添い寝屋浅葱

加藤伊織

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浅葱編

君を離したくない

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 はぁ、と息を吐いて玲一が浅葱の中から自分を引き抜く。彼の髪の生え際に汗が滲んでいるのを見て、胸がじんとした。

「信じられないくらい、気持ちよかった」

 頬にキスをしてそんな事を言うのが気障ったらしい。玲一が満足したのはわかったが、今まで散々お預けを食わされていた気持ちは少し収まらなくて、玲一の顔を引き寄せてその目を覗
き込みながら口の端を上げた。

「俺がまだ満足してない。玲一もまだできるだろ?」

 挑発して見せると玲一が見たこともないような悪い顔で口元を緩めた。

「そんなこと言って。泣いても許してあげないよ?」
「あんたにイかされたいんだ。せいぜい頑張ってくれ」

 言った途端に、体をひっくり返された。口を縛った使用済みのゴムを玲一が浅葱の頭越しに投げ捨てて、パッケージを破いた音が背後からする。

 腰を持ち上げられて、ひくつく穴に玲一の熱さがまた割り入ってくる。
 膝立ちの状態で両腕を引かれて、奥の奥まで穿たれた。思わず悲鳴が漏れる。

「ヒッ!」
「どこがいいか、うんと探してあげる。めちゃめちゃにしちゃうかもしれないけど、いいよね」

 肩甲骨に唇を這わせながら雄の残虐さを滲ませた声で言う玲一に腹の底が震えた。その雄を求める雌の部分が、彼にめちゃめちゃに抱かれたいと叫んでいる。
 玲一が腰を打ち付ける度に肉のぶつかり合う音と、浅葱の悲鳴に近い喘ぎが響いた。玲一の形をすっかり覚えてしまうというほど、玲一の触れない場所はないくらいに。

 玲一の先端が奥を擦ると腰が揺れる。浅葱が無意識のうちにもどかしげにくねらせる腰が、強い力で掴まれた。反応を逃すことなく、的確に玲一は浅葱の官能を掻き立てていった。

「あっ、れ、れいいち」

 切れ切れの声で呟けたのはそれだけだった。そこがイイと言おうと口を開いても、ちゃんとした言葉が出ない。
 髪を振り乱しながら首を振る。せり上がってきたものはもうそこまで来ていて、ぎゅっとシーツを握りしめた。

「ひ、あ、ああ……イク、イクっ! んんっ!」

 一際強く中を擦られて、絶頂の快感が全てを押し流していく。背を反らせて小刻みに全身を震わせる浅葱の中で、うねる壁に搾り取られるように玲一が精を吐き出した。
 

 汚したところを簡単に拭いただけの汗ばんだ体で、ふたりは抱き合ったままベッドに横たわっていた。
 今まで散々浅葱に甘えていたくせに、急に年上ぶったところを見せて玲一は浅葱の頭を撫でたり、瞼にキスしたりしてくる。なんというか、いろいろと甘ったるい。
 けれど、心も体も少しくすぐったいけれども、そういうところは嫌だとは思わなかった。

「あんたのことを、突き放そうとした。俺は、俺自身が求められてるなんてわからなくて。たまたま最初にお昼寝屋で添い寝をしたから、俺じゃないと寝られないっていうだけだと思ってた。俺を抱く気がないって最初に言われたしな」
「あれは、君に手を出したら自分の歯止めが利かなくなるのが怖かったし、君のことを美化しすぎてて、手を出せなかったんだ。君に嫌われない、いい客を演じてたかった。それで君を繋ぎ止めておけるなら」
「あんたが泊まりで俺を呼ぶ度に、こんな金を掛ける価値が俺にあるのか、ずっと悩んでた。本当だったらそんなことは、金を掛けるようなことじゃないって」
「君にお金を掛けたことは後悔してないよ。僕にとっては、君の存在は本当に大切なものなんだ。君に出会わなかったら、あの日お昼寝屋で添い寝して貰わなかったら、僕はもっと早く潰れていたかもしれない。崖っぷちにいた僕を、君は僕よりずっとしっかりした手で引き留めて、癒やしてくれた。どれだけ感謝しても足りないんだ」

 額に優しいキスが降ってくる。浅葱が睫毛を震わせていると、また柔らかな唇同士が重ねられた。
 スマホのアラームがジャズのメロディを奏でる。終了時間の五分前だということにそれで気付いて、浅葱は慌て身を起こした。

「時間だ。帰らないと」
「嫌だ。帰したくない」
「……玲一」

 浅葱を後ろから抱きしめて、玲一が少し弱い声で囁いた。玲一の手に浅葱は自分の手を重ねる。離れたくないのは自分も同じだと伝えるように、ぎゅっと握りしめながら。

「ずっと言いたかったんだ。君を離したくなくて、側にいて欲しくて、帰らないで欲しいって言いたかった。我慢しすぎたよ。もっと早く、僕の気持ちを君にぶつけたらよかった。浅葱、僕は君が好きだよ。君のことしか考えてないんだ。愛してる。
 だから、お願いだ。ペナルティならいくらでも受けるから。君の店に怒られてもいい。君を
離したくない」
「駄々っ子か」

 呟いた浅葱の声は自分でも驚くほど優しく響いた。振り向いて玲一の額にキスをして、抱きしめている手を優しく解く。
 ベッドから降りると、自分のスマホを操作して、玲一に向かって立てた人差し指を唇に当てて見せた。黙っていろ、というジェスチャーに玲一は息を潜める。

「お疲れ様です。浅葱です。……はい、特に問題はありませんでした。心配掛けてすみません。これから直接帰宅します。それとシフトの件、明日店に行ってからまた相談させてください」

 通話を切ってからマナーモードになっていることを確認して、バッグの上にスマホを放り投げる。そして玲一の元に戻ると、もう一度彼にキスをした。

「これからの時間は、浅葱と客じゃないからな」

 宣言してやったら玲一に飛びつかれた。再びベッドに押し倒されて、至近距離から玲一に笑いかけられる。
 
「君の名前、聞いてもいい?」

 きっと玲一は、あの公園で再会したときにこれを言いたかったんだろう。それを思うと心がちくりと痛む。女性客に時折誘われることに迷惑していたのは事実だったが、玲一に余計な気を遣わせてしまったことが、ふたりに大きな回り道をさせたのだ。

「浅木湯原悠里。名字に名字が重なってるみたいな変な名前だろう。後で紙に書いてみせる。悠里は悠久のユウに里。これからは、悠里でいい。もうきっと、『浅葱』でいる必要はないだろうから」
「――悠里」

 浅葱――悠里を抱きしめて、万感を込めたように玲一が呟いた。

「これから、僕だけの悠里でいてくれるかい?」
「そうだな、あんたには俺がいないと駄目らしいし、俺もあんたがいないと駄目だ。目に入らないと心配でおかしくなる」
「心配掛けてごめん。――でも、そうだね、君に最初に心配を掛けたから、君は僕を気にしてくれた。今はもう、いや、君がいてくれるなら僕は大丈夫だよ」
「俺も」

 今まで誰かに向かって言ったことのない言葉を口にするのは少し怖かった。けれども、ふたりにとっては何より大事な事のはずだから、思い切って口を開く。

「玲一を、愛してる」
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