添い寝屋浅葱

加藤伊織

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玲一編

欲しかった時間

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「いや、いい。なんでもない。あんたはさぞモテるんだろうなと思っただけだ」
「確かに学生時代は凄くモテたし、昨日もチョコはたくさん貰ったけど、それは今はどうでもいいかな。……さっきお店に行ったんだけど、君がいなかったからなんとなく帰って来ちゃったんだ。曜日変わったんだって?」
「他のスタッフがいただろう。……もう、会わないかと思った」
「そうだね。僕も、もう会えないかと思った」

 浅葱と会えたことが、そして普通の会話を交わせたことが無性に嬉しい。
 自分の言葉と浅葱の言葉にある微妙なニュアンスの違いに気付かずに玲一は微笑んだ。

「……お昼寝屋はどうしても女性スタッフの方が中心になるから、男性スタッフは毎日ひとりしかいないんだ。今月から入ることになった新人が水曜がいいって言うから交代した」

 浅葱が俯いていつもよりもぼそぼそとした声で言い訳がましく言ったので、玲一は彼の隣に座ることにした。

「男性スタッフじゃないとできないことはほとんどないし、女性客の着替え関連とか案内とかは女性スタッフの方が安心されるからな。ちなみに、あの店で添い寝オプションを実際に付けた男性客はあんたが初めてだ。女性客だと稀にある」
「ええっ僕が初めて!? なんで――いや、まあそうかな……普通に考えると、お金を払って男と添い寝ってなんだろうって思うよね……。
 君に初めて会ったときは藁にも縋る思いだったし、実際僕は君に添い寝して貰って気持ちよく眠れたけど、君以外の人と寝られるかって思ったら、無理そうな気がして。
 そうだ、もし君が良ければだけど、もっと君といろいろ話してみたいと思ってたんだ」

 玲一が浅葱の顔を覗き込むと、浅葱は紙袋をぐしゃりと丸めながらゆっくりと瞬きをした。

「俺と、話を?」
「君の趣味とか、好きなものとか嫌いなものとか……そういうなんでもない話をしたいな。僕が知らないいろんな事を君は知っていそうだし」
「俺の好きなものは……毛の生えてる動物と牛丼。嫌いなものは、馴れ馴れしい客」
「――それって、僕のこと?」

 ガン、と頭を殴られたようなショックに襲われて玲一は顔を強ばらせた。玲一の一気に弱まった声音に、浅葱ははっと玲一を見上げる。

「悪い、そういうつもりじゃなかった。あんたのことを言ったんじゃない。本当に嫌いなものは、連絡先と休日の予定をやたらと聞いてくる女性客だ。それと、高い割りに量の少ない食事。特に何にでもアボカドが挟まってるやたら高いハンバーガーしか置いてない店」

 慌てて言い直した様子がいやに具体的なので、玲一はほっと胸を撫で下ろした。彼が省略した部分が、馴れ馴れしい客という一言に凝縮されたのだろう。

「ああ、よかった。……あ、もしかして、君の嫌いな店に心当たりがあるかも。お昼寝屋の近くの、2階にテラス席のあるところだろう? ハンバーガーショップなのに客層が半分以上女性っていう」
「知ってたのか」
「僕はあそこは割と美味しいとは思うけど。確かに挟まってるね、アボカド。それと、あの大きさのハンバーガーでセットが2000円をオーバーするのはちょっと厳しいな。自分から進んでは行かない」
「店長があそこが好きで、やたらと行きたがるんだ」
「確かにそういうの断りにくいよね」

 玲一がくすりと笑うと、浅葱は紙袋を潰す手を止めて玲一の顔をじっと見た。

「あんたは……いや、なんでもない」

 それだけ言ってから、ややあって盛大にため息を吐く。言葉の切られ方がもどかしすぎて、玲一は彼の方に身を乗り出した。

「気になるな、言って?」
「ねちっこい顔の割りに性格は爽やかだなと思った」
「ねちっこい顔? 初めて言われたよ、そんなこと」

 平たい顔族が大半の日本人の中では濃い顔であることは多少自覚しているが、浅葱の言葉は完全に予想外だ。格好いい、イケメンですねとは言われ慣れているが、驚きすぎてくらりとした。額に手を当てて玲一が呻いていると、声を押し殺して浅葱が笑う。その様子を見る限り、別に悪口のつもりではないらしい。浅葱の笑いが収まらないので、落ち込んだ自分がおかしくなってきて、玲一も一緒に笑い始めた。
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