添い寝屋浅葱

加藤伊織

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玲一編

その週に

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 自分なら、鼻の頭に脂が浮いているような男とは、仕事でも一緒に寝たくはない。
 急にそれが気になって、ぺたりと自分の鼻を触って確かめた。大丈夫だ。着替えをするときに埃っぽくないかが気になって持参したフェイスペーパーで顔を拭いたのは正解だった。
 ふう、と浅葱の殊更に深い吐息が聞こえて、玲一は手を布団の中に収めると目を閉じた。
 自分のものと重なる呼吸に導かれるように、玲一はまたすんなりと眠りに落ちていった。


 タイマーが奏でる優しい音楽で玲一は目を覚ました。起き上がって伸びをすると、浅葱が玲一の顔を覗き込んで軽く頷いた。穏やかな視線を向けてくる彼の口元には、微かに笑みが湛えられている。

「よくお休みになれたようですね」
「ああ、今日もよく眠れた……やっぱり3時間は違うなあ。これで1週間頑張れる気がする」

 体も気持ちもすっきりとしていて、自然と笑顔が浮かんできた。明日の夜にはまた疲れているとしても、ここでの休息がもたらすリセット効果は絶大だ。それまで自分がいかに眠れていなかったのか、どれだけ疲れがたまっていたのかを改めて思い知る。

「そう言っていただけて何よりです」

 頭を下げて、浅葱はすぐに個室から出て行った。
 ひとり残された玲一は、静けさが増した部屋の中が急に寒くなったような気持ちを味わっていた。


「先ほどお話しした精油の種類です」

 会計を済ませようとすると浅葱は電話の横のメモ用紙を取りあげて、精油の種類を書いて渡してくれた。角張った字が何行にも並んでいるメモを受け取ると、玲一の心はじわりと温まった。寝る前にそんな話をしていたことを、彼が覚えてくれていたことが単純に嬉しい。

「もし柑橘系の部分を詳しくということでしたら、どこまでお伝えしていいのか確認しておきますが」

 色の薄い浅葱の目が玲一の顔に向けられている。それはまるでふたりの間の「次回」を約束しているようで、玲一は即座に頷いていた。

「よろしくお願いします。また、次の水曜日に」
「ありがとうございます。お待ちしております」


 浮き立った心に引っ張られるように、その週の残りの二日を玲一は精力的に活動した。
 一週間かけて仕分けた業務は部下と自分自身に再度振り分けて、適正化は完了した。これで週明けからは効率をあげて仕事ができる。

 安心して土曜の朝を迎えたが、急に疲れがどっとでたのか、ベッドから出ることができない。
 空腹感は感じたが、米を炊く気力もなかったので買い置きしてあったインスタントラーメンに具も入れずに食べ、食後はまたもそもそとベッドに戻った。眠れるわけでもなくて、心を焦りに蝕まれながらただ横たわる時間は辛い。

 ふと思いついて、夜眠るときにだけ使っていたアロマランプを付けて、お昼寝屋のブレンドを一滴垂らす。気休めのつもりだったが、甘い香りを胸いっぱいに吸い込むといくらか気持ちがほぐれた。
 気がつくといつの間にか眠っていたようで、目を覚ましたときには冬の短い昼は終わりかけていた。
 思い返すと、さすがに食事はもっとましなものを食べていたが、ここ最近の土日はずっとこんな有様だったのではなかっただろうか。

 一度気力が戻って活動できていただけに、先週との落差に愕然とする。これでは井上に心配されるのも仕方がない。
 枕の横に置いておいたスマホを取りあげて、井上に電話を架けた。メッセージを打つのも億劫で、井上がすぐに電話を取ることができなくても着信履歴だけでも残せればと思ったのだが、予想に反して聞き慣れた声がすぐに返ってきた。

「どうしたんだ?」
「どうしよう、井上くん。動けない……」

 泣きつくような自分の声は驚くほど弱々しくて、電話の向こうで井上が息を飲んだのがわかる。

「怪我か? それとも病気か? 俺に電話してないで救急車を呼べ」
「そういうんじゃないんだ。ただ、なんて言うんだろう。凄く疲れて、ベッドから出られない」

 はぁ、という深いため息がスマホ越しに聞こえてくる。きっと彼は今、眉間に皺を寄せているのだろう。
 井上を呆れさせただろうか。そんな心配をしていると、存外に優しい声が耳に入ってきた。
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