込んできて、ようやく俺は地上の気配を感じ取れた。歩き疲れた足にも力が戻ってくる。
その時の俺は完全に忘れていた。――今日は地上を歩くのが嫌に思うほどの雨が降っていたことを。
梅田の地下街で迷いまくり、やっとの思いで地上に出た俺が見たものは、森の中が切り開かれて数件の家が建っている集落だった……。
「えっ!? 丸ビルは!? てか、ビルがない!」
叫んだら、吸った息に濃い緑の匂いを感じた。これ、ガチで森の中じゃん。梅田って緑地化してたっけ?
……そんな訳ないわー!!
「なんだよ、ここー!!」
振り向いたら、俺が上ってきたはずの階段もなくなっていた。もう、Why? とか英語で言いたくなる。
混乱のあまりにへたり込んでいたら、俺の叫び声が聞こえたのか、集落の人間がわらわらとこっちに集まってきた。
着ている服はそれほど見慣れないものではなくて、異人館の案内してる人がもっと地味になった感じ。で、顔は思いっきり日本人にしか見えない。
「ねえ、あなた、日本から来たの!?」
真っ先に俺に駆け寄ってきたのは、同じ年頃の女の子だった。だけど、彼女の「日本から来たの!?」という言葉が引っかかりすぎて俺は声もなく仰け反った。
「また階段が出たのか……。なあ、あんたはどこから来た? 俺は新宿の地下で迷っていたら、ここに出てしまったんだ」
「私は横浜駅の工事してる場所を迂回してたら、いつの間にかここに」
俺に向かって話されているのは紛うことなき日本語で。しかも彼らが口々に語る「ここに来た経緯」は、場所は違えど同じような話だった。
「俺は……梅田の地下街で迷ってて、一旦地上に出ようと思ったら、階段がやたら長くて……」
俺の短い話で全てを察してくれたのか、周囲の人が一斉にため息をついて哀れみの視線を俺に向けてきた。
「梅田か……あそこは日本三大駅ダンジョンの中でも最強……敵うわけないな」
「日本三大駅ダンジョンってなんすか!? てか、ここどこ!?」
「日本三大駅ダンジョンは、乗降客数日本一のくせに地下の東西連絡通路がわかりにくいことで定評がある新宿駅と、1882年から工事しっぱなしの横浜駅、そして迷って出られなくなった人間は数知れず、大阪の魔境梅田駅群の事だよ」
「いや、そんな話聞いたことないですし! てか、横浜駅ってどんだけ工事してんの!?」
「ここには、あんたのように迷った挙げ句に『出られた』と思って出られてなかった日本人が集まってるのさ」
「落ち着いて聞いてね。ここは、日本じゃないの。地球ですらない。――異世界なの」
その言葉を聞いて、俺は静かにぶっ倒れた……。
目を覚ますと、俺は小さな家の中にいた。新宿駅で迷ったという中年男性と、最初に話しかけてきた女の子、その他にも何人かが心配そうに俺の様子を見ている。
「……なんか、すみません。驚き過ぎちゃって」
一度気を失ったせいか、俺はちょっと冷静になっていた。あの階段の異様な長さは、とても地下一階から地上に出るようなものではなかった。きっと俺は、階段を見つけた時点でこっちの世界に踏み込んでしまっていたんだ。
「気にしないで。皆同じ経験をしてここにいるから」
「そうですね……同じ経験……地下街ややこしすぎだろー!!」
「ほんと、地下街ややこしすぎるー!」
「日本、土地がないからって地下に広がりすぎるのよくない! 大江戸線とか地下40mとかあるし!」
「地下40m? それは深すぎでは? というか、大江戸線って?」
横浜駅からここに飛ばされた女の子が首を傾げる。ああ、そうか。横浜駅利用者だからって東京の地下鉄を知らないこともあるもんな。
「大江戸線って、新宿駅のホームがめちゃ深い、変な形をした路線の。えーと、光が丘から新宿までの部分と、そこから環状線になってる部分がある……」
「光が丘から新宿……もしかして、都営地下鉄12号線のこと?」
「は?」
聞き覚えのない名前に俺が首を傾げていると、新宿で迷子になった男性が膝を打つ。
「あー、そういえば最初はそんな名前だったなー。久々に聞いたわ」
「え、ちょっと。俺そんな風に言われてたの知らないんだけど」
物心ついたときから大江戸線は大江戸線だ。同じくらいの年齢に見えてたけど、この子もしかして凄い歳なのか!?
「ここはね、あちらと時間の流れが違うのよ」
悲しそうに目を伏せて、今まで黙って話を聞いていた女性が衝撃の真実を告げてきた。
「どういうことです? どうやってそんなことわかったの?」
「……今、日本では何年だった?」
静かに目を見て言われたので、俺は当たり前のことを答える。
「今は、令和3年ですけど」
「れいわ!?」
「平成じゃなくて!?」
わっと周囲で悲鳴が上がった。頭を抱えて転がっている人までいる。
「平成は31年までで、その年の5月から令和です……」
「アアアアァ! 年号が、年号が変わっている!!」
「いや、鬼滅かよ!」
時間の流れが違うという事実を、俺は身をもって思い知った。
こちらでの1年が日本での3年とかわかりやすい違いではなく、波のように速度が変わるらしい。新宿さん(仮名)は2015年に、横浜さん(仮名)は1999年にこっちに来たらしい。とんでもないわ。前世紀だった。
「ねえ、ワンピ完結した? グランドライン行けたって話は聞いたんだけど、どうしても先が知りたくて」
涙目で横浜さん(仮名)が縋り付いてくる。
「まだ完結してないよ、今98巻……あ、今持ってるから読む?」
「えっ、持ってるの!? 98巻!?」
「タブレットに電子で全巻入って……そっかー、昔はこういうのなかったもんなー」
タブレットとスマホを出してみたら、圏外なのは当然だけども普通に動作はした。電子書籍リーダーを立ち上げて使い方を教えたら、横浜さん(仮名)は無言で張り付いて読み始めた。
「進撃は完結したか?」
新宿さん(仮名)も縋るような目で俺に尋ねてくる。
「終わってないっす。あ、でも次の巻で終わります」
「ワンピ98巻読んだら、充電切れるよな……」
悲しそうな新宿さん(仮名)に、俺は無言で太陽光充電が出来るバッテリーを差し出した。
こうして、俺の異世界ライフは思わぬ幕開けを迎えてしまった。
タブレットがしばらく俺のところに帰ってこなかったのは言うまでもない。
そんな話を笑って聞いていた昔の俺の肩を掴んで「おまえマジで聞いとけよ」と真顔で言いたい。
新大阪で新幹線を降りてJRの大阪駅に着き、「乗り換えのついでに地下街でご飯食べようかなー」なんて甘いことを思っていた俺は日本屈指のダンジョンと知らずに梅田の地下街に入り込んでしまった。
ひとつ、言い訳をさせてもらうなら、今日は雨だったんだ。
新宿辺りは地下がかなり繋がっていて、駅数個分くらい余裕で地上を歩かずに移動することができる。それと同じ感覚でいた。――即ち「雨が降ってるなら地下を歩けば良いじゃない」と。
結論から言うと甘かった。新宿ダンジョンはほぼ一本道なのに対して、梅田は比較にならないくらい複雑だった。しかも多階層だ。
最初は気楽に歩いていた俺も、自分がどこにいるかわからないという事態に陥って冷たい汗が背中を流れていった。手遅れになってようやく、梅田ダンジョンの恐ろしさを思い知ったのだ。
落ち着け、俺。落ち着け、俺。そうだ、一度地上に出よう。
新宿ミ○ードで迷ったときもそれで解決できるじゃないか。地上に出れば、方向案内板に惑わされることもなく、使い慣れた地図アプリを使って移動することができる。
慣れない場所で混乱を極めた俺は、一番手近にある階段を何も考えずに上り始めた。
石造りの階段は狭く、異様に長かった。「えっ、梅田の地下街って深いなあ」と思ったけど東京生まれ東京育ち新宿駅は庭同然の俺にとっては「まあ、都営大江戸線の新宿駅も深いしな」くらいにしか思わなかった。階段が狭いのも、東京の地下鉄にはとてもありがちなことなので全く気にしなかった。
この時、少しでも疑問に思えば良かったのに。
まだ引き返せたかもしれなかったから。
うんざりするほどの長い階段の先から日が差し込んできて、ようやく俺は地上の気配を感じ取れた。歩き疲れた足にも力が戻ってくる。
その時の俺は完全に忘れていた。――今日は地上を歩くのが嫌に思うほどの雨が降っていたことを。
梅田の地下街で迷いまくり、やっとの思いで地上に出た俺が見たものは、森の中が切り開かれて数件の家が建っている集落だった……。
「えっ!? 丸ビルは!? てか、ビルがない!」
叫んだら、吸った息に濃い緑の匂いを感じた。これ、ガチで森の中じゃん。梅田って緑地化してたっけ?
……そんな訳ないわー!!
「なんだよ、ここー!!」
振り向いたら、俺が上ってきたはずの階段もなくなっていた。もう、Why? とか英語で言いたくなる。
混乱のあまりにへたり込んでいたら、俺の叫び声が聞こえたのか、集落の人間がわらわらとこっちに集まってきた。
着ている服はそれほど見慣れないものではなくて、異人館の案内してる人がもっと地味になった感じ。で、顔は思いっきり日本人にしか見えない。
「ねえ、あなた、日本から来たの!?」
真っ先に俺に駆け寄ってきたのは、同じ年頃の女の子だった。だけど、彼女の「日本から来たの!?」という言葉が引っかかりすぎて俺は声もなく仰け反った。
「また階段が出たのか……。なあ、あんたはどこから来た? 俺は新宿の地下で迷っていたら、ここに出てしまったんだ」
「私は横浜駅の工事してる場所を迂回してたら、いつの間にかここに」
俺に向かって話されているのは紛うことなき日本語で。しかも彼らが口々に語る「ここに来た経緯」は、場所は違えど同じような話だった。
「俺は……梅田の地下街で迷ってて、一旦地上に出ようと思ったら、階段がやたら長くて……」
俺の短い話で全てを察してくれたのか、周囲の人が一斉にため息をついて哀れみの視線を俺に向けてきた。
「梅田か……あそこは日本三大駅ダンジョンの中でも最強……敵うわけないな」
「日本三大駅ダンジョンってなんすか!? てか、ここどこ!?」
「日本三大駅ダンジョンは、乗降客数日本一のくせに地下の東西連絡通路がわかりにくいことで定評がある新宿駅と、1882年から工事しっぱなしの横浜駅、そして迷って出られなくなった人間は数知れず、大阪の魔境梅田駅群の事だよ」
「いや、そんな話聞いたことないですし! てか、横浜駅ってどんだけ工事してんの!?」
「ここには、あんたのように迷った挙げ句に『出られた』と思って出られてなかった日本人が集まってるのさ」
「落ち着いて聞いてね。ここは、日本じゃないの。地球ですらない。――異世界なの」
その言葉を聞いて、俺は静かにぶっ倒れた……。
目を覚ますと、俺は小さな家の中にいた。新宿駅で迷ったという中年男性と、最初に話しかけてきた女の子、その他にも何人かが心配そうに俺の様子を見ている。
「……なんか、すみません。驚き過ぎちゃって」
一度気を失ったせいか、俺はちょっと冷静になっていた。あの階段の異様な長さは、とても地下一階から地上に出るようなものではなかった。きっと俺は、階段を見つけた時点でこっちの世界に踏み込んでしまっていたんだ。
「気にしないで。皆同じ経験をしてここにいるから」
「そうですね……同じ経験……地下街ややこしすぎだろー!!」
「ほんと、地下街ややこしすぎるー!」
「日本、土地がないからって地下に広がりすぎるのよくない! 大江戸線とか地下40mとかあるし!」
「地下40m? それは深すぎでは? というか、大江戸線って?」
横浜駅からここに飛ばされた女の子が首を傾げる。ああ、そうか。横浜駅利用者だからって東京の地下鉄を知らないこともあるもんな。
「大江戸線って、新宿駅のホームがめちゃ深い、変な形をした路線の。えーと、光が丘から新宿までの部分と、そこから環状線になってる部分がある……」
「光が丘から新宿……もしかして、都営地下鉄12号線のこと?」
「は?」
聞き覚えのない名前に俺が首を傾げていると、新宿で迷子になった男性が膝を打つ。
「あー、そういえば最初はそんな名前だったなー。久々に聞いたわ」
「え、ちょっと。俺そんな風に言われてたの知らないんだけど」
物心ついたときから大江戸線は大江戸線だ。同じくらいの年齢に見えてたけど、この子もしかして凄い歳なのか!?
「ここはね、あちらと時間の流れが違うのよ」
悲しそうに目を伏せて、今まで黙って話を聞いていた女性が衝撃の真実を告げてきた。
「どういうことです? どうやってそんなことわかったの?」
「……今、日本では何年だった?」
静かに目を見て言われたので、俺は当たり前のことを答える。
「今は、令和3年ですけど」
「れいわ!?」
「平成じゃなくて!?」
わっと周囲で悲鳴が上がった。頭を抱えて転がっている人までいる。
「平成は31年までで、その年の5月から令和です……」
「アアアアァ! 年号が、年号が変わっている!!」
「いや、鬼滅かよ!」
時間の流れが違うという事実を、俺は身をもって思い知った。
こちらでの1年が日本での3年とかわかりやすい違いではなく、波のように速度が変わるらしい。新宿さん(仮名)は2015年に、横浜さん(仮名)は1999年にこっちに来たらしい。とんでもないわ。前世紀だった。
「ねえ、ワンピ完結した? グランドライン行けたって話は聞いたんだけど、どうしても先が知りたくて」
涙目で横浜さん(仮名)が縋り付いてくる。
「まだ完結してないよ、今98巻……あ、今持ってるから読む?」
「えっ、持ってるの!? 98巻!?」
「タブレットに電子で全巻入って……そっかー、昔はこういうのなかったもんなー」
タブレットとスマホを出してみたら、圏外なのは当然だけども普通に動作はした。電子書籍リーダーを立ち上げて使い方を教えたら、横浜さん(仮名)は無言で張り付いて読み始めた。
「進撃は完結したか?」
新宿さん(仮名)も縋るような目で俺に尋ねてくる。
「終わってないっす。あ、でも次の巻で終わります」
「ワンピ98巻読んだら、充電切れるよな……」
悲しそうな新宿さん(仮名)に、俺は無言で太陽光充電が出来るバッテリーを差し出した。
こうして、俺の異世界ライフは思わぬ幕開けを迎えてしまった。
タブレットがしばらく俺のところに帰ってこなかったのは言うまでもない。
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